vs冷笑鏖殺(結)
『束縛』の
それはかつて『英雄』と呼ばれたマギアが行使していた魔法。
相手を縛り付ける。そのために具現するリボンと鎖。
「り、りり――――りりり」
魂の
『英雄』との死闘と、その果てに掴んだ極致を。
「自縛城塞ヒロイック」
口にする。顔の前に添えた右手から鮮血が噴き出した。凶器は削られた氷の破片。冷笑鏖殺による必殺の暗殺術。だが、必殺は防いだ。
投擲から一直線、触れた鎖やリボンの振動を感じ取ったのだ。辛うじて右手を盾にして致命傷を遮ったのだ。『治癒』の魔法で回復させれば完全防御と同義だろう。
(動け)
まるで、舞踏。
両手両足の動きに連動して、縦横無尽に広がる鎖やリボンがうねり狂った。鎧のように囲うリボンと、翼のように広がる鎖。 その全てに情念を迸らせる。想うこと。感じること。魔法はそこから始まったのだから。
(奴を捕捉しろ。無理でも、『ワールドヘッジ』さえ回収出来れば戦況は一気に傾く)
音は届かない。まともに見えない暗がりの中。甘ったるい香りが戦意を蝕み、痺れる舌が危機感を煽る。
鎖を束ねた鞭を振り下ろすが、手応えは無い。手近の範囲を薙ぎ払う。鎖の先が掠った感触。設定した攻撃範囲のギリギリ外にいる感触が肌に伝う。
(いた)
右前方。
(そう……近付いては来られないわよね)
近付く者を全て押し潰す『束縛』の嵐。そこに飛び込むのにどれほどの勇気が必要か。思い返すと今でも怖気が走る。
(でも、今の私にあの脅威が完全に再現出来るとは思わない)
自縛城塞の範囲を広げる。翼のように広がる鎖が降り注ぎ、コンクリートの床を削っていく。固い感触が真由美に伝わった。そして、振り乱れるリボンに伝う風圧が、周囲の状況を肌で知らせてくれる。
魔法の行使者を中心に広がる理不尽の行進。敵を捕縛し、轢き潰す。少女は手足を大きく振るった。先ほどから何度か居場所は捕捉できている。そのたびに大きく位置を変えているようだが、やがて動ける範囲はほとんどなくなってくるだろう。
じわり、じわりと。冷笑鏖殺を追い詰めていく。
(せいぜい、6割から7割くらいってところかしら)
頭が冷静に冴え渡る。情念は熱く、しかしその濃淡は冷静にコントロールする。状況を把握して、進展を予測。だからこそ、何か手を打ってくることは予測できたし、空のバケツで窓を封じられた暗転にも対処出来た。
(広げられたら密度は下がる。追い詰められるのなら、どこかのタイミングで突っ込んでくるしかない。距離と密度、狙ってくるタイミングは――――今だ)
背後。首筋に突き立てたバタフライナイフは、しかし大きく空を切った。実際の真由美はわずか半歩右。正確無比な暗殺術だったからこその絶妙な回避。 貫いたのは陽炎の幻。真由美はこの魔法の使い方を知っていた。
『幻影』の
罠に掛かった。そう判断した真由美の動きは素早かった。散らばった鎖とリボンを手元に引き寄せる。その動線で窓を塞ぐバケツを薙ぎ払う。押し寄せる『束縛』の大波。それでも、冷笑鏖殺はたったナイフ一本で捌き切った。
「私の、魔法は、なんでもできる」
呪文のように口走った言葉と同時、眩い水色の光が炸裂した。光源が目を焼く直前、冷ややかな笑みのみを浮かべる少年は見た。固く目を瞑った少女が浮かべる確信の笑みを。お互いの視界を封じる閃光。冷笑鏖殺は即座に隠し持っていた氷の破片を投擲するも、甲高い金属音とともに弾かれる。
「
そして、全身を這うように縛り上げるリボンの感触を感じた。人造言霊の力が封じられるのを感じた。暗殺者は薄れる視界の中で拘束を断ち切ろうとナイフを振るう。その眼前。
(足運びと、重心移動。高月さんがやってることと同じ。私は、誰よりも見てきたはず)
自分を追い詰めた少女が、水色の刀を正中に、脱力しながら重心を前に傾ける。
(剣鬼……先生がやってることは、その極致。理屈が分かって、解析出来れば、私にだって……!)
少年はここに来て、初めて表情らしい表情を浮かべた。驚き、凍結された感情が揺れるほどの。標的が完全に消えたのだ。潰された視覚以外で捉えていた気配も含めて。
「今はこの間合いが私の限界――――三歩必殺」
刀の峰。最後に認識したのは首の後ろにかかる衝撃。少年は糸が切れたマリオネッタのように倒れた。
見届けた真由美が少年を縛る『束縛』以外の魔法を解除して膝をついた。魔力量があまり多くない彼女にしてはかなりの大盤振る舞い。特に自縛城塞の再現が致命的だった。
「――――っ、――――っ」
乱れた息を少しずつ整えていく。気付かぬまま過呼吸気味になっていた。まさに極限の緊張状態だった。そして、そこまでしてなお。
(中途、半端――だったな…………勝てて、本当に良かった)
『剣鬼』も『英雄』も、それだけ上の世界にいるということか。
少なくとも、冷笑鏖殺が最初から殺す気で仕掛けていたら、今頃彼女の命は無かっただろう。朦朧としている意識を叱咤して、真由美は立ち上がる。油断ならない暗殺者が回収していた『ワールドヘッジ』を取り返し、そのまま拘束されたままの少年を担ぎ上げた。怪しい足取りで外に。
すると。
「お疲れ様」
「……なんで、いるんですか」
入口のすぐ外、剣鬼ホノカの姿がそこにあった。一般人が誤って立ち入らないように見張りでもしていたのだろうか。
「居たなら、助けてくれても……」
「必要だった?」
少しだけ迷って、真由美は首を振った。不要だったからこそ彼女は誰も邪魔が入らないように見張っていたのだろう。少なくとも、彼女はそう感じてくれていた。
ホノカは真由美から冷笑鏖殺を取り上げると器用に肩に担いだ。さすがは手慣れている。何かを言おうとした真由美だったが、口がぱくぱく動くだけで言葉にならない。
「君は、私よりも早く気付いて辿り着いた。お手柄だね」
その言葉だけが、少女の心に満ちた。
凍える言葉の暗殺者。誰も知らぬその名は、ソルベー亭アルマンド。こうして、セントラル街を氷面下で脅かしていた事件は、人知れず解決に至った。
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