vs冷笑鏖殺(起)
【エリア0-1:セントラル市街地】
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
山のように積み重なる報告書類。各エリアの支所から寄せられた問題を捌いていくのも外務委員の役目ではあった。真由美はその内の一つに目を通しながら動きを止めている。
(セントラル大聖堂からの使者団がフロントマキアで凍死⋯⋯)
かっちりと固めたスーツのネクタイを緩めながら執務室に戻ってくる千階堂にトコトコ近付いていく。
「千階堂さん。セントラル大聖堂からシスターが二名失踪していた件って、報告書残ってます?」
「あるけど、どうしたんだ? 一人は行方を把握出来ているし、まあもう一人は残念だったけれど⋯⋯」
セントラル地下での凍死。
「⋯⋯ちょっと気になることがありまして。詳細な状況を確認したいです」
「いいけど、事故死と結論出てるからなぁ⋯⋯のめり込むのはいいけど、優先順位は考えながらね」
「はい」
二人して、積み上がる書類の山を見る。真由美用が『創造』の
「⋯⋯というか、明らかに外務分野じゃないタスクが混ざってますよね」
「かと言って他所に回せるところもないしな。実際に困っている相手がいればなるべく手は差し出さなければ、な」
(この人、今までどうやってこの量を一人でこなしていたんだろう⋯⋯?)
女神リアに関連する者の死亡事故。
真由美が違和感を抱き始めたのは、ここから。
♪
「重心が浅い」
袈裟斬り。突き。逆袈裟。
刀を振り抜いた軸足を竹刀で軽く払われ、真由美は尻餅をついた。足運びと、軸足を構える重心はなるべく深く落として身体を安定させること。拳一つで戦う彼女の姿を想起する。
(あれが、私にも出来れば)
「もう一度、お願いしま「そこ」
立ち上がろうとした足を再度払われる。剣鬼ホノカは相変わらず表情を変えないまま真由美を見下ろしていた。
「気持ちだけが先走ってる。感情は大事。意志は戦う原動力になる。けど、動きはあくまでも冷静に。正解だけを辿ればいい」
正解。最善手。
自分の主人である女神アリスを思い出す。一度だけ、あの神下しの神話とは別に、女神はあやかと模擬戦をしてくれたことがあった。真由美ももちろん見ていた。
遥加の戦いは、何もかもが正しかった。
あるべきところで、あるべき動きを発揮していた。
(こんなに、学びに恵まれて⋯⋯⋯⋯どうして私はッ!)
唇を血が出るほどに強く噛み締め、魔法で生成した刀を下段に構えながら、真由美は下半身の動きに集中して立ち上がる。
「だから、それじゃだめだって」
デコピン。
注意がお留守になった額に、余計な隙を与えまくった結果の十歩必殺(デコピン版)がぶち込まれた。謎の超威力に声なき悲鳴を上げながら道場の床で悶絶する。
「今日はここまでだね。何度も言うけど、明日からも無理に来なくていいから」
「ぃ――きますッ」
「ああー、うん⋯⋯⋯⋯いいけど、さ」
ホノカが目線を逸らす。さっきからちらちら様子を伺っていた千階堂を睨んで追っ払うと、道場の倉庫から救急箱を取り出す。
「あの」
「はい、目閉じて。口、いーってして」
「え、あ⋯⋯いー!」
赤く腫れた額と、切れた唇。
ホノカはぺたりと絆創膏を貼った。
「もういいよ。はやる気持ちもあるだろうけど、戦場だと冷静さを失ったら終わりだからね。心は熱く、頭は冷静に」
こくりと頷いた真由美の頭にホノカが手を乗っける。驚く真由美に目を背け、そのまま道場を去っていった。
(な、なによぅあの鬼⋯⋯急に優しくして。いや、気のせい気のせい。いつか私の手でギッタンギッタンにやり返してあげるんだから⋯⋯!)
