従者、死地にて相棒と邂逅する

【エリア5-2:無音の森】



「さあて、こりゃどういうこった?」


 これまで黙々と吹雪の中を進んできたあやかは、その光景に足を止めた。白一色の景色に、黒みを帯びた赤が混ざっていた。というかぶちまけられていた。


「そんなに時間は経ってねえな」


 バラバラになった手足と、喰い千切られた内蔵。吹雪に埋めれることを避けるように大木の下に集められている。か。あやかは直感的に納得した。


(獣だな。また、戻ってくる)


 腐臭はしない。噎せ返るような血の臭いも。全てが猛吹雪に洗い流されている。血肉は、腐っていない。天然の冷凍庫だった。自然の知恵を感じる。

 過酷な環境だ。あやかは足を踏みしめ、眉をひそめた。

 足場が安定しない。重心がグラつく。当然ながら雪原に慣れていないあやかは、打撃の根本とも言えるアドバンテージを失いかけていた。あの小さな水色の少女の頼もしさを痛感する。

 しかし、だからこそ。

 獰猛な目つきは一層鋭さを増した。


「……あん?」


 何か光った。いや、発光したわけではない。僅かに漏れる太陽光を、何かが反射したのだ。近付くのはあまりにも迂闊だった。それでも足を向けたのは、それがだったから。


「っ」


 頬をさする。掠れた赤が指に付着していた。撃たれた。音は無かった。


「おい! 誰かいんのか! 生きてんのか!? 俺様は敵じゃねえぜ!!」

「よせ。やめろ。来るな」


 声が届く。確かに誰かがいる。声に混ざるのは僅かな怯えと、そして。

 

 意図に気付いたあやかは一息に飛び出した。吹雪の中でも次弾は的確にあやかを狙っていた。致命傷にはならない、しかし危機を感じて引き返すくらいの傷を負わせるために。


「射線はもう読めたぜ」


 手刀で弾丸を叩き落とす。極限の集中力の中、息をのむ音が聞こえた。あやかは屍肉の中に腕を突っ込み、腕を引っ張り上げた。


「その手は、屍肉ごと食い散らかされるのがオチだぜ」

「なんてぇ胆力だ……!」


 向ける銃口を脇で押さえ込みながら、あやかはにやりと笑った。


「これをやった奴ら、まだ近くにいんだろ?」

「ああ、もうバレてる。お前さん、逃げなくていいのか? だぞ」

「もう遅い。アンタほどの腕が包囲を抜けられていない時点で俺様も運命共同体だぜ」


 言葉とは裏腹に、あやかは不敵に笑った。状況は正しく理解しているらしい。それだけ分かると男は抵抗を止めた。あやかは屍肉の山に目を向ける。そして、目を細めて周囲を見渡す。


「……同じ探検隊の奴らだ。俺以外は皆やられたよ」

「……そうか」


 あやかは周囲を見渡すのを止めた。生存者を探していたのだ。周囲を囲っている敵意の群れは、とてもじゃないが視認できないだろう。


「ここで吹雪は珍しいんだ。大体、濃霧が満ちてやがる。だからここまで脅威になるこたぁなかった。俺たちだけで対処可能なはずだった」


 うわごとのように男が呟くが、その目は光を失っていない。生き残ることを諦めてはいない。屍肉の中でも、ずっと起死回生の一手を探していたのだろう。


「付近にはこの大木しか遮蔽物はない。ここで迎え撃つしかないぞ。お前さんかなり強いだろ?」

「確かに俺様はとっても強い。だが迎え撃つのはここじゃねえぜ?」


 腕を引いて、走る。積もり積もった雪原の上はまともに走り続けられたもんじゃなかったが、段々コツは掴めてきた。移動する二人を中心にするように、脅威の包囲も動いている。あやかは敵意の感覚で、男は歴戦の勘で、その脅威を感じ取っていた。


「あれ、アンタ意外に余裕ある?」

「死ぬほどキツいさ。けどな」


 ようやくあやかは止まった。

 辺り一面遮蔽物がない、吹雪さえなければ見晴らし最高の立地。


「死にそうなくらいきついところじゃねぇと、生きてるって実感できねぇんだ」

「……いいね」


 右目の眼帯が吹雪に揺れる。

 その奥の暗闇には、しかし危ういほどの光に満ちていた。

 もっさりと生えた立派な髭を持つ、筋骨隆々の大男。魔獣の毛皮でできた分厚い登山着を着込み、山に挑む装備が十全に整っている。なにより、山に対する歴戦の風格をあやかは感じ取った。


「俺様はマギア・ヒーロー。名前は高月あやかだ。このクオルト氷壁を踏破しに来た」


 あやかは拳を突き出した。

 男は一回り大きな拳をぶつけた。


「俺は最強の登山家。名前はクロキンスキーだ。このクオルト氷壁を踏破しに来た」


 ぶつけた拳を大きく引いて、クリキンスキーは拳撃の通り道を空ける。無音と吹雪に紛れた獣の鼻っ柱を盛大に殴り飛ばした。

 獣の遠吠えがあちらこちらから聞こえる。姿は見えない。殴り飛ばした狼も既に姿を眩ましている。


「おいおい、こりゃあヤバいかもな!」

「まだ負けと決まったわけじゃねえ。諦めた時が、本当の負けなんだ」


 そして――――遠吠えの輪唱が、止んだ。

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