vs冷笑鏖殺(承)
(つ、疲れた……)
ただでさえ人見知りする性格だというのに、ここまで多くの人(人ではないのもたくさんいたが)と一気に話すのは精神力を消費する。外面だけ取り繕うも割とグロッキーな真由美の前に現われたのは。
「あの、ハンター登録よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ……?」
思わず疑問形になってしまったのは、受付に来た相手に見覚えがあったからだ。金髪碧眼、儚いほど色が白い美少年。これだけ顔が良いと真由美もしっかり覚えていた。昨日道を尋ねてきた少年だ。
(昨日ハンター登録したんじゃないんだ)
「どうしました? 申請用紙の書き方が間違っていましたか?」
「……いえ。あ、いえ、渡航後のセントラル入りまでの経路の部分だけ記載が抜けていますね」
少年は、こちらのことを覚えていないようだった。私服と今のメンズスタイルのスーツ姿じゃ仕方がないか、と真由美は軽く流す。
「……あー、これどうしても書かないとダメですかね?」
「そうですね。ハンター登録されている方々はこの世界での動向をある程度把握できますが、その前の行動は把握できなくなってしまいますから。治安維持のためにもご協力願います」
マニュアル通りの言葉をただ吐き出す。面倒な申請用紙の記載を渋る渡航者たちも大勢いたが、真由美は彼らを厳しく説き伏せていた。そして、少年は困った様子も見せずに淡々とペンを動かす。表情が変わらないのは、どこかあの剣鬼を思い出させた。
(……ん? フロストマギアから来たの?)
そして昨日まではセントラル地下にいた、と。それも経路的には真由美が道を尋ねられる前だ。不審な経路を辿っていても、慣れない異世界だからとあまり咎められることはない。事実、彼女もマニュアル通りに経路を問い質すことはしていなかった。
事実、エリア1から8まで全て回ってからここに来たという猛者もいたくらいだ。けれど、この経路は。思い返す。セントラル大聖堂に関連した事件を。
(一致、してるわね……)
真由美は申請書を受け取って、一言だけ尋ねた。
「昨日は、宿泊施設に泊まられたんですか?」
「はい、西エリアの金物街に寄ったので夜遅くなってしまいましたが」
「……記載されていませんね。それも追記してもらってもよいですか?」
「え? ああ、ごめんなさい」
迷いのない筆跡。
そして。
「これでよろしくお願いします。登録受理されればいいなんて、ねがティブですかね」
最悪の想像からか、真由美は身の毛もよだつような悪寒を感じた。
♪
「セントラル大聖堂のパトロンの一人が亡くなったそうです。原因不明の凍死。死亡時刻は昨晩、事故と事件の両面から捜査中とのこと」
「……場所は、どこですか?」
「セントラル西エリアの金物街」
「分かりました。千階堂さんには私から伝えておきます」
その伝達事項で、抱えた違和感が爆発的に膨れ上がる。
ちょうど、千階堂はセントラルを離れている。そして、剣鬼も警備の強化のため出動している。おかげで午後の稽古は無くなった。
「…………なに、このタイミング?」
間違いなく、何かがある。千階堂も、ホノカも、恐らくは事件の全貌をまだ知らないはずだ。あの少年と接触している真由美だけが、一連の流れを追えている。
女神関係者の暗殺。
女神リアは女神アリスと違って、この世界の多くの人たちに認識されている。そして、それだけ狙われる機会も増える。数日の執務作業で分かったことだが、この世界は想像以上に治安が悪いようだった。
「……探るか」
着替える。仕事用のメンズのスーツスタイルから、ガーリーなワンピーススタイル。魔法で染めた髪色は水色に戻し、右に寄せたサイドテールにまとめる。ここまですれば大分印象は変わってくるはずだ。どちらかというと、道を尋ねられた時の姿に印象は近いだろう。
(場所を探ること自体は難しくない)
彼女には万能の『創造』がある。そう身構えて行政区の外に出ると。
「あれ、貴女は?」
「あ、どうも……」
普通に目の前にいた。探すまでもなく、すぐに見つけてしまった。しかも今度は真由美が昨日道を尋ねた相手であることに気付いている。
「いえ。こちらこそありがとうございました。おかげで無事、ハンター登録が終わりました」
「それは良かったです」
緊張してか、妙に他人行儀になってしまう。
「す、少し歩きませんか?」
「いいですね。昨日のお礼におれ、何か奢りますよ」
表情は変わらないが、少年も乗り気のようだった。
並んで歩く間、会話は無かった。真由美は何度も会話を切り出そうとしたが、悲しいかな歳の近い男の子に対して切り出せる会話のレパートリーは皆無だった。代わりに街並みを見る。
(いつ見ても⋯⋯⋯⋯すごいわね)
ここの住民はいろんな世界から連れてこられたらしい。各々が自世界の文化を持ち込み、まさに文化のサラダボウルといった形でセントラルは成長を遂げた。
歴史を感じる石造りの遺跡のような住居の隣に、前衛的なデザインの高層ビル。その奥ではやたら高い高床式倉庫の下に中世風な平べったい建築物が広がっている。
(ロマネスク様式⋯⋯⋯⋯?)
