女神、夢の跡にて悲哀と交錯する

【エリア7-1:マッドシティ】



 月光が背後から視界を照らす。


「陽、すっかり沈んじゃったねえ⋯⋯⋯⋯」

「言うなって!? 一応はアンタを気遣ったんだぞ!!」


 悪戯っぽく舌を出す遥加は、眼下に広がる光景に目を見開いていた。先史文明の跡。竜と人の戦争の歴史を、遥加は女神リアに聞いていた。そして、もう一つの脅威も併せて。


(リアさんも人使いが荒いなあ⋯⋯ま、やれるだけはやってみるけど)


 重ね着した一枚布キトンに、淡いピンクのカーディガン。着替えた服装は、彼女の正装に近い形といっても差し支えない。

 つまり。


「夜襲でも仕掛けるつもりか?」

「夜はお眠だから寝たいっていったらどうする?」

「寝ようぜ、もう」


 投げやりにバッドデイは言った。割と本心からの言葉だった。これから待ち受ける死闘に、まだ幼気いたいけな雰囲気を残す少女を突入させるのは、いくらなんでも良心が痛む。異界の女神とはいえ、そんな片鱗を未だ見せないからこそ。


「千階堂さんらは何を考えてこの子にこんな⋯⋯⋯⋯」

「バッドデイさんって優しいんだね。気遣ってくれてありがとう」

「そんなんじゃねえよ」


 本当に、そんなんじゃない。

 セントラルが抱える確執をこんな小さな女の子に背負わすとは。


「ちっちっち。私は結構タダでは転ばない女だからね! 気にしなくても、企みならあるよ」

「⋯⋯なんのことだ?」


 遥加は意味深に笑った。

 一世界に神性一つ。それは原則というか、暗黙の了解のようなルールだった。神が治める他世界への干渉禁止。遥加がその禁を破っているのは他ならない女神リアの許可を得ているのと、『救済』の権能を頑なに使用しないでいるからに他ならない。


(リアさんが育もうとしているこの世界に、露骨に干渉しようとしている神さまがいる。リアさんは表立って抵抗出来ない立場。そして、私はこの世界で活動しなければならない理由がある)


 コールサイン・プロローグ。

 その脅威を考える。情念の怪物の中で、脅威だけを考えるならばその最たるもの。この世界を渦巻く脅威の渦を考える。暗黒竜も、悪竜王も、アレがインスピレーションを受けてその気にさえなってしまえば。

 いくらでも量産できてしまう。

 それが『始原』という固有魔法フェルラーゲンなのだ。

 女神アリスの『救済』の権能フェルラーゲンであれば、この世界の情念の怪物を問答無用に討ち滅ぼせる。遥加がこの世界に存在する限り、そんな最悪の可能性だけは絶滅させることが出来る。


(そのためには、私が女神としての権能を発揮しないままこの世界に居続ける……同時に、力を貸してくれたリアさんのためにも探りを入れないとね)


 この世界には、イレギュラーがあまりにも多い。

 元々抱えていた問題、外から来た問題。ある程度成熟していた世界の女神として存在していた遥加には知れない苦労だろう。それらの問題はもちろん女神リア自身が解決すべきものではあるが。

 それでも。

 別の神がその神性を以て介入しているのであれば、話が別だ。


「宇宙大将軍さんの活動が活発になってきたのは、割と最近のお話なんだって」

「……らしいな。それがアンタの企みと何か関係あるのか?」

「さあね。裏があるっていうのは知ってるんだけど」

「だからアンタが戦うって? 敵に情けをかけるような甘さじゃ切り抜けられるような修羅場じゃ無いぜ」

「私じゃなくてもいいんだけど」


 バッドデイは眉をひそめた。さっきから少女の言葉に脈絡がなくなってきている。


「…………なんか、すごいことになってない?」

「あーー、そりゃすごいことにはなってんだろうが」


 不滅のメガロポリスの最前線、マッドシティ。

 その一際高い尖塔を中心に、うようよと装甲型の戦闘ロボットが蠢いている。決まったルートを規則的に徘徊しているのは見張りの役割か。そして、ロボットの周辺では現場を目視で確認している異形の獣どもが。


「ロボットは元々マッドシティの遺物だな。俺は『クレイジー★バッドデイ号(合法)』を改造しに何度かここに足を運んでるが、部品を強奪するために幾度となくかち合ってる」

