vs土牢土竜

【エリア6-1:マルダーグラード】



 ところがどっこい、叶遥加には卓越した適応力があった。


「AHー♪ しゃくねーつのジャンボリー♪」

「暴れまくってイ・イ・ぜ!!」

「AHー♪ さめーないでサマードリーム♪」

「「濡れたまんまでイッチャッテーー⤴︎!!!!」」


 爆音響かせながら爆走する改造車両(合法)。音楽の異能を得た異世界人がかつて作成したプレイリストらしい。真ん丸グラサンとアロハシャツの遥加が、彫りの深いラテン系のつなぎ男と熱唱ドライブを満喫していた。

 ちらりと外の世界を見遣る遥加。平野部が続き視界がクリアなのは経験済みだ。所々でゾンビやスケルトンどもが合戦を繰り広げているが、バッドデイは一切気にしない。なんなら集団ごと轢き飛ばしている。この世界ではこの異様な光景もただの日常のようだ。


「いやー、しかしまあ⋯⋯本当に半日足らずでここまで来るとはね! 流石です、クレイジー・バッドデイ!」

「HAHAHA! これぐらい朝飯前だ! 日が暮れるまでには目的地周辺! 今夜は豪勢にキャンプファイヤーだキョウダイ!」

「やったあ!」


 ここからセントラルまで二日が最速、と豪語していた従者を思い出す。

 世界は広いのだと実感した。


「さてさてさあああて! 丁度ここいらが例の区域だ! 準備はいいかい新人ハンターくん!」

「はあい。遥加、いっきまーす!」


 アロハシャツで真ん丸グラサンのまま、遥加は魔法の大弓を手元に召喚した。終焉世界ハッピーエンドストーリー、女神の権能を行使する光の大弓。彼女にとっては神になる前から愛用していた相棒でもある。

 だが、この世界では『救済』の固有魔法フェルラーゲンは使えない。そこには神々の域に至ったからこその面倒な事情があるのだが、少女は頑として詳細を語らなかった。

 掲げるのは矮小化された、というより神になる前に使っていた『浄化』の固有魔法フェルラーゲンの光。少女の顔に怯えはない。この魔法との付き合い方を、彼女は誰よりも理解しているから。


「土牢土竜! グランドモールモールという名のサイボーグモグラだ! ★4つとルーキーには厳しめな難易度だから俺も手伝うぜ!?」

「⋯⋯恩着せがましく言ってますけど、報酬は山分けなんですよね?」

「や、奴は地中でダンジョンを生成しているとっっても危険なモンスターだ! 目的も意図も全く不明! 一説の陰謀論ではこの世界まとめて巻き込む魔法陣を作っているという話もあるぜ!」

「⋯⋯危険ではあるけど、直ちに影響はないからハンター任せなんですね」


 無言でエンジンを吹かせるバッドデイ。というのも、この依頼を引き受けたのはバッドデイその人だった。なんか欲しいパーツがあるらしくて、その資金調達のために依頼を引き受けたらしい。遥加の護送という緊急任務がバッティングしてしまったのは、お互いにとって不幸な結末だったのかもしれない。


「違約金、高えーんだよ!?」

「ふふ、愉快なキャンプファイアーをサービスしてくださいよ? 私、キャンプって初めてなんですから」

「!? あたぼーよ、女神様!!」


 爆走猛発進。そして、謎のスイッチオン。

 こんなこともあろうかと、改造車両(合法)のトランクから三つのハンマーが飛び出した。結婚式のブライダルカーが引き摺る空き缶のような動作で、古戦場の大地が滅多撃ちにされる。そうして大地を揺らして数十秒後。

 地響き。

 セントラル市街地に入る直前に経験したものに比べれば大したことはなかったが、それでも自然発生したモノではないことは容易に感じられた。

 つまり、


「バッドデイさん!」

「潜るぜ!」

「ちが、そうじゃ⋯⋯!?」


 改造車両(合法)のボンネットが勢い良く跳ね開けられ、中から六つのドリルが飛び出した。爆速に負けない猛速で斜め前の地面を掘り抜ける。

 浮遊感。抗議の声を上げるのを諦めた遥加は、舌を噛まないように右手で口元を押さえた。左手はグラデーションがどキツい花柄のスカートを押さえてくている。ジト目でバッドデイを睨む遥加だが、ヘッドライトのハイビーム(明るいだけではなく本当に熱光線が発射されている)に照らされた光景に目を丸くした。


「「うっわガチのダンジョン!?」」


 声がハモった。事前情報があったとはいえ、ここまで見事だとは思わない。見事立派な立方体。硬く、美しく、整然としたブロックの並びが荘厳な神殿を思わせるダンジョンを形成していた。

