3-2

「スカートの丈が短すぎる」

 日曜のミサのあとで俺が献金皿を回収していると、ジェレミーの声が耳に飛び込んできた。

「それから、シャツの裾を結ぶのもやめなさい。肌が見えそうだ。教会へくる服装じゃないだろう」

 全身を耳にしてこっそりうしろを盗み見る。

 案の定、ジェレミーの説教の相手はアマンダたちだった。

「これでも気をつかってるの! べつにいいでしょ、マクファーソン神父さんはなにもいわないもん」

「それはおそらく君たちのその非常識な格好が目に入らないようにしているからだろう。彼は敬虔な司祭なんだから」

 ジェレミーのうしろにはばあさんたちがいて、しきりにうなずいている。

 意外でもなんでもないが、ばあさんたちにはジェレミーは受けがいい。とっても礼儀正しいし、親切だし、理想の孫みたいにみえるんだそうだ。

「学校でだって注意されたことなんかないわよ。チアリーディングのときなんかもっときわどい格好することだってあるんだから」ポーラが言い返す。

「どこだろうと同じだ。女性は体を冷やさないほうがいい。将来子供を産む大切な身体なんだから」

「なっ……それってセクハラでしょ! なによ、ちょっと顔がいいと思って!」

 ああ、やっぱりな。俺は心の中でほくそ笑んだ。ジェレミーのさわやかな笑顔を見て、いかにも人当たりがよくて世間ずれしていないスポーツマンみたいでちょろそうだと思ってちょっかいをかけたってとこだろう。

「セクハラじゃない。生物学的事実だ」

「そりゃそうかもしれないけど、なんで初対面のあんたにそんなこと言われなきゃならないのよ! ――ディーン、こいつになんとか言ってやってよ!」

「――ええ?! なんで俺が?!」

 頼むから俺を巻き込むな!

「彼は関係ないだろう。それに、他人をこいつ呼ばわりするのは失礼だ。小学生じゃあるまいし。親御さんは君に、淑女にふさわしい言葉づかいを教えなかったのか?」

「パパとママはあんたにカンケーないでしょ!」

 アマンダはブチギレしたメス猫みたいに髪の毛を逆立てて怒っている。十以上年の離れた相手をレディ扱いして、真面目くさって説教するジェレミーもよくやるが、女を黙らせるのは法廷弁護士だって無理だろう。

「大ありだ。あまりに目に余るようならじかに親御さんにお会いして、君の生活態度を――」

「ずいぶん騒がしいけど、なにかあったのかい?」

 クリスが祭具室から出てきた。

「「「マクファーソン神父(さん)!」」」全員が声をそろえた。

「……ステレオでしゃべるのはやめてくれないか」

 クリスはジェレミーとアマンダたちのあいだに割って入って、なんとかふたつを引き離そうとしたが、その最中もお互いががなり立てる(うえに、ばあさんたちがジェレミーの応援をする)のでげっそりしていた。

「あたしたちは悪くないわよ。失礼なのはこの人のほうでしょ」

「どうしてそんなにかたくななんだ。しとやかな女はほまれを得るというだろう」

「……ああ、わかったよ」クリスは片耳をおさえるようにして、アマンダたちのほうを向いて言った。

「つまり彼が言いたかったのはこういうことだよ、あからさまに見せるより、隠しておいたほうが魅力的に見えるって。君なら理解できるんじゃないかな?」

 マシンガンみたいに言葉の弾丸を撃ち出していたアマンダの口がぴたっと閉じて、信じられないくらいしおらしい表情になった。

「……なによ。最初っからそう言ってくれてたら、あたしにだってすぐわかったのに」

「クリス――マクファーソン神父、僕が言いたかったのはですね――」

「ブレナン助祭」今度はかたくるしい口調でジェレミーのほうへ、

「この件についてはあとで話し合ったほうがいいと思う。君だって、他人に干渉する者として苦しみを受けたくはないだろう」


「主任司祭はあなただということは理解していますし、その立場は尊重しますが、さきほどあなたが僕の言いたかったことだといって彼女たちに伝えたのは、誤解を通りこして曲解じゃないですか!」

 司祭館に戻ったあともジェレミーの勢いはおさまらなかった。

「僕はあんな――ええと、とりようによっては不品行を勧めているように思われる表現をするつもりは……」

「私にソロモンの裁きを期待されても困るんだよ」

 クリスは両耳をふさぎたい様子だった。

「この地域は学生も多いんだ。前任のレオーニ神父を慕って来てくれている人もいるし、若い彼らを頭ごなしに叱ったって、すなおに聞いてくれるとは限らないじゃないか」

「それはそうかもしれませんが、そういうときこそ彼らを正しい道に導くのが、我々の司牧としての使命つとめなのではありませんか?」

「そうしたいのは山々だけど、守護天使みたいに四六時中ついていられるわけじゃないからね。私たちにできるのは、彼らにわかるように道標みちしるべを示してあげることだよ。ときにはまちがったっていい。もう子供じゃないんだから、自分で選択する権利が彼らにはある」

「ですが――」

「ねえ、その話いつまで続けんの? 今日の昼飯当番クリスだったよね? 俺、すげえ腹減ったんだけど!」

 俺が言うと、ふたりの聖職者は揃ってこっちを見た――クリスは救われたみたいな顔で、ジェレミーは信じられないとでもいうように目を丸くして。


「……ありがとう、ディーン」

 スパゲッティを茹でながらクリスが言った。一番手っ取り早くできるのがそれだからだ。

「なにが」俺は待ちきれずに、サラダのクルトンをつまみ食いした。

「さっき彼と私の話を打ち切ってくれたことだよ。助けてくれたんだよね?」

「そんなんじゃないけど……たぶんあんたがたも腹が減ってたんじゃないの? ミサの前に朝飯食ってないだろ、すきっ腹で二時間説教したりなんだりして、そのあいだに食うものっていったらワイン一杯とうっすいパンひとかけらだけだったら、イラついて他人に当たりたくなるのも当然だよ」

 そのときクリスが見せたのは、ジェレミーと同じ表情だった。

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