多分、深く気にしてはいけない。
そうして辿り着いた喫茶店は、これも異世界人が持ち込んだ文化らしい。メニューを見ると「アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」としか書いていなかった。
「⋯⋯アイスティーしかないみたいだけど?」
「あ、いいすね。じゃあ僕はアイスティーで」
「⋯⋯アイスティー2つ」
妙にムキムキした店員がにこやかにマッスルポーズを浮かべた。真由美は妙な悪寒に襲われて魔法で膝掛けを生成する。
「あの、貴方はこの世界に来てどのくらいなんですか?」
「うーん⋯⋯数えていませんが、一週間ぐらいですかね」
(報告の上がっている関連事件のどれよりも前)
サッー、と出されたアイスティー。真由美はとてもじゃないが口をつける気にはなれなかった。少年はストローを加える。無表情ながらも人懐っこい子犬のような目を向けられて、真由美は仕方がなくアイスティーを口に含んだ。
「あ、おいしい⋯⋯」
「でしょう?」
思わず口に出てしまった言葉に少年は食いついた。そして、彼がストローから口を離す瞬間、その舌が真由美には見えていた。
(アレは、サンスクリット⋯⋯⋯⋯梵字?)
一瞬だったので、断定は出来ない。しかし、そこに何らかの『力』を感じたのは事実だ。せめて彼女の固有武器である『ワールドヘッジ』で覗ければ何かが分かるのかも知れなかったが。
「おいおい、この美味しさを人に勧めたいと思っていたんですよ」
「へえ、素敵ですね」
足を擦り合わせて寒気を抑える。確かに最近よく冷える。味は確かであっても、正直温かい飲み物が欲しかった。ただでさえ冷え性気味なのだ。
真由美は周囲を見渡した。少年が勧めるだけあって、そこそこ繁盛しているようだった。どのお客さんも、そこそこ厚着している。
(服装、ミスったかなぁ⋯⋯)
どうしてこんな薄着で外に出てしまったのだろう。
(このままじゃ――――凍死しちゃうかも)
なんて。頭の中で呟いた冗談に、本当の意味でゾクリと怖気が走る。
凍死。凍えて、死ぬ。真由美は出来るだけ遠くの通りを見た。人通りは、そこそこ。薄着の人が多い。気候は、真由美の格好で合っていた。
「お前の、目的は?」
「不躾だね。しつけがなってないな」
少女の震えが大きくなる。それでも逃げるわけにはいかない。目前の少年は、間違いなく何かを握っている。それにしても、どんな攻撃をされているのか彼女にはさっぱり分からなかった。
それでも、結果だけは知っている。
このままでは凍え死ぬだけだ。
「女神の関係者を殺して回ってるんでしょう?」
「うん、否定はしない。てい抗も、ね」
悪びれもせず、少年は言った。真由美はアイスティーを一口で掻き飲むと、虚空から水色の刀を生成する。
「すごい。ごい力が無くなっちゃいそうだ」
「何を、あっけらかんと⋯⋯⋯⋯!」
「ここはけらけら笑っておくべきかな?」
「笑い事じゃないでしょう。全く笑えないけど」
少年は、小さく首を傾げた。
「そんなに堂々と動けるのは、どうして?」
「私が、お前を、追い詰めたからよ⋯⋯!」
少年は、ようやく空気の揺らぎを認識した。水色の炎が空気に溶け込んでいた。凍死という死因はもう分かっている。であれば、やることは体温を強制的に上げてしまうこと。『創造』の
(こんなこと、千階堂さんも、先せ⋯⋯あんの鬼だって出来ないはず。私が! 私だからこそ!)
少年が大きく手を叩く。店員と周囲の客が一斉に立ち上がった。このお店全てがグルなのはもう分かっていた。真由美が勢い良く右腕を振るうと、無数の鎖が下手人どもを雁字搦めに縛っていく。
「私はお前をずっと見ていた。追っていた「奇遇だね、僕もだよ」だからこそ、これ以上の犠牲は⋯⋯え?」
ぐわん、と視界が大きく歪んだ。
両手首を後ろで括られて、ようやく彼女は自分が倒れていることに気付いた。
(あの、アイスティー⋯⋯?)
これ見よがしに、少年は自分のアイスティーを真由美の頭にぶっかけた。その中身は一滴たりとも減っていない。
「後でちゃんとお話しよう⋯⋯⋯⋯おはようしてからね」
睡眠薬。単純な仕掛けだ。予想出来ていれば真由美も『創造』の魔法で対応出来ていただろうが、どうしても謎の凍死に意識が向いてしまっていた。それもこの少年の計算づくだったか。少なくとも、今、この状況を作り出したのは彼の実力なのだと理解する。
そして、彼の目的も、ようやく。
(ターゲットは女神の関係者)
意識が堕ちる。
「起きたら女神アリスの情報をたくさん教えてね」
(つまり――――――――狙いは、最初から私だった)
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