霞んだ遥の日常、戦慄の前兆
新入生実力テストの当日、開催の原因であるゼロはのんびりと朝食を作っていた。
前にいた宿であれば距離があるから今の時間でもバタバタしているが、寮生活に変わってしまったから徒歩で3分程度なのだ。
『あ、卵切らしそうだな……。学校帰りにちょっとよって行くか……』
緊張感なんてものはないかの如く、淡々と朝食作りに勤しむゼロ。その近くを動く一つの影があった。
『……それで、なんで今出てきてる?』
「別にいいじゃろ?前の宿主はこの程度許容してくれたぞ?」
『あんたの前の宿主じゃないっての……。まぁ変な問題さえ起こさなければいいけど』
「よしっ。話せばわかってくれるのじゃな」
『はぁ……。何をかける?』
「そーす、あれが誠に美味なんじゃよ……」
ちょっと高めの椅子に飛び乗りながらそう告げるのはオスタヴィルだ。昨日[理改ノ守護]を多用したせいか、精神体が急に具現化されたのだ。
急に、と言っても[想像具現]を無意識に使ってしまい現れてしまったらしく、精神体であることには変わりはないのだが素体も手に入れてしまったからかこのままがいい、と駄々をこねるものだからゼロは毒気を抜かれて承諾することとなったのだ。
『僕はあんまりソースはかけないな……。なんか太りそう』
「ふとっ……汝、ちょっと一発殴らせてもらえんか?」
『いやなんで!?』
オスタヴィルがキレている理由が一つもわからないゼロにとってただただ理不尽にしか感じていなかった。
女性経験が一度もないことがここで仇となることを後悔することとなるのを知るのはまだまだ先の話である。
駄弁りつつもちゃんと朝食を作り終わると作ったテーブルに置く。
「今日のもやはり美味そうじゃのぉ」
『ほんと卵好きだよね……。一応在庫どうにかなってるけど』
「何を言ってるのだ?[想像具現]で生み出せばいいじゃろ?」
『……確かに』
固有能力をまさか日常生活に活用することとなるとは想定外だな……、とゼロが思いつつ食べる手をすすめていると視線を感じてその源を辿ると、オスタヴィルがゼロのことを見つめていた。
『どうした?僕の顔に何かついてる?』
「いや、ちょっと緊張しておるか?」
そう言われたゼロの肩が少し跳ねる。そして必然的にオスタヴィルから目を背けてしまう。
「汝は嘘が苦手じゃな?」
にんまりと笑っているオスタヴィルを見て、ついため息をついてしまう。別に知られようと知られまいともどちらでも知られるとちょっと面倒くさいというのが本音である。
『あはは……。確かに僕は嘘をつくのが極端に苦手だね……』
「逆に我には信用しやすいのじゃがな。嘘がつけない人ほど信じやすい人はいないじゃろ?」
『まぁそうだね。あと……』
お箸やスプーンを置いて
『ご馳走様でした』
「なっ、汝食うのはようないか!?」
『まだ時間があるとはいえ今日試験があるわけだし、ちょっと早めに行こうかなって』
「どうせだし我もついて行ったらダメか?」
『……絶対に、何も言い返したりしないこと。あと問題行動を起こさず大人しくすること』
「やったあぁ!」
『……なんか育児してる人の気分が身に染みてわかる気がする』
「何か言うたか?」
『ううん、何も?』
ゼロはそういうと自室に戻った。まぁオスタヴィルと同室なのだが、一応区分はしてある。
オスタヴィルの方は全くを持って気にした様子ではなかったがゼロが気にするから区分を決めることになったのだ。
『はぁ……。今日テストなのにこんな精神状態じゃダメだな』
そう独り言を呟くと気合を入れるために一度両頬をパシッ、っと叩く。ヒリヒリとした痛みが少し体に残っていた眠気も吹き飛ばした。
『さっさと用意してー。僕は終わったよー』
「だから一々行動が早いんじゃー!」
この後登校最終時間ギリギリまでオスタヴィルの用意を待つ羽目になるゼロだった——。
「それで本当に、参戦するんだな?この試験に」
『はい。しないと単位落としそうですし』
「確かに単位には痛いが……。ここで落とす方が面倒なことになるぞ?」
どれだけ話しても伝わりはしないようだった。だから『大丈夫ですよ』とだけ言って学長室を離れた。
「ほんと心配性というか疑い深いっていうか……。もっと学長は生徒を信用してくれたっていいと思うんだけどねー」
『僕はあれくらいが学長としてはふさわしいと思うけどね。ほら、例えば通常生の中で一番優等生の彼』
「え、あの男子が何かあるの?」
『間違ってたら悪いから大っぴらで言わないけど、昔不良だったんじゃないかな』
「えぇぇ!?」
『声がでかい!』
驚きすぎて大声を出すアレシアの口を即座に塞いだ。
「むぐっ、むぐぐ……」
『ふう……。ってすごい唾液つけてきたな!?』
「えぇっ!?あ、えと、ごめん!」
『まぁいいけど……』
「……お熱いことじゃの、汝ら」
「うわあああ、誰!?」
『一応想定内だから許すか……。ったく、尾行しないでくれよオスタヴィル』
「むー、別に悪いことをしてるわけじゃないからいいじゃろっ」
正論を叩きつけられ頭を抱えつつ試験会場へと足を運ぶゼロだった。
——またオスタヴィルが観客席に走っていくとアレシアが歩きながら彼女の所在などを事細かく追求され、困惑しつつも流すことに専念する光景をみた数人の生徒からバカップルペアと皮肉混じりに呼ばれることが多くなったとか。
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