6-4
「ジェレミー!」
クリスが入り口のところに現れたのはそのときだった。
パジャマの上にガウンをひっかけたままで足は裸足だ。息を切らせている。よっぽど急いで出てきたんだな。
「――クリス! よかった――助けてください、こいつが彼女を――」
クリスは俺が女をおさえつけているのを見てなにか言いかけたが、すぐに十字を切って、
「
けっこうな早口だった。
「――この命は人の光なりき、光は
「祈ってる場合じゃないでしょう、クリス! あなたも危ない――」
ジェレミーが近づこうとするのを手で押しとどめる。
「いいから君も祈るんだ、『ヨハネによる福音書』第一章!」
「冗談じゃない!」
スピードが上がった。
「――彼はおのれの国に来たりしに、おのれの民はこれを受けざりき。されどこれを受けし者、すなわちその名を信じせし者には、神の子となる権を与えたまえり。かかる人は
ラ・ヨローナが弱々しくうめいた。
「ああ……ヘレミアス……お願い、助けて……」
「イザベル!」
やつがロウソク立てをふりかざして俺に向かってきたので――目標は俺じゃなく、脅して
……誓ってほんとに、そんなこと絶対やりたくなかったんだ。だってそいつはひどいにおいがしたし、牙の下で、もろくなった骨が砕けるとき、吐きそうなほど苦い味が口の中に広がって、鼻の中まで一杯になったから。コリアンダーをぎゅうぎゅうに詰め込まれたみたいな感じだ。
とっくの昔に死んでいた肉体が塵にかえるとき、俺の前脚の下で砂袋の砂が流れ出て袋がしぼんでくみたいな感触があった。
でも納骨堂の中は風がないし、長い髪の毛はまだ残っているから、はた目には、女が今死んで動かなくなったように見えたんだろう。ジェレミーは悲鳴みたいな叫びをあげて、尖った先端をめちゃくちゃに振り回した。
どうすりゃいいんだ。俺はうなり声をあげながらやつから遠ざかろうとした。ラ・ヨローナのスカートの端をしっかりつかんだままで。
「――やめろ! 彼はディーンだ!」
クリスが俺とやつのあいだにななめに割り込むようにして、ジェレミーの腕をつかんだ。
「ジェレマイア、落ちつくんだ、落ちついてよく見てみなさい、彼女は人間じゃない」
クリスのほうを向いたジェレミーの眼には半分狂気みたいなものが宿っていた。少なくともクリスがお祈りを口にしかけた程度には。
「なん――だって……?」
息を吸うのと吐き出すのが同時みたいな声だった。
「なにを……言っているんだ、あれが……なんだって……?」
「……ディーンだよ。とにかく、彼は君を襲ったりしない。彼は私たちを守ってくれたんだ、彼女から。ジェレマイア、目を覚ましなさい」
彼女、というのを聞いてまたやつのスイッチが入った。
「おかしいのはあなたのほうだ、マクファーソン神父!」ジェレミーは青筋を立てていた。「あやしいと思っていたんだ! あなたは神を否定するようなことを平気な顔で口にするし、しかもそいつがディーンだって? まさか! 不気味な――まるで悪魔そのものだ!」
俺はうなることしかできなかった。ここで口をきけばさらに言い訳がむずかしくなる。ただ、万が一にでもジェレミーのやつがクリスに向かってロウソク立てをふるうようなことがあれば、問答無用でやつに飛びかかろうと全身を緊張させていた。
「さっさとそこをどいてくれ! 早く彼女を病院に連れていかないと――死んでしまう! そうなったらあなたのせいだ!」
なに言ってんだこの脳足りん、こいつははじめっから死んでるんだよ! まだ寝ぼけてんのか!
「それはできない。君も聖職者のはしくれなら、心を騒がせるのはやめて、自分の身に起こったことを受け入れなさい」
クリスは今度ははっきりと、ジェレミーと俺(と、ラ・ヨローナの残骸)のあいだに立ちふさがった。
「――うるさい! ああ、あんたがたはイザベルになんてことを……彼女はなにもしていないしなにも悪くないのに……」ジェレミーの声は今にも泣き出しそうなくらいふるえていた。
いや、どうみたってあんたの血を吸おうとしてたけど。恩知らずもいいとこだ。
突然、やつがきっと俺をにらみつけ、
「今すぐ立ち去れ、悪魔よ、主が天からお前に神の炎と硫黄とを降らせてくださるだろう、主の怒りから逃れられると思うな、主は必ずお前を火と硫黄の池に投げ込まれ――」
さっきお祈りはしないって言ったのに、すごい勢いでまくしたてている。お祈りっていうか、呪いみたいだけど。
「ジェレマイア――ジェレミー、やめなさい。彼は悪魔じゃないんだ」
クリスがなだめるのも全然きかない。人狼の俺よりタチが悪いぜ。
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