女神と従者、道を分かれる
「あっは、これはすごいねえ!」
ハングアップは上機嫌に手を叩いた。喜んでもらえたようで遥加も鼻高々だった。
「あの子、魔法もほとんど使わないでアレかあ。僕でも勝てるか分かんないよ」
「あやかちゃんは本当に強いからね。なにが凄いって、あれでもまだまだ成長途中なんだから」
いやあすごお、と感嘆の声を上げるハングアップが店員から伝票を受け取る。
「あ! えっと、私も…………」
慌てて財布を取り出す遥加を、ハングアップは手で制した。
「いいもの見せて貰ったからね。ここは僕が持つよ。それに、気に入った相手に奢るのは大好きなんだ」
ゴールドカードを手渡すハングアップに遥加は目を輝かせた。その反応に、ハングアップはさらに上機嫌になる。
「ハングアップさんって、本当に大人の女性って感じがして素敵です!」
「はっはっは! 持ち上げるねえ! 持ち上げられるの嫌いじゃないけど」
喫茶店の入り口で待つ二人のところに行くため、席を立つ。そして。
「黒い子、あの子は問題ない。実力も胆力もあるし、頭も良い。保証するよ。水色の子はだいぶ不安だな。魔法頼りの戦い方はこの世界では危ういよ。分析能力は高いみたいだが、非戦闘員みたいな感じかな?」
「いいえ。真由美ちゃんは、ちゃんと戦えますよ。意志も意地もある。だから、そのための力をちゃんと与えてあげたいんです」
「……なーる。本人の努力次第ってやつかな、それは」
「ですね!」
喫茶店の扉を開けると、あやかが自慢げにVサインを押しつけてきた。
「いえい! 俺様たちの完全勝利だぜ!」
「ほとんど高月さんだけの戦果だったけど……」
少し気まずそうに真由美が苦笑した。ハングアップは何かを言いかけたが、遥加の視線を感じて言葉を飲み込んだ。
「……あー、うん。どうだい、その男の身柄は僕に預けて貰ってもいいかい? その男にはそこそこの賞金が掛っていてね。君たちはまだハンター登録していないんだから一銭にもならないだろう?」
「え」
真っ正面から獲物を横取りしようとする態度に真由美が固まった。遥加が「奢って貰っちゃった……あと、結構な情報料」と耳打ちすると、渋々といった様子で承諾する。そのやり取りを見たあやかが乱雑に釭鏡の巨体を投げ渡した。
「よっと。乱暴なことするね」
ハングアップは全く体幹を乱さずに片手で受け止めた。あやかはわざと重心が崩れるような位置に投げたのにもかかわらず。
「よ! お姉さん力持ちぃ~!」
「はは、レディにそれはないだろう?」
達人級の実力者の間でしか推し量れないこともある。視線のやり取りに莫大な熱量を感じたか、真由美は一歩たじろいだ。
「で、これからセントラル市街地に行くんだろう? 僕は討伐手続きも兼ねてもう少しここに滞在するけど、その後で良ければご一緒しようか?」
「いえ、私と真由美ちゃんは今日にもここを発つ予定です」
「そ、残念。……え、二人だけで?」
残りの一人に目を向ける。真由美が『創造』の魔法で生み出していく防寒完備の戦闘服の動き心地を確認しながら、コレは違う、アレは違う、と細かい注文ばかり増えていく。
「ん? あ、俺様あの山登るから別行動だぜ」
「……登るのかい? あのクオルト氷壁を?」
「それがあやかちゃんの役目ですから。じゃあ、お願いね!」
「おうよ!」
「二人とも気軽に言ってくれるなー……」
クオルト氷壁。それはこのフロストマキアの北半分を占める、標高一万メートルにも達する巨大な雪山。あまりにも過酷な環境と切り立った崖のような登山経路から、まさに『氷壁』と呼ばれるに相応しい極地だ。
この世界の誰一人として踏破に成功した事例がない、まさに難攻不落の伝説だった。ハングアップも過去に挑戦してみたことがあるが、中腹を見て踏破を諦めたことがあった。
「わざわざ挑むってことは――――さては頂上に何があるのか、知っているね?」
「内緒です♪」
遥加は口元に人差指を当てて、小首を傾げた。女神リアと同じ女神、知っていてもおかしくはない。そして、現地の人間に言えない理由も心当たりがないわけでもない。
ようやく納得がいく装備を整えられたか、ぐったりとしている真由美の横であやかは無邪気にはしゃいでいた。そんな二人を微笑ましそうに眺める遥加。
「んじゃまあ、お互い気をつけましょう。無事に再会できたら、今度はド派手に奢ってやるぜ」
「わぁい、楽しみしてますね!」
キザに片手を上げたハングアップが白景色に消えていく。
そして、あやかが巨大雪山に向かって走り去る。
「さ、真由美ちゃん。私たちも行こうか、セントラル市街地へ」
「はい」
そして、女神ともう片方の従者はこの世界の中心地へ。
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