vs姫木 紅鏡
『人狼狩人』、それが彼の異名だった。
字面通り、彼は執拗までに人狼を狩り続ける。恨みも無く、ただただ嫌悪の対象として。40代後半の壮年にもかかわらず、その鍛え抜かれた肉体には老いが感じられない。銀髪に狐の耳と尻尾、身につける黒の胴着の下では筋肉が隆起している。そして、人狼を潰すための、純銀の金砕棒を片手で構えた。
「扱い慣れてやがんな……」
殺気を真っ正面から受け止めるのは、高月あやか。
「狐の耳……ファンタジーな世界観ね」
その後ろに控える、大道寺真由美。
「貴様ら――――異界の人狼かぁああ!!?」
「「違う」」
「自分は違うだと!? 人狼は皆そう言うのだ!」
少女二人は顔を見合わせた。会話が通じる相手ではない。
「高月さん。あの人の耳、この世界特有の?」
「いやあ、なんか違うと思うぜ? 立ち振る舞いが俺様たちと同じ、異界の存在を感じさせるぜ」
「人狼よ!」
振り上げられる金砕棒。あやかはその一挙手一投足に目を見張らせ、拳を強く握る。
「貴様らの居る場所は地上ではない!」
あやかが大きく一歩下がった。水色の少女を抱えて店とは反対側に跳ぶ。
「地獄だ!!」
叩きつけられる金砕棒。その衝撃に雪面が揺り動かされるが、特筆すべきところはソコではない。二人がさっきまでいた地点まで亀裂が走り、強烈な炎が吹き上がったのだ。
「な――――っ」
「落ち着け、真由美。視たか?」
真由美が首を横に振った。
「高月さんはよく……分かったわね」
「力場が集中していた。あれで仕留められれば良し、そうでなければ実力が推し量れる……見た目以上にクレバーだぜ」
あやかが浮かべる闘争心。右足を踏みしめて柔らかい雪面を固める。釭鏡の視線がそちらに動いた。
「視界に収めても眼中にないってわけ? 舐められてるわね」
雪面に降り立った真由美が左手にフィールドスコープを、右手に水色の刀を構える。その動きを、あやかは手で制した。
「アレは視てもしょうがねえ。俺様が突っ込むからサポートに回れ」
「…………ええ」
釭鏡は向かってこない。
あやかは理解する。機動力では確実にこちらに分がある。だが、近接戦の技術と力比べはどうだ。釭鏡は憎悪に歪ませた顔を喫茶店に向けた。
「はっ、雑な誘いだが乗ってやんぜ!!」
踏み固めた雪面を軸に大地を蹴り出す。凄まじい加速。釭鏡は金砕棒を前に出し、斜めに傾けた。あやかは重心を落としてガードの下に潜り込むように。
「しっ!」
間合いに潜り込んでの蹴り。だが、この体勢からはクリティカルには至らない。分かっていたからこそ、蹴り上げたのは、雪だ。
「ムッ!?」
金砕棒をこのまま振り落とすつもりだった釭鏡の視界が封じられる。狙いがブレた金砕棒をあやかの拳が弾き、そのまま大きく下がる。衝撃に備えた釭鏡が身を固くするが追撃は来ない。
大きく下がった先。不自然に隆起した斜めの坂があった。真由美の『創造』の魔法で生み出した足場だった。
「そぉおりゃ!!」
呼吸の間隙。衝撃を受け止めるタイミングをズラされた釭鏡の鳩尾にあやかの拳が下がる。苦悶の声を上げる釭鏡だが、その動きは止まらない。金砕棒を振り上げる動作で小柄な敵を振り払う。
そして、振り下ろ「ぬぅうん――っ!!」
直前のその軌道が横に逸れた。カウンターで持ち手を潰そうとしたあやかの蹴りが空を切る。体格差では釭鏡が圧倒的に有利。そのまま全身で当たりにいく。
「高月さん!?」
真由美の声が響いた。雪面に叩きつけられたあやかを挽肉に変えようとする金砕棒がその動きを止める。
「くだらん小細工に頼るか――――その考え、人格が人狼に支配されている!」
雪山から伸びる鎖が釭鏡の動きを止めていた。だが、それもほんの一瞬。力業で拘束を振り切る釭鏡の目前。
拳。
「ぐぅんぬ!!?」
金砕棒を振り下ろす動きに、まともにカウンターを入れられた。たまらず釭鏡の巨体が吹き飛ばされる。
「あんま、ウチの姫さんいじめないでくれねえか?」
あやかが首を鳴らしながら重心を低く構える。その後ろに真由美が並んだ。
「高月さん、大丈夫なの?」
「モチ! 一撃もらってぶち込むつもりだったが助かったぜ!」
「ええぇ……相変わらずそんな無茶を」
クリーンヒットを受けた釭鏡だが、すぐに立ち上がった。あやかは挑発めいた笑みをぶつけるが、やはり乗ってこない。激情に駆られるも、歴戦の勘が狙いを読んだが。あやかはずっとカウンターを狙い続けていることに。
これだけの体格差。いくら近接戦が強くても、あの小柄な体躯からは巨体を倒す力はないだろう。であれば答えは単純、相手の力を上乗せしたカウンターこそが唯一の好機。
というのが、釭鏡の読みだった。
「ま、大体分かったぜ」
真実は。
「俺様、異世界とやらの戦闘は初めてだからな。どんなもんなのか試させて貰ったぜ」
「はっ! 人狼めが戯れ言を!!」
あやかが後ろに目配せを送る。真由美が両手を広げると雪面が奇妙に蠢いた。否、雪に足が取られないように、白く迷彩されたプレートがいくつも浮かんでいた。ちょうどあやかの足が踏みしめる位置に。
「じゃ、決めるぜ」
さっきとは比較にならない速度で接近してくるあやかを放ってはおかない。釭鏡は金砕棒を叩きつける。走る亀裂、吹き上がる炎。強烈な鉄火撃ちが高速軌道を制限する。
「そっちが動作範囲なら」
「こっちは視認範囲よ!」
真由美が両手を握り締めた。破裂音。小規模な爆発がいくつも。釭鏡が吹き上げた炎よりかは比べるべきもなく脆弱。しかし、巻き上げられた雪が爆風に吹き荒び、視界を封じる。
まさに、小規模なホワイトアウト。
「人狼めがああああああ!!!!」
金砕棒の一振り。特大の大振り。ホワイトアウトが真っ二つに裂けた。だが、釭鏡が見た景色は。
「な、ぜ……?」
同じく視界が封じられていたはずのあやかが、すぐ目前で拳を構えている姿。
「分かるよそりゃ――――アンタ、カウンターを警戒してずっと動かなかったもんな!」
釭鏡の隙だらけの胸部にあやかの拳が叩き込まれる。威力を殺さず下顎を蹴り上げ、返す裏拳を脇腹にぶち込む。釭鏡は踏ん張ったが、その重心はグラついていた。身を低く伏せたあやかが手刀で右足を払う。
完全に崩れた。
金砕棒を振り上げるも、蹴りの一発で弾かれるくらいの威力しか出ない。
鋭く、短い呼吸音。あやかの連撃が次々と胴体に打ち込まれる。釭鏡は堪らず下がる。だが、その足が不自然に止まった。
(こんな、近くに、壁など……?)
水色の壁。
追い詰められた釭鏡が体当たりで全てをはね除けようとするが、もう遅い。力強い踏み込みが、強烈な一撃を予感させた。掌底。水月、肉体の中心を撃ち抜き、その威力が全身に伝播する。唯一抗えるとすれば、その体格差故だったが。
「リロード!!」
少女に、威力が足りないという事象は発生しえない。『増幅』の魔法により、その威力は無限に膨れ上がる。この一撃は、きっちりこの巨体の意識を刈り取るまで。釭鏡はそのまま白目を剥いて倒れた。
倒れた巨体を軽々担ぎ上げてあやかが一言。
「俺様の勝ち、だぜ」
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