女神と従者、要人として厚遇を受ける

【エリア0-1:セントラル市街地】



(こ、この状況は一体……?)


 応接間、と呼ぶのにはあまりにも豪華だ。まさにVIPルーム。悪趣味な装飾過多がなく、調度品の一つ一つが落ち着いた雰囲気で、それでも元良家のお嬢様だった真由美の目利きからしても一級品ばかりが並んでいる。


「さあ、お待ちしておりました。どうぞお掛けになって下さい」


 にこやかに友好的な笑みを浮かべるナイスミドルな男性。彼は首都セントラルの外務委員、名前は千階堂せんかいどう輝峰てるみねといったか。上品な紺色のスーツの着こなしも、その物腰の柔らかさも、気を抜けば見惚れてしまいそうなただずまいだった。

 なんとなく気まずくなった真由美は視線を泳がせた。いつからそこに居たのか、扉の近くに黒い長髪で巫女服を着た女性が立っていた。軽く会釈され、肩を縮こませながら会釈を返す。腰に差した刀はまさか真剣なのだろうか。


「ありがとうございます! ああ、そうだ。これ、よろしければつまらないものですが!」

「ああ、これはこれは、お気遣い痛み入ります」


 一方、遥加は遥加で呑気な声色だった。そして遥加が手渡したお菓子の包みを見て、真由美は吹き出しそうになる。『東京ばな○』と書かれてあった。


(ここに来る直前、こそこそとM女神様Pパワーがどうとかのやり取りが聞こえたけど……まさか、これを取り寄せたの?)

「どうぞ。我が国で採れる茶葉ですが、お口に合えば幸いです」

「もー! そんなに畏まらなくても良いんですよ? あ、本当においしいですね! 香りも素敵です!」


 警戒無くカップに口を付ける遥加を見て、真由美は冷や汗を噴き出すのを感じた。無警戒にもほどがある。


「では、もう少し砕けましょうか。そちらのお嬢さんも、楽にしていただいて大丈夫ですよ?」

「ひぇ、私……?」

「真由美ちゃんしっかりしてよー!」


 先にふかふかソファに身を沈めていた遥加が棒立ちの真由美をソファに引きずり込んだ。未だ手を付けられていない『東京ば○奈』の包みが目に入って、少し冷静になる。


「……あの、叶さん。私は何も説明を受けていないのですが」

「少しは自分で考えな? それも修行の一環だよ」


 突き放すような言い方にがっくりと肩を落とす。だが、隣を盗み見ると、遥加もいつになく真剣な目つきをしていた。彼女も彼女で実は余裕がないのかもしれない。


「はは! 女神リア様のお知り合いに、煩雑なハンター登録の時間を取らせるわけにはいけませんよ。手続きを行う間、少し、と思った次第です」


 千階堂が笑みを浮かべたまま目線を奥に向ける。遥加と真由美は千階堂から目を逸らさない。


「あはは、お手柔らかに⋯⋯リアさん経由でお伝えした私のお願い、届いてました?」

「⋯⋯ええ、まあ。という形でしたが」


 形だけ見ればこの世界の女神をパシリに使ったような形になるのだろう。視線だけの抗議に遥加は小さく舌を出した。


「ごめんなさい、もうちょっと考えるべきでしたね」


 何でもないようなケロッとした態度。わざとだ、と真由美は直感した。女神リアと女神アリスの立場にはそれほど違いはないはずだ。礼儀を踏まえながらも、舐められないラインを探っている。


「いえいえ、お構いなく。ご要望につきましても承っておりますよ」

「さてさて、お返事はどうですかね⋯⋯⋯⋯?」


 二人の視線がぶつかり、真由美は火花が散ったような錯覚を覚えた。

 間で存在感を誇示する『東京○な奈』。


「⋯⋯非常に申し上げにくいのですが、地下の封印を解くわけにはいきません。我々の事情もご思慮いただけると大変助かるのですが⋯⋯⋯⋯」

「いえいえ、なんとなくそんな気がしました。なにかご事情があるんでしょうね――――となにか関係あったりします?」

「その件は調査中です」


 真由美は察する。

 少しは自分だ考えろ、という忠告を律儀に実行していた。

 女神アリスは、その世界に至りさえすれば情念の怪物の居場所は手に取るように分かる。その生殺与奪も自在だ。プロローグがこの都市の地下にいることも分かっているのだろう。

