7-2

 俺がつい考え込んでしまったあいだに、ふたりの話は進んでしまった。

「自分があのとき取り乱してしまった原因はわかっているんです。あなたはあのとき言われましたよね、自分の身に起こったことを受け入れろって。僕はずっとを認めたくなくて――」

「それ、というのは?」

「恥ずかしいことに、僕はその……異性に対する情熱を捨て去ることができなくて」ジェレミーの、わりと整った顔はこれまでにないくらい真っ赤だった。さらに早口で、

「……と、と言ってもですね、もちろん、聖書で禁じられているような行動に移したことはありませんよ、それに、誰彼構わずそういう気持ちを抱いているわけでもありませんし……たとえばあの、日曜のミサに来ている女の子たちを見てそう思うかと言われれば、どうしようもないなと思うだけで……たしかにあの子たちは外見はきれいですけど」

 中身は魔女みたいだからな。

「だから、彼女――イザベルが現れたとき、理想の女性だと思ったんです。はじめは彼女の告白を聞いてびっくりしましたよ。あの若さで未婚の母で、おまけに子供を……不幸な事故かもしれませんが過失で死なせたなんて……。でもその行為を悔いているように思えたし、なんていうか……結婚前に男性に身を任せる女性にしてはその、しとやかで、だけど時々情熱的なところがあって……騒がしい学生の子たちとは全然違う。こんな女性がこの世にいたんだって。自分が見ているのは幻じゃないかと思いましたよ」

 ……あーあ、まだ騙されてんのかよ。

「でも、反面、彼女たちの奔放さがうらやましかったのかもしれません。教会に来ているのに、なににも縛られていないみたいに見えて。だから、あんなにきつい態度に出てしまったんだと思います。べつに彼女たち個人が嫌いなわけじゃないんです……そこに映っている自分を見るのが嫌だったんでしょうね。それが僕の肉体に刺さったとげなんです」

 なんでソーンなんだろう? ジェレミーの野郎が下半身の問題で悩んでるなら、刺さってるのはチンコプリックだと思うんだけど。

「だから……いまだに信じられませんけど、彼女が消えてしまったとき、ものすごくショックでしたけど、ああやっぱりなと思う自分がいたんです。これは……たぶん……主が僕を試されたんじゃないかと。そして僕はそれに応えることができなかったんだって」

「だけどジェレミー、なにも無理して独身を通せとは言っていないじゃないか。もし自制することができないなら、結婚するのにさしつかえはないわけだし」

「ええ、まあ、それはたしかにそのとおりなんですが……。実をいうと、僕の両親は、主が結びつけようと願ったほどには強く結びついていないんです。母は父と別れようとしていましたし、父も……ひょっとしたら自分の体を自由にしたことがないとはいえない。それでも一緒にいるのは……世間体というのを考えてのことなんでしょうね。僕はそんなふうにはなりたくないと思っていました。それなのに、実際、理想の女性だと思った異性が現れてしまうと、自分がどうすべきかわからなくなってしまって……」

「私には君のご両親のことについてなにか言うことはできないけれど、少なくとも君がそのことに気づいていて、自分は違う道を歩もうと思っているのなら、困難な道のりかもしれないが、きっと主は助けてくださると思うよ」

「……それがどんな道でもですか?」

 元ラクロス選手はでかい背を丸めるようにしてクリスを見た。

「どんな道でも。このまま聖職に進んでも、そこから離れても。ただ、自分に嘘をつかないでいるなら」

 ジェレミーは肺の空気が全部出たんじゃないかと思うくらいの深いため息をいた。

「……ああ、どうしてカトリックに転向しようと思ったのか話していませんでしたよね。導きが欲しかったんです。ひとりで悩まなくてもすむようななにかが。法律もそうですよね。決まりがあって、破ったときには審判が下される……。僕は天での審判をひとりで待てるような強い人間じゃなかったんです」

「私もそうだよ」

 クリスはそれだけ言って、ジェレミーの横に座って、肩に手をおいた。

 はたから見てるとなんだかおかしな光景だった。嫌がる女を無理やりやるとか、他人の奥さんを寝取るとかいう話だったら、報復合戦で血みどろの殺し合いになるからやめとけっていうのは俺にもわかる。でもお互い合意の上ならなんの問題もないのに、どうしてジェレミーはそんなに悩むんだろう? 自分の子孫を残すチャンスじゃないか。死んだあと苦しむって言われてるからだなんて――どうして死んだあとのことまで心配するんだ、実際死んだわけでもないのに? 死んだはずなのにまだ生きてるみたいなやつもいるのに?

「ですがクリス、立ち入った質問をするのを許していただけるなら、あなたはそのう……女性に強く惹かれることはないんですか?」

「ジェレミー」クリスは苦笑いした。「質問しなければ、私も嘘をつかずにすむ」

 それについては俺もすごく聞きたかったが、実質的にそれ以上は聞くなと言われているのと同じだった。いわゆる、ご想像におまかせします、ってやつだ。弁護士の誘導尋問みたいだな。

 まあいいや、もしジェレミーがうんと出世して司教くらいになったら、もしかしたらクリスの告解を聞けるかもしれないし、そのときに、ほんとうのところはどうなのか問い詰めればいいだろう。

「――とにかくいったん戻ろうと思うんです。特にいつまでいるようにと決められて来たわけじゃないので……少なくともあと半年は助祭でいなければならないでしょうし」

「なんだって? じゃあ君がフランチェスキーニ司教のもとにいたのは……」

「一か月弱ですけど?」

 クリスが十字を切って、ほとんど聞こえないくらいの声でお祈りを唱えたのにはびっくりした。どうしたんだ?

「神父になるのか牧師になるのか知らないけどさ、あんたの説教には死人も飛び起きるだろうね」

「本当にそんなことになったら困るよ」ジェレミーは苦笑した。「それよりは、安らかに眠ってほしいからね」

「あんただったら吸血鬼も素手で殴れそうだしな。ほんとに、やってたのはラクロスだけなのか?」

「――吸血鬼までいるのかい?!」

「妖精の犬がいるなら、吸血鬼がいたっておかしくないだろ。空飛ぶフライングスパゲッティ・モンスターもね」

「ディーン、彼をからかうのはそのへんにしておきなさい」クリスが苦笑して言ったので、俺は目を白黒させているやつを解放した。司祭になるにはジョークを理解する能力も必要なんだってわかってくれればいいけど。道のりは遠そうだな。

 ジェレミーを見送ろうと外に出ると、スミスさんの車が停まっていた。窓から、スコーンの入った紙袋を振っている。俺は駆け寄った。

「よかったら送っていきましょうか? どうせ署に戻るところだ」

 スミスさん、あんたはなんていい人なんだ。この人のためにならお祈りしてもいいと思うね。

「ご親切に感謝します」

「あなたとご家族に主の祝福がありますように」

 ふたりの聖職者に口々に言われて、スミスさんは嬉しそうに頭を下げた。

「気をつけて。フランチェスキーニ司教には私からも電話をしておくから」

「大丈夫だよ、クリス。ジェレミー、神様や天使はどうか知らないけどさ、少なくとも、あんたが警察に愛されてるってことだけはたしかみたいだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る