若干ふらつく足取りで道場の掃除を行った(剣鬼が見ていないときは魔法でズルしていた)真由美は、帰り支度をしながら鏡で自分の顔を見た。額と唇の絆創膏、愛くるしい猫ちゃんがプリントされていた。
「あ、かわいい⋯⋯」
♪
真由美は、セントラル市街地からやや南下したエリア1アクエリアスに向かっていた。セントラル行政区ではなく、ハンターたちが寝泊まりする宿泊施設でもない。民間のホテルで寝泊まりしているのだ。
なんでも、セントラル市街地で寝泊まりするよりか、金銭の利害関係がガッチガチに敷き詰められている民間のリゾートホテルの方が安全であるらしい。
(安さを取るか、それとも安全を取るか、ね⋯⋯)
女神のツテで最高級のリゾートホテルに宿泊させてもらっている、まさにVIP待遇。なんでもホテルのオーナーが変わってからすぐに大繁盛しているらしい。その新オーナーは異世界からの渡航者で、実力も確かであると説明を受けている。
(ふふ、ふ⋯⋯今日もふかふかベッドでおやすみだ)
元々良家のお嬢様であった彼女から見ても、文句なしの待遇だった。
そんなこんなで、帰る時間は掛かってもその気持ちは満ち満ちているのだ。
「あの、すみません」
ふと、セントラル市街地の出口で声を掛けられた。
金髪碧眼、儚いほど色が白い美少年。背格好から見るに、真由美と近い年頃だろう。黄緑のキャップにプリントTシャツと半ズボン、足元がよれよれのスニーカーと白靴下で微妙にイケていない。
(不自然な格好ってわけではないけど⋯⋯もとお洒落したら素敵なのに)
「はい、なんですか?」
「ハンター登録って、どこで出来るのかって探していて」
セントラル中央の地図を取り出して真由美に近付く。彼もどうやら異世界からの渡航者のようだ。
「ああ、それならこの道を真っ直ぐ進んで十字路を右に回れば地図のそこに出ます」
「⋯⋯この辺りですか?」
色白の美少年が肩を近くに寄せられて、真由美はドギマギしながら頷いた。彼女はどちらかといえば人見知りする方であるし、異性との付き合いにも全く慣れていないのだ。
「そうですね。ここからこっちに進んで、その角を曲がればハンター用の受付所があります」
「そうなんですね。宿泊施設はこちらで? そうなんしちゃいそうで」
真由美の表情がぴくりと固まった。気のせいか、わざとなのか、ちょっと判断が難しいくらいに自然にぶっ込まれた。
「ええ、そうです。ハンターの許可証を提示すると割引が適用されるので、先にハンター登録をした方が良いかもしれませんね」
「ご親切にありがとうございます。そろそろしんせつの時期なので暖かくしてくださいね」
「⋯⋯⋯⋯? ええ、はい。お気遣いありがとうございます」
気の利いた反応が出来ないまま少年は歩き去っていった。果たして、なんだったのか。真由美は首を傾げながら帰路を進む。
(⋯⋯今日は冷えるわね。もしかして本当に雪が降ったり?)
♪
翌朝。
雪は降らなかったが、竜は降ってきた。
(すごい! すごい! すっごい! 本当にドラゴンだ! 遠くからだけど初めて見ちゃったあ! これこそファンタジー世界の醍醐味よ! ほんっと来て良かったああ!!)
降ってきた竜はホテルのオーナーが責任を持って受け止めました、と真顔で職員のお兄さんから説明された時は苦笑いを返すしかなかったが。
未だ興奮冷めないまま、真由美は鼻歌まじりに書類作業を進めている。と、慌ただしく千階堂が執務室に戻ってきた。
「真由美ちゃん、何やら上機嫌なとこ悪いけど受付のヘルプに回ってくれないかい? この時期には珍しいほど賑わってるみたいでさ!」
「え? あ、はい。それは大丈夫ですけど⋯⋯⋯⋯」
「マニュアルは読み込んだね? 最初は周りに確認しながらでいいから!」
「あの、なにかあったんですか?」
「クオルト氷壁頂上で、登録済みのハンターから踏破の信号が発信された!! 記録上誰も踏破したことのないあの要塞を、だ!? これは世界の伝説になるぜ!!」
すっかり興奮の絶頂にある千階堂。
真由美には、思い当たることがあった。
(タイミング的に、高月さんよね⋯⋯? あれ、でもセントラル側に動きを悟られないようにあの人だけハンター登録していないはずなんだけど)
「俺は急ぎそっちの対応にあたる。後は任せたぞ、頼れる補佐官!」
物凄く良い顔をしながら外務委員は飛び出していった。
真由美はデスク周りを軽く片付けると、ハンター課の受付に駆け付ける。ちょっと尋常ではない賑わい方をしていて普通にドン引いた。先輩に軽く引き継ぎ事項を伺ったが、ハンターの新規登録者と登録期間切れや紛失した許可証の再発行希望者が大量に押し寄せているらしい
(え、これひょっとして氷壁突破と関係あったりしない? いや、まだその情報は一般公開されていないはずでしょ!?)
明らかに尋常ではない。
また、違和感。だが気にしているだけの余裕はなかった。多忙に追われる形で、真由美は窓口を開ける。
その受付所の片隅。
ハンターたちに紛れて若干ダサめのヘルムを被った金髪碧眼の少年が、新しく開いた受付口をじっと見つめていた。
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