入学。桜散る下に

 ゼロが仮の家としている宿屋の部屋に手紙が届いていた。

『僕の入学を快く受け入れます……?なんで急にこんな僕に対して柔らかくなったんだ?』

 学園から入学を快諾する、という物言いの手紙だった。こちらとしては彼女から言われたことをこなせるからありがたいのだが正直怖さもあった。

『まさか僕を実験台とかモルモットにしないよな……』

 そこは少し懸念点ではあったが気にしていたってその部分はどうしようもない。腹を括ってゼロは明日の登校日に向けて準備を進めるのだった。


 翌日。学園入学初日。

 桜吹雪が綺麗に舞ってはいるがいかんせん量が多くて鬱陶しく感じていた。そしてちょっとした人混みに紛れて傘を刺す人も何人かいた。

(傘、さした方が良かったか?)

 流石にゼロはここまでの規模は想定していなかったから我慢して進むか、と進むテンポを上げた時だった。

「きゃっ」

『んぐっ?』

 通行人にぶつかってしまった。

『あ、すみません。怪我はないですか?』

「は、はいっ。あの、学園の人ですか?」

『はい。僕は今日入学するものですよ。あなたは?』

「私もなんです!案外この人混みに新入生がいなくて心細かったんですけど人がいて良かったです」

 新入生同士、一緒に登校することにした。彼女の名前はアレシア・フローナというらしくゼロと大体同じくらいの年齢に見える。

 驚いたことに学園に入るための試験を受けて主席クラスの成績を取ったらしく、特別な経緯を経て行き着いた僕と同じ、特待生クラスに入学するとのことだった。

 彼女を見る目はなんとなく希望に溢れたような目線を送っているような気がした。

 一方。ゼロの方は逆に嫌悪的な視線を向けられていた。大方成績もよく容姿端麗なアレシアの隣を歩いていることの妬みだろう。本当に人間の嫉妬は愚かなものだ。どうしてもそう思ってしまう。

 ……昔っから、そう思う。

「あの、どうされました?」

『……あっ、いえ。人混みが苦手なので』

「そうだったんですね……。私はよくあるので慣れちゃいましたけど」

 フローナ家。何か馴染みがあるけれど脳裏に張り付いて思い出せない。多分記憶喪失前のゼロと慣例性があったのだろうと考察をするが結局のところ行きつかなかった。

「というか、なんで敬語でしか喋らないんですか?」

『え?なんというか癖ですかね。失礼にならないか、失礼にならないか……って心配になってしまうので』

 ゼロ自身なぜ敬語をよく使っているのかわからない。だけれどなぜか本能的にそうなってしまうことが多かった。

『あんまり人とは話さない生活でしたから、人と喋るのが苦手になってしまったんですかね?』

「そうなんだ……。でもねファーシル、いやファル」

 言われたことのないあだ名で呼ばれて少し目を見開いたゼロの顔を覗き込んで、こう告げた。

「私とファルは、もう友達だよ?敬語はいらないでしょ?」

『っ、そうですね……いや、そうだね』

「なんか煮え切らない喋り方だなぁ……。積極的にアタックして変えなきゃいけないね」

『お、お手柔らかに……』

 もはや猛獣のように捉えられたゼロは半ば強制的に癖を矯正させられることとなった。


 学園の中に入ると、古き良き雰囲気があってゼロが少し気持ち良く感じているとそろそろ講義場に集まれ、というアナウンスが入り駆け足で2人して向かうことになった。

「ふーっ、なんとか間に合ったね……。全く、のんびりする暇は今日ないんだからね?」

『雰囲気に魅了されてたからね……』

「えそれって、」

『古き良き見た目を残している校舎って何か目が奪われるんだよね……。なんというか、わからないけど』

「そこはもう少しお世辞を言って欲しかったかな」

『え、何が?』

 アレシアは少し頭を抱えた様子でため息をついていた。小声で何かを呟いていて断片的に「鈍感」だったり「落とすにはどうするには……」と聞こえていた。

(まさか僕を落第させようとしているのか!?)

 ゼロはそう思って急ぐふりをしてその場を離れた。

「……あっ、ちょっと待ってよ!」

『あ、ごめんごめん』

 さっきまでと同じように振る舞うしかない、と悟ったゼロはゆったりと講義場の座席に座った。その隣にアレシアが座ってきたから離れようすると

「もしかして私の呟き聞こえちゃってた?落ちるみたいな話したから怖がってる?」

『いや、僕は……』

「ふふっ、ファル嘘つくの苦手でしょ」

 顔を咄嗟に逸らす判断をしたゼロを微笑むアレシア。

 その状況と彼女の表情を見てさっきの言葉の意味を少し理解した気がした。

『そういう、ことだったのね……』

「え、急に納得しないで?」

 そしてゼロはアレシアの頭に触れた。正確には髪の毛に。

「ふえっ、なにっ!?」

『……魔虫がいる』

 そう言って何かを払って髪をとく動作をした。その時にゼロはとあるものを彼女の髪に取り付けた。

 行方不明になった義理の妹の遺した髪留めの片割れ。

 ゼロは男子だったから使い道がなかったが、これが最適解と考えてプレゼントすることにした。

『これが、答えになるのかな』

「ん、なに?」

『……なんでもないよ』

 そう言った途端に追及しようと飛びかかろうとしたアレシアを制止させるかのようにチャイムがなった。


「皆さん初めまして、私がこの学園の学長のマグレア・モーメトです」

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