第12話

 がやがやと久しぶりに来た教室はざわめいていた。


 担任は大量の紙束を教卓に置く。俺はこれからのことを想像し固唾を呑んだ。


「大丈夫だよ。いっぱい勉強してきたじゃん」

清水しみずさんに教えられて赤点なんて取るわけにはいかねぇよなぁ?」

「お、おう! できる、俺ならできる」


 自分を鼓舞するが、不安なものはやはり不安だ。


 祈るように手を握り額に付ける。


「あー神様仏様未来みらい様! お願いしますお願いします!」

「神頼みするタイミング遅すぎだろ! やるならテスト前にやれよ。今更やっても結果変わんねぇって」

「こういうところがトモ君らしいよね〜」

「くそ、成績高い奴らは余裕だな」


 この二人はいつも高得点取ってるからこそ自信で溢れている。そんな中俺だけ必死に祈るのは恥ずかしくなってきた。


「よーし、それじゃあテスト返していくから出席番号順で来いよ」


 担任の言葉で祈りをやめようとしていた手にまた力が込められる。ほんと、もっと強い人間でありたかった。


 一番また一番と俺の番号が近づき、遂に俺の番がやってくる。


柏木かしわぎー、早く来いよ〜」


 俺の名字が呼ばれ勢いよく立ち上がる。


「トモ君ファイトだよ!」

「おう」


 早足に教卓へ向かう。担任は俺のテストを一枚ずつ見てから俺の顔を見た。


「おいおい、緊張してるのか?」

「そりゃあ結果次第ではイヴまで補習ですからね」

「ははは、そうだよな。彼女がいるならイヴに予定は作りたくないもんな」


 先生がもう一度俺のテストの点数をパラパラ捲ると俺に差し出した。


「うん、よく頑張ったな」


 俺は受け取ると席に戻る前に自分の点数を確認する。


 その結果を見て思い切り右腕を上に突き上げた。


「おおー」


 俺の席で帰りを待ってる未来みらいが一人小さな拍手を返してくれる。明人あきとは呆れたようにため息を零していた。


「赤点回避ぐらいでそこまですんなよ。こっちが恥ずかしくなる」

「ふっふっふ。誰が赤点回避だと言った?」


 俺は英語のテストを広げる。テストの右下には63と赤い数字が書かれていた。


「いつも英語の平均はだいたい60点台。つまり俺は平均数値にやってきたのだ!」

「やったねトモ君! これで今回はいい点数になるんじゃないかな?」

「ほんと未来みらいのおかげだよ。ありがとう!」


 流石に教室なので言葉だけにしている。ここに俺と未来みらいしかいなかったら互いに抱きしめあっていただろう。


 それから全員のテストが配り終わり、今日は終わりになった。この後は黒板に貼ってある解答を見て採点間違いがないか確認したり、帰ったり、部活に行ったり。


 俺の場合は共に帰る未来みらいが採点間違いがないか確認しているので、それに便乗していた。


 結局採点間違いはなく結果は同じだった。しかし未来みらいは違ったみたいで職員室へ向かい、俺は教室で未来みらいが帰ってくるのを待つ。


「おまたせ! それじゃあ帰ろっか」

「そーだな。にしても未来みらいのテストには間違いあったんだな。何点上がったんだ?」

「上がった……か。えーっと-4点上がったよ」

「ん? それって下がってねぇか?」

「うん。だって私が見つけた間違いは元々合ってた問題だもん」


 何事もなさそうに未来みらいは口に出す。


 え、じゃあ自分で点数を下げに行ったってことか?


「それ、せっかく貰えた点数がもったいなくないか?」

「まぁ本音を言うなら訂正したくなかったかな」

「じゃあなんで……」

「私がそうするべきだと思ったから」


 真っ直ぐな未来みらいの瞳が俺の顔を捉える。そこには一切の混じり気のない強い気持ちがあった。


「確かに点数がある方が嬉しいよ。けどさ、自分の気持ちには嘘吐けないよ。そんなことして点数が上がっても私は罪悪感で喜べないし」


 未来みらいにとってはそれが普通で何一つ考えず答えた言葉なんだろう。それでも俺の心に響くには十分だった。


 やっぱり未来みらいは正義感溢れるいい奴だ。


 だからこそ俺は未来みらいが悲しむ顔なんて見たくない。そんないいやつが悲しむなんておかしい。


 だから俺は……


「クリスマスイヴのデート、楽しみだな」

「うん!」


 絶対に未来みらいの笑顔を守ってみせる。今度こそ俺が『予知夢』をぶっ潰してやるんだ。

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