「……バッドデイさん?」


 やべ、と口元を覆ったバッドデイが目を逸らした。


「で! だ! その周りにいる奴らは魔獣だな。たまにこのエリアに出没すんだが、ああやって徒党を組んでいるのは見たことねえぜ」

「……あれ、違いますよね?」

「あー、まー……違うだろうな」


 言わんとしていることは、よく分かった。これから宇宙大将軍が根城にしているエリアに突入しようとしているところだったが、。全く別の勢力だということがよく分かった。

 あの尖塔を中心にした陣形。警戒はその奥に向いている。即ち、宇宙大将軍の勢力に対する囲い込みへと。


「私じゃなくても、って言ったよな?」


 遥加が小さく頷いた。


「敵対勢力らしいし、放っておけば退治してくれるかも知れないぜ?」

「……かも知れない。それに、あの人たちだけじゃない。『FFXX連合』って人たちがこの世界の脅威を取り除くために活躍しているって話も聞くし、異世界の竜さんたちも暴れているって話も聞く。他にも色んなハンターたちが大規模に動き始めているみたいだもん」


 でもね、と。


「ジェバダイアさんは……昔、千階堂さんの仲間だったんでしょう?」

「らしい、な」

「また、昔みたいに仲良く出来ないかなぁって」

(それに、干渉している神さまに操られているだけの犠牲者だったとしたら……それこそなんとかしてあげたい)


 バッドデイは渋い顔をした。もう何を言っても無駄だろうことは、今までのやり取りで分かっている。


「は――――じゃあ、さっさと行こうぜ。善は急げ、悩むなら進めだ」

「さっすがあ! クレイジーでバッドデイ!」

「はは、褒めんな褒めんな!」


 マッドシティに向かう急斜面(もちろん正規の通行ルートではない)を、エンジンフルスロットルで合法改造車両が駆け降りる。そして、まさにマッドシティへと入ろうとしたその瞬間。

 遥加は、尖塔の頂上付近に光が煌めいたのを見た。



「――――――――ぁ」


 月光の反射。


「どうした?」



 遥加は助手席の上に立ち上がった。ルーフは先だった改造モグラとの戦闘で取り払われているため、頭上を遮るものはない。背中のシートに全身を預けるように姿勢を固定する。彼女の手には、既に大弓『終焉世界ハッピーエンドストーリー』が握られていた。そして、限界まで引き絞る。


「フェアヴァイレドッホ」


 純真白光がつがえた矢に灯った。遥加の両目に金色の光が揺らぐ。白い光がまるで炎のように揺らめいた。『浄化』の固有魔法フェルラーゲン

 そして。


「つらぬけ――――浄気星」


 彗星のような白い一閃。一秒もしないうちに凄まじい衝撃が車体を叩くが、バッドデイはハンドルを完全にコントロールしてみせた。が、その直後の光景に急ブレーキを踏んだ。放り出されそうになった遥加の身体を片腕で受け止める。

 鮮血。

 右腕に一文字に裂けた傷。車体のはるか後方では大地が大きく抉れていた。理解する。敵からの攻撃があったのだ。


「クソッ⋯⋯⋯⋯言わんこっちゃねえ!」

「大丈夫だよ、掠っただけ。それに、ね」


 妙に力強い声で遥加は言った。その両目からは、ギラギラした闘志が溢れて止まらない。



「私――――射ち勝っちゃった」







「ぬぅぅああああああああああああ――――ッッ!!!!」


 尖塔。絶叫が響き渡る。姿は逆光になっていてよく見えない。

 大弓を取りこぼしたその影は自身の右腕を押さえてうずくまっていた。苦痛。傷痕に血の跡はなく、代わりに純白の炎が揺らいでいた。


(掠っただけでこの威力!? いや、違う! 単純な威力じゃない。この、この力は――――)


 純白の炎が消えていく一方、そこから黒い靄が立ち昇った。抜けていかないよう、左手で抑え込む。


(悪竜王陛下の力が、抜けて⋯⋯⋯⋯そうか、そうなのね)


 ゆっくりと呼吸を整えていく。溢れた靄を雑に手で払い、それも僅かに過ぎないことを確認する。床に落ちる『悲哀』の涙が、月明かりに煌めいた。


「それなら――――あの子、絶対に逃せないわね」


 始まる。

 月明かりの下、『浄化』と『悲哀』の激突が。

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