Epilogue
7-1
それから二週間後のことだった。
「やあ、ディーン。調子はどうだい?」
教会前に停まった白のホンダ・シビックの窓があいて、スミスさん(息子)が顔を出した。
「こんにちはスミスさん。まあまあかな。今日は非番? 俺が芝を刈りに行かなくてもいいの?」
「ああ。いつもありがとう。ディーンはすごくいい子だねって母も言っていたよ」
「助かってるのはこっちのほうだよ」芝刈りのアルバイトは俺の貴重な収入源のひとつなのだ。ひとりでやれるから尻を触られることもないし。「それに、スミスさんのスコーンはおいしいしね。匂いがしないから、持ってきてくれたわけじゃなさそうだね」
「これから家に行くところだったから、もし焼いていたら帰りに持ってきてあげるよ。立ち寄ったのはね、この人が困っていたから、一緒に乗せてきたんだ」
ドアが開く前から俺は身構えていた。
案の定、後部座席から出てきたのはジェレミーだった。最初に来たときと同じ、聖職者のカラーとジャケットという格好だ。
「それじゃあね、神父さん。今度からは音声案内を使ったほうがいいですよ」
ジェレミーは小声でお礼を言い、スミスさんは走り去った。
「いつから神父になったんだ?」
俺はやつから目を離さずに言った。
「彼の誤解だ。まだ助祭だよ。……マクファーソン神父は教会にいる?」
「お前らに追い出されてなきゃ、まだいるだろうよ」
俺はマジでムカついていたので、喉からうなるような声が漏れるのを止められなかった。
「……ディーン、僕はケンカをしにきたわけじゃないんだ」驚いたことに、やつは少しうなだれた。
「マクファーソン神父がいるなら、話ができないか、聞いてきてもらえないだろうか?」
ジェレミーが来たのを聞いたクリスはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに司祭館にとおすように言った。
俺がコーヒーを淹れて(まったく、なんでだよ!)、俺たちは居間で向かい合った。
カップの湯気が消えるまで、ジェレミーはうつむいたままで、なかなか口をひらこうとしなかった。俺はやつがなんで今ごろのこのこ現れたのかわからなかったし、クリスも、表情は平静だったが自分から話しかけようとはしなかったので、気まずい沈黙が流れた。
「なあ、いつまでも黙ってないでさっさと用件を言ったらどうだ? あんたがそこに座ってるってことは、あんたのベッドはもう片づけちまったってことだからな」
しびれを切らした俺は言った。
「ディーン、やめなさい。……フランチェスキーニ司教に報告すると言っていたけど、話はしたのかい?」
「……しました」
「そうしたら?」クリスが尋ねた。
「……大笑いされましたよ。それで、それはお前、チャーチ・グリムだよって言われたんです。見られるなんてラッキーだなって。チャーチ・グリムがなんなのかわからなかったので調べたら……ほとんど妖精の犬じゃないですか!」
ニックといいこいつといい、なんで俺を犬扱いするんだとカチンときたが、話がややこしくなるので黙っていた。ふつうの人が
「アイルランドの司祭は二十世紀に入っても妖精を信じていたよ」クリスが静かに言った。「彼はイタリア人だけど、アイルランド人の友人もいるしね」
「……カトリックの信仰に生きる、というのは、そういうものも信じないといけないんですか……?」
「あんたは神様だか天使だかの声を聞いたって信じたんだろ。どうして目の前にいる俺を信じないのさ」
「教義の違いはあっても、私たちは同じ主イエス・キリストを信じているわけだし、君がプロテスタントを選んでも、それは君の信仰だと思うけれどね」
「……正直、迷っているんです」ジェレミーは苦しそうに言った。
「そうだね。良きにしろ悪しきにしろ、君がこれまで信じてきた世界がどんなものだったにせよ、それを揺さぶられる体験をしたわけだから、世界が違って見えるだろう」
実際に頭を殴られてるわけだしな。
「でも私としては、君がこちらに留まってくれたら心強いけどね。地獄と対峙するときには、味方は多いほうがありがたいし。君の強い信仰は強力な助けになるはずだ」
ねえ、クリスそれマジで言ってる?
「……ええ、あなたが
「猊下はほかになんて?」
「勉強になったろう、まだ司祭になる気があるなら帰っておいで、教導するから、とおっしゃっていました」
「ちょっと待ってくれ、司教はお加減が悪いのでは?」
「いえ、お元気そのものですよ。毎日五マイル〔8㎞〕は歩いていますし、あれだけ肺活量があればマスターズ水泳もいけると思いますよ」
クリスの顔になんともいえない表情がうかび、少しのあいだ、純情そうなラクロス野郎をじっと見つめた。
やつはちょっと顔を赤らめて、
「……すみません、本当はこんな話からするつもりじゃなかったんです。たしかにあなたの言うとおり、ディーンは僕を襲ったりしなかったし、自分と異なる信仰信条をもっているからっていうだけで、その人を糾弾する権利なんて誰にもないはずだ……。法律を学んでいるときに教授に言われたんです、法律の勉強の大半は、愚か者に対して寛容な気持ちで接することができるように訓練することなんだって。この二週間のあいだ、ひとりで考えて……つまりはそういうことですよね」
「その言いかた、なんか引っかかるんだけど」
俺は眉間にしわを寄せてジェレミーをにらんだ。
「ああ、ごめん、馬鹿にするつもりで言ったんじゃないんだ。どうも僕の言うことはそんなふうにとらえられることが多くて……」
なんだ、自覚はあんのかよ。
「ええと、だから、つまりその……許してほしいんです、あなたがたに失礼なことを言ったのを」
「もちろん」間髪入れずに、クリスがほんとに天使を思わせる微笑みで答えた。
「ディーン、お前はどうする?」
「……嫌だって言えるわけないだろ。俺を犬呼ばわりするのをやめてくれたらね」
「しないよ。その、君は――その、どういう理屈かはわからないけど、今は人間の姿をしてるわけだしね」
ジェレミーは
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