第7話

 土曜日のお昼頃、俺は駅前のカフェまで足を運んでいた。


 本当なら未来みらいの希望で勉強会の会場が俺の家になるはずだったが、『予知夢』に抗うべく1週間は家以外で勉強会をする予定だ。


 店内には未来みらいの姿がなかったので先に注文を済ませて席を確保する。そしてカバンを漁るが、肝心の数学課題が入っていなかった。


 ……俺、出かける前に入れなかったか?


 今日の自分の行動を思い出してみる。


 朝は珍しく数学課題に手を出して、昼ご飯食べてから出された課題をこのカバンに……もしかして机に置いてきてしまったのか?


 というかそれしか考えられない。


 まったく、高校生で忘れ物なんて馬鹿らしい。


 仕方なく英語の課題を開いて問題を解き始めた。毎度のごとく分かる問題が少なくてほとんど空白。答えを写して真っ赤な問題集の完成だ。おかげでページがどんどん進んでいく。


「おまたせ! ってなんか悲惨な問題集だね」

「単語はだいたい分かるんだけど文法力がなくて文が作れないんだよ」

「今回だと仮定法過去完了とか分からない感じね」

「えーと、うん。……たぶん」


 仮定法過去完了ってなんだ? 英語なのに漢字で言われても分からない。I wishみたいなのを今やってるからそれのことだろうけど。


「こうなったら私が今回の英語で平均点取らせてあげる!」

「おぉ! お願いします!」


 未来みらいが俺の隣の席に座ると開いていた問題集にもう一度目を向ける。俺もつい先ほど答えを写した問題に目を向けた。


 そのまま前回のように教えてもらいながら説いていく。


 ある程度基礎の問題が解けるようになった頃には夕方になっていた。なんとか今日が終わり安堵する。


 この調子で未来みらいが俺の家に来る選択肢を失くして行けば『予知夢』が絶対ではなくなるだろう。


「それじゃあ今日はこの辺りで終わるか」

「うん。これである程度理解できたんじゃないかな?」

「ほんと助かったよ。頑張って赤点回避してくる」

「そこは平均点取りに行こうよ」


 荷物を片付け席を立つ。すると机に置かれていた未来みらいのスマホが震えた。


「あ、ごめん。お母さんからだ。先外出て話すね。これお金」


 未来みらいがコーヒー代を置くと急ぎ足で店を後にする。俺は会計を済ませてから未来みらいのもとへ向かった。


 通話が終わったのか、耳からスマホを外すと申し訳なさそうな目で俺を見てくる。


「何かあったのか?」

「えーと……トモくんの家って行ったらダメなんだよね」

「まぁ、できればって話だけど」

「実はお母さん、昨日から2泊3日に社員旅行に行ってるんだ」

「おぉ、いいな旅行。どこ行ってるんだ?」

「確か静岡。まぁ、それで昨日からお父さんと二人で、今日はお父さん仕事なかったらしいんだけど……」

「だ、だけど?」


 どことなく嫌な予感がしてきた。変に冷や汗が背中に流れる。


「えっと、優秀な部下が普段なら考えられないようなミスしちゃったみたいで……その処理でもう会社にいて、今日は泊り込みらしいの」

「マジか。それは大変だな」

「それで、もちろん家に鍵かかってて。私は学校用カバンにしか鍵入れてないから……」


 未来みらいの言いたいことが分かり沈黙してしまう。


 普段なら嬉しいはずだ。もちろんOKだし断らず俺から提案するだろう。しかし『予知夢』の件で自分から声をかけることができなかった。


「それで、えーとね。無理なら大丈夫なんだけど今日ってトモ君のお家に泊まれないかな?」

「あ、あぁ。大丈夫……だと思う。取り敢えず親に相談するよ」


 俺はスマホを取り出して母に連絡する。両親は未来みらいのことを認知してるし、何度も会ったことがあるから心優しく泊めてくれるだろう。


 しかし心のどこかで泊めたくないと思う自分もいた。


 そんな俺の気持ちは関係なく母は二つ返事で了承してくれる。


「うん。大丈夫だって。それじゃあ行こうか」

「突然ゴメンね」

「そんな謝らなくていいよ。にしても未来みらいの親は俺の家に泊まることを許してくれたのか?」

「うちのお父さんとお母さん、結構トモ君のこと気に入ってるんだよ。前に家来た時にさ、『あんないい男はまずいないから、大切にするのよ』って言われちゃった」

「そ、そうなのか」


 照れくさくなり鼻の下をこする。最近はそんなふうに褒められたことがなかったので嬉しかった。

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