 そして、その奥。全長10メートルの巨大モグラが尻を振りながら穴を掘り進める姿が遠目に見えた。


「あ、ちょっと可愛いかも⋯⋯」

「言ってる場合じゃねえ!!?」


 十字路の右から飛び出してくるゾンビども。何かの拍子に地下に迷い込んだ一団だろう。バッドデイは慌ててアクセルを踏んだ。遥加は身を伏せて視界を閉じた。

 大量の腐った死体を轢き飛ばし、改造車両(合法)のフロントガラスに夥しい量の屍肉が覆い被さった。


「うわああああ!! なんてこったあああああああ!!!!」

「バッドデイッッ!!!!!!」


 遥加が叫ぶがもう遅い。クラクションを連打するラテン男。視界が壊滅的で見えないが、地下に響き渡る轟音からあらゆる火力兵器が文字通り火を噴いたことは想像に難くない。

 気付けば地下どころか上空に投げ上げられていた改造車両(合法)が無駄に尖ったマフラーから小型爆弾をばら撒いた。


「ひ、ひどい⋯⋯」


 いつの間にか『安全第一』と血文字で書かれたヘルメットを被っている遥加が助手席のダッシュボードにあるボタンを押した。改造車両(ルーフ)が弾け飛んで上空で派手な花火を上げた。

 バッドデイの非難がましい視線を感じて、遥加は愛想笑いで目を逸らす。


「――――で、どうする?」

「んー、バッドデイさんは⋯⋯着地に専念して欲しいかな?」

「あらほらさっさ!」


 若干拗ね気味に言ったバッドデイに胸を痛めながら、遥加は『終焉世界ハッピーエンドストーリー』の弦を引く。光の大弓には、『浄化』の固有魔法フェルラーゲンが宿った矢が虚空から現れ出る。


「――――ごめんね」


 一射。

 ほぼ同時に、ダンジョン大爆発の余波でサイボーグの巨大モグラが大地から飛び出してきた。光の一射がその心臓を射抜く。


「⋯⋯ん?」

「⋯⋯あの子、とっくにもう自我を失くしている」


 脅威を象徴する鉄の手が砕け散った。頭部から肩、両手、背中、腹部までの機械部が剥がれ落ち、全身が縮んで両腕で抱えるほどの大きさに至る。そして、ダンジョンから追いやられたゾンビどもが貪り集う。


「喰われんぞ」


 バッドデイがハンドルを振り切った。改造車両(合法)が大気を足場に派手に大回転し始める。本当に回り始めるとは思っていなかった遥加が今までのいないくらいガチの驚愕顔を晒しながら、それでも震え一つなく大弓を引いた。



「――つらぬけ!」



 無数の光の矢が全方位に飛び交った。その全てが屍肉の心臓を穿っていた。心臓、心の蔵。光に穿たれた血肉に、僅かだが朱色が差した。その表情は穏やかに溶け、腐臭の一原子すら残さずに世界に溶ける。

 残ったのは、なんか一周回ってスーパーパリピオープンカーと化したハイパーバッドデイ★クレイジー号(合法)と、表情の抜け落ちた顔で天を見上げる男と少女。振り落とされた二人は揃って太陽を見上げた。


「⋯⋯なあ、逃げねーか?」

「なんで?」


 遥加はぐったりと動かなくなったモグラを両腕に抱える。


なんてふざけた名乗りしてやがんが、ありゃ正真正銘の魔王だぜ」

「⋯⋯魔王、かぁ」

「いくら女神様とて、権能抜きにアレを打倒できるとは思えねえ。千階堂さんには俺がうまく言っといてやるからよ。テキトーにバカンスして、ダメでしたって尻尾捲らねえか?」


 目を瞑ってモグラを抱きしめた遥加はバッドデイ号(合法)の後部座席からセイクリッドシャベリン(持ち手にデカデカとラベルが貼られていた)を持ち出して、黙々と穴を掘る。


「魔王、ねえ――――魔王って、勇者ヒーローが倒すんだよね?」

「⋯⋯なんの話だ?」

「コッチの話」


 優しくモグラを埋めて、両手を合わせる。得体の知れない化け物相手にここまですることに思うことがないわけでもないバッドデイだったが、ここは討伐者を立てる他ない。

 と、遥加がカッと目を見開いた。


「出してッ!」


 スカートが捲れ上がるのも構わず合法車両(改造)に飛び乗る。そのあまりにも異様な様子にバッドデイが慌てて後を追う。


「早くッ!」


 彼にしてはワンテンポ遅かった。改造モグラ(違法)が掘り進めた大穴ダンジョンが、この馬鹿騒ぎで崩落を始める。バッドデイを待ってられない遥加が運転席のペダルを強引に押し込む。


「そっちはブレーキだ!?」

「分かんないって!! 私免許ないもん!?」

「メンキョってなんだ?」


 最後に最も恐ろしい言葉を聞いた気がした遥加は、頭上で膨らむエアバックに崩落から守られる。


「こんなこともあろうとも、俺の『クレイジーハイパー★バッドデイ号〜合法改造〜』はダンジョン崩落対策も万全なんだぜ⋯⋯⋯⋯ま、獲物が獲物だからな」

「はは⋯⋯すごい、ね⋯⋯⋯⋯」


 力なく笑う遥加は、崩落の安全圏まで逃げ延びてダンジョン跡を見遣る。


「⋯⋯ま、あれだけせっせと作ったダンジョンと共に逝けたんなら幸せだろうさ」

「⋯⋯⋯⋯ありがと、ね」


 地平線に夕陽が覗く。バッドデイが豪語したとおり、日没までに目的地に辿り着けるかは五分五分だ。それでもバッドデイは無理矢理スピードを上げなかった。

 そういう時も、あるだろう。

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