第6話 トンネルであった怖い話

 夜の道を走る一台の車があった。

 何処にでもあるような白い乗用車が、ハイビームで走り行く。

 街灯が少なく、周囲には建物より自然ばかりで車のライト以外乏しかった。

 天気も曇りで陰鬱な雰囲気に拍車がかかる。 


「うわぁ、勘弁してよ……」


 山道に差し掛かった所で、車のハンドルを握る若い男性はポツリとこぼした。

 本来なら、この道を走る予定ではなかった。いつも通る道で大きな交通事故が起きてしまい、迂回せざるを得なかったのだが、代わりになるのがこの山道しかなく、男は泣く泣く運転していた。

 かろうじて二車線はあるが、決して広いとは言えない道路を睨むようにして先を見つめる。

 すぐ横の山肌から、いつ鹿や猪が現れてもおかしくないのだ。実際、以前に走った時はライトに反射して、木の陰にいた鹿の目が光ったのを何度か目撃している。


「うぅ」


 だが、それより何より怖いのは、この山では心霊現象が幾度となく目撃されている事だった。


 なんでも、坂道を走る車の前に人が飛び出て来たと思ったら、消えていなくなっていたとか。


 トンネルに入って写真を撮っていたら、身体の一部がボヤけるような変な写真が撮れたとか。


 誰かが自分を呼ぶ声がするからそちらに歩いて行ったら崖から落ちそうになったとか。


 そんないかにもな怪談話が噂として囁かれていて、じわじわと世間へ広がっていた。

 怪談や都市伝説など、怖い話が大嫌いな男としてはさっさと通り過ぎてしまいたかったのだが、山道でスピードを出すのもまた、同じくらいに嫌だった。

 なのでのろのろと走っていると、やがて坂道を上りきり、トンネルへと入った。

 山頂手前でくり抜かれたこの長いトンネルを抜ければ、今度は下りへと向かう。


「そうしたら、あと少しだ。我慢我慢」


 必死に自分へと言い聞かせていると、不意に天井で点灯していたライトが明滅しだした。


「えっ?」


 チカチカと激しく点滅を繰り返す。一つだけならLEDの故障か寿命だと思わなくもないが、トンネル全体だと明らかな異常だ。


「ええ?」


 さらには車のライトまで点滅し出した。

 と思ったら、トンネルのライトと同じタイミングでフッと消えてしまった。


「うわーーー! うわーーー!」


 急に真っ暗になってしまい、思わず悲鳴が出ていた。

 だというのに、足は無意識にブレーキを踏んで車を停めていた。

 急ブレーキの勢いでハンドルへと額をぶつけてしまい、ビーっと車内に鳴り響く。

 そっと目を開けて見ると、車の中も外も全てが暗闇に包まれてしまい、何も見えない。


「最悪だ……」


 どうしよう、どうしよう。


 あまりの恐怖に身体が震え出す。明かりのためなのか誰かに連絡をするためなのか、とにかくスマホを出そうとするが、手が震えてうまくいかない。


「うううぅぅ」


 怯える男へとさらに追い討ちをかけるかのように、今度は乗っている車がガタガタと揺れ始めた。


「ヒイィぃぃ!?」


 男が悲鳴を上げた瞬間、揺れが収まった。

 まごつきながらも何とかスマホを取り出し、時間を掛けながらカメラのライトを点ける。

 すると、何か白い物が後部座席にあるのがルームミラー越しの視界に入った。


 なんだろう?


 そう思い目を凝らした所、その白い物が動き出し、迫って来た。


 女性だ。


 白い服を来た女性が長い髪を振りかざし、運転席と助手席の間からヌッと上半身だけ乗り出して来た。


「うわぁぁぁ⁉︎」


 大きな悲鳴を上げながら男は両手を広げた。スマホが手から離れてあちこちへとぶつかり、助手席の方へと転がり落ちる。

 そんな男の反応に女性の口元がにまりと弧を描くが、すぐにそれは困惑へと変わった。

 何故なら、男が女性へと抱きついてきたからだ。


「ひ、人がいた! 良かった、ひとりじゃないぃ!!」


 どうやら恐怖でパニックになