女神と従者たち、異世界に降り立つ

【エリア5-1:ウインタードリームカントリー】



 町一番のおしゃれな喫茶店『ウィンター・ウェルト・ウェスタント』。


「へえ、そういうこと。というか、まあ、よくぞこんなところにまで」


 銀に染めた髪をサイドアップにまとめ、茶色がかったタイトスカートの中で足を組む。傍に掛けられた薄手のコートの下は赤いチョッキのワンポイント。今シーズンの流行の冬コーデをアレンジした服装だった。


「僕としては歓迎するよ。他の子がどうだかは知らないけど」

「うん、それでもうれしいなぁ。お話聞かせてくれてありがとうございます

!」


 二人してまだ湯気が残るココアに口をつけた。ほんのりとした甘さが身も心も溶かしてくれる。


「うんにゃ? 光栄至極はこっちのほうさ。まさか御伽噺の女神様に、っ」


 言いながら、女性は少し顔を背けた。

 数秒息を整えて続ける。


「こうしてお目にかかれるなんて、ね」

「リアさんじゃなくて、私を女神として認識しているんですか?」

「え……ああ」


 少し思案を挟み、目を背けながら。


「リア様はリア様でちゃんと女神様さ。私たちマギアはさ、魂の業にきっと染みついているんだよ。『あらゆる情念の怪物を滅ぼす』法則として機能している女神様のことを、ね」


 女性は目線を泳がせ、やがてメニューに逃げさせた。色取り取りの折り紙が折り重なった、そんなデコレーションに満ちたメニューに。


「想いがある限り、強すぎる想いが現実を浸食する危険性はどうしてもさけられない。私の世界は、私がその業を一手に引き受けたけど……他の世界はそういうわけにはいかないもんね」


 私もまだまだ想像力が足りなかったなぁ、と少女は苦笑いを浮かべた。生クリームの乗ったチョコレートを頬張ったのはほろ苦さを打ち消すためか。


「でも、この世界に渡ってきたってことは固有魔法フェルラーゲンも十全に使えるんじゃないかい?」

「はい。でも、貴女にこの世界のマギアの子たちのお話を聞いて……滅ぼす必要は感じませんでした」

「はっは、随分融通効かせてくれる女神様だ」


 女神と呼ばれた少女がにっこり微笑むと、女性は口元を抑えて顔を背けた。


「くっ――ぁ、いや、それで……そう、奴のことだね」

「始まりの門、コールサイン・プロローグ……ちょっと見過ごせる子じゃなさそうだよね」

「うん、僕も――というより満場一致でそう思うよ。エンドフェイズをぶつけられればいいんだけど……王冠山脈で下品な野蛮人に酷い目に遭わされてね」

「どんな?」

「……お食事中には言えないこと」


 女性が遠い目をする。少女は深く聞かなかった。


「でも、一番ヤバそうなエンドフェイズは大人しくしているんだ。僕としてはあんまり荒らげないで欲しいな」

「そうだね。なんだかんだ、その子はうまくやっていると思うよ」


 女性は少女の背後に目をやる。まるで従者のように控える少女二人。いや、まるでではなく、まさしくなのだろう。


「ハンズアップさん――――を楽しんでね」

「くっく、まさかそんなこと言ってもらえるなんて光栄だよ――――女神アリス様」


 言って、ハンズアップが目を逸らした。口元を覆って肩を震わせている。

 彼女は、今日死ぬつもりでここに来ていた。そんな運命を予感した。それでも、戦うつもりだった。女神相手だとしても、自分の『幸福』を無抵抗で奪われてやるつもりはない。決して勝てない戦いでも。


「あ、いや――――くっく、あっははははははやっぱ無理だって!!」


 そうしなかったのは。

 現われた女神アリスがハゲカツラを乗っけて、どデカいグラサンを掛け、無駄に豊かな純白の付け髭をたくわえ、すげえそれっぽい杖をつきながら、安っぽい翼の飾り物を背負って現われたからだろう。後ろの二人もダークグレーのスーツをカッチリ決めて、さらには厳ついグラサンと黒マスクと異様な格好をしている。


「なにさ!? その格好は!!」


 純白の付け髭をもっさもっさ撫でつけながら、女神は一言。


「神っぽいかなって」


 ハンズアップは後ろの二人に目を向ける。


「護衛っぽいかなって」


 ハンズアップは机に突っ伏して笑いを必死に噛み殺していた。


「あんま、笑わせないっ、でよ――――!! メイク落ちちゃうって!」

「えへへ、ハンズアップさんはおとなーて感じで素敵な方だね」


 謎の変装グッズを剥ぎ取ったアリスが人懐っこい微笑みを浮かべる。すっかり牙を抜かれてしまったハンズアップはつられて笑ってしまう。


「でも、どうすんのさ。女神の力抜きじゃ、この世界結構厳しいと――――「『人狼狩人』だ!! 『人狼狩人』が出たぞ!!」


 店内に響き渡る怒号。ハンズアップがあちゃーと額に手を当てた。


「それもリアさんに聞いてます。だから私は一人では来なかった」


 後ろの黒服二人が変装衣装を脱ぎ捨てる。魔法の衣装だったのか、床に落ちる前に全てが虚空に消えた。

 方や、漆黒の戦闘服に身を包んだ少女。戦意に漲る猛禽のような目つき。赤いマフラーと白いハチマキが気迫に揺れるのが印象的だ。

 方や、腰まで伸びる水色の長髪にばっさりと前髪を揃えた姫カット。華奢で小柄な体格が儚げな印象を与えるが、対照的にうねる魔力が力強い。


「あやかちゃん、真由美ちゃん。相手は中々の猛者だよ。準備はいい?」

「おうよ! 俺様の修行の成果を魅せてやるぜ!!」

「高月さん、私がサポートするわ」


 ハンズアップが口笛で賞賛した。


「いいのかい? アイツ、一応僕のストーカーだよ? 賞金目当てでボコボコにしたら『人狼は地獄に堕ちろ!』ってしつこく追い縋ってきてさ」

「貴女が困っているなら、私たちは喜んで力を貸しますよ。それに――――」


 従者二人が外に飛び出していった。『人狼狩人』は店のすぐ前にまで来ていたらしい。ハンズアップとアリスの席から、分厚い防弾ガラスを隔ててよく見える位置だ。


「へぇ……」


 ハンズアップは二人の身のこなしに目を細めた。特に、漆黒の戦闘服の方を。


「興味、あるでしょう?」


 アリスは悪戯っぽく、そして挑発的に笑った。そのしたたかな態度に、ハンズアップがにんまりと笑った。

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