6-6

 アサリアがいなくなるとたしかに、しばらくしてジェレミーは目を覚ました。そのころには俺は人の姿に戻っていたし、ラ・ヨローナはすっかり灰になっていたから、俺たちは納骨堂の掃除に使っている箒とちりとりでそれをかき集めて、風に散らした。

 うつぶせのままで窒息でもしたらさすがにかわいそうなので、あおむけにして顔を横に向けてやっていたんだが、そばにひざまずいているクリスを見て、ジェレミーはぎょっとしたような顔をした。俺がクリスのうしろからのぞきこんだのも原因だろうけど。

「気分はどうだい?」クリスが静かに尋ねた。

「マ――マクファーソン神父、あなたが――いや、それよりも……」

「落ちつくんだ。私たちはなにもしていない。君はさっきまで気を失っていたんだよ」

「気を……? まさか。……お前が殴ったのか?」

 やつは俺をにらみつけた。

「どうやって。俺はあんたの向かいにいたんだぜ。被害妄想もたいがいにしろよ」

「彼はなにもしていないよ。興奮しすぎて脳貧血を起こしたんだろう」

「彼女は――イザベルをどうしたんだ?!」

「“彼女”なんていやしないよ、ジェレミー」クリスの声の調子は変わらなかった。「君は自分が見たいと思うものを見ていたんだ」

「騙されないぞ」やつはクリスの手をふり払って、なんとか自力で起き上がった。さすがは元ラクロス部、というべきなんだろうか。

「あんたがたが、僕の見たものはすべて夢か幻なんだと思い込ませようとしても――こんな白昼夢があるものか。イザベルはたしかに存在したし、彼女を悪魔みたいな黒犬が襲うのも見た――おまけにそいつを神のであるべき神父が庇うのも! 隠したってだめだ、主はすべてご存知なんだから! マクファーソン神父、このことはフランチェスキーニ司教に報告させてもらいますからね!」

 言うなり、やつは、失神から立ちなおったばかりとは思えないスピードで納骨堂を出て、司祭館のほうへ戻っていった。

「……司教に報告されたらどうなるの?」

 俺はちょっと心配になってクリスを見た。

「……まあ、教会法に触れると判断されれば、最悪聖職位を剥奪されるだろうね」

「クリス、俺のせいで教会を追い出されちゃうの?」

「わからないよ」

「そうなったらどうする? 今度こそプロテスタントに改宗する?」

「……なにを期待しているんだお前は?」

 やべえ、願望がついうっかり声に出てたかな。

 しばらくして司祭館に帰ってみると、ジェレミーの姿もやつの私物も消えていた。書き置きもなかったから、どこへ行ったかはわからない――まああいつのことだから、目的地へ向かう途中で野垂れ死にするかもしれないけど、そうなったらなったで、俺は全然困らない。

 と思ったら、十五分もしないうちに、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 クリスが、サイレンがうるさくて目が覚めてしまいましたみたいな顔でまた表に出ていくと、そこには同じくらい迷惑そうな表情をしたルイス警官が立っていた。

「夜分に失礼」彼は言った。「先ほど、こちらの教会の納骨堂で、殺人事件が――女性が襲われたという通報があったものですから。にわかには信じられない話ではあるのですが、念のため調べさせてもらっても構わないでしょうね?」

「もちろんですよ」とクリスはおだやかに言って、「ですが私は立ち会わなくてもいいでしょうか。寝ていたところを起こされたもので、納骨堂でなにかがあったなんて、あなたが来られるまで気づきもしませんでしたから」

「ええ、結構です。ただし敷地の外には出ないでいただきたい」

「絶対ジェレミーのやつだよね?」俺はクリスに聞いた。

「だろうね」クリスはなんでもないことみたいに答えた。

「大丈夫だ。死体がなかったら、どうすることもできないよ。彼だって法学部出身ならわかっているはずだ」

 ……ねえクリス、ちょっと確認しておきたいんだけどさ、今までに、悪魔以外のやつを地獄に送ったこととかないよね?

 納骨堂のほうへ行ったルイスさんは三十分ほどして戻ってきた。

「異常はなかったと申し上げるのを喜ぶべきなんでしょうね。まったく、というのは人騒がせにもほどがある」

「お騒がせしてすみません、はちょっとその……夢遊病のがありまして」

「いい加減にしてくださいね、警察もヒマじゃないんですから」

 “私の同僚”?

 俺はルイスさんの頭の上の空間に目を凝らしたが、なにも見えなかった。たぶん、ダニーにとりついていた悪魔みたいに、出たり入ったりするんだろう。それか非番なのかもしれない。

 パトカーの中では、ルイス警官が誰か――たぶんジェレミーの野郎だ――を𠮟りつけているような声が漏れ聞こえてきた。あいつはホントに聖職者に対しても容赦がない。

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