 『救済』の固有魔法フェルラーゲンを振るえばすぐに決着がつく問題。それでもここまで引っ張るということは、他に目的があるはずなのだ。


「んー、本命は厳しそうですね⋯⋯⋯⋯じゃあ、は?」

「ああ、それくらいなら。責任を持ってお預かりしますよ」


 二人して真由美を見る。なんとなく気まずくなった彼女は『東○ばな奈』に目を落とす。限りなく嫌な予感がした。


「はい。お忙しいところ恐縮ですけど⋯⋯ウチの真由美ちゃんがお世話になります」

「いえいえ。ウチも慢性的な人手不足ですから。女神様が側近として重宝されている方が手を貸していただけるなんて光栄の極みですよ」

「ちょっと、私⋯⋯聞いてない、です」


 理由は分かる。だからこそ真由美は抵抗の態度を示した。そして、真正面から覗き込む遥加の表情で、抵抗は無駄なのだと悟った。

 千階堂と遥加が見つめ合う。


「じゃ、あらかじめお伝えした誓約を今ここに問います」

「はい、どうぞ」

「一つ。彼女の安全を保証してください。絶対とまでは言いません。職員や市民の方々と同じように誠実に守ってあげてください」

「誓います」

「一つ。この世界の生活を経験させてあげてください。私やあやかちゃんは勝手に楽しんでいるだろうけど、彼女はどうにも頭が固いので。この世界の素敵なところをたくさん教えてあげてください」

「誓います」

「それだけ、お願いします。私の権能に誓約に関わるものはありませんが⋯⋯誓いを破ると、酷いですよ?」


 にやりとキメ顔を見せた遥加に、千階堂は動じずに言った。


「誓います――――


 遥加がずっこけた。場が一気に和やかになる。


「もー! 私の威厳が台無しじゃないですか!」

「ははは! 我々の女神はあくまでもリア様ですから。それでも、俺個人としては困っている相手を放ってはおけませんよ」

「ああ、もー⋯⋯お上手お上手」


 真っ直ぐに見つめられて、遥加は照れたように顔をあおぐ。広いテーブルに置かれた『○京ばな奈』を千階堂に押し付け、勢い良く立ち上がる。


「じゃあ、私はそろそろ行きますね!」

「⋯⋯やっぱり、そうなんですね」

「うん。黙っててごめんね、真由美ちゃん。私は私でマッドシティに行かなくちゃだから」

「貴女なら何があっても心配ご無用ですね⋯⋯口惜しい限りですが」

「もー、拗ねないでよー!」


 そんな二人のやり取りの後、千階堂が静かに立ち上がった。その懐から取り出す書状を遥加に手渡す。


「こちらを。を、俺から話せる限りでまとめております。外の世界からいらした貴女にお任せするのは心苦しいですが⋯⋯」

「いえいえ。こちらもお願いを聞いてもらっているわけですし、持ちつ持たれずです」


 マッドシティ。

 首都セントラルから見て西の方角、『不滅のメガロポリス』のエリアに位置するリージョンだ。真由美はふと思い出す。マルダーグラードであの異形の概念体に襲われる直前、遥加は『不滅のメガロポリス』に聳え立つ塔を気にしていた。

 遥加や千階堂に続いて、真由美も立ち上がった。戦力をわざわざ分散して、多面的に動く意味を考える。


「⋯⋯よろしくね、真由美ちゃん」


 小さく耳打ちされた意味。

 真由美は力強く頷いた。


(セントラル地下の封印⋯⋯そして、。首都セントラルであれば情報は集まってくるはず。私がやるべきなのは情報の精査と分析。情勢の予想と対策。そして、隠されたモノの調査)



「ところで、」


 千階堂が心なしか声のトーンを少し上げた。


「移動にあたって――――足は必要だよな?」







「HAHAHA! 大丈夫だ、俺には道が見えている!

 心配するな心配するな! 俺が全てをぶっちぎりにしてやんからよ! どこでもかしらでも爆速到達完全無敵! この俺クレイジー・バッドデイはしっかりばっちり送り届けてやるぜ! それもこれもあれもどれも! この素敵で無敵なクレイジーマシンがあるからこそなんだけどな! 分かるかい!? クルマってのは男のロマンだ! そう思うだろ、キョウダイ! 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! あらゆるものが詰め込まれているぅぅぅうううう!!」


 無言で振り返った遥加に、真由美は弱々しく手を伸ばすことしか出来なかった。そしてその手は届かない。


「そして何より――――爆速があるぅぅぅ⋯⋯⋯⋯てことで善は急げださあ行くぞッ!!」


 届く前に、堀が深く暑苦しい顔立ちのつなぎ男が掻っ攫っていったから。

 毒々しい色合いとやたらトゲトゲしたフォルムの改造車両(合法)は真由美が瞬きした間にもう視界から消えてしまっていた。


「⋯⋯え? あれ、ちょっと!? え! あれ! 大丈夫なんですか!!?」

「彼の名はバドワイズ・フレッチャー・デイモン。通称、バッドデイだ。紹介が遅れてしまったね」

「紹介が遅れたんじゃなくて、展開が速すぎるんでしょう!?」

「速さと長台詞は彼の敬意の表れだ。それだけ女神アリス様に敬意を払っていることに他ならない」

「え、でも、あの⋯⋯あああ⋯⋯⋯⋯まあ、大丈夫か。あの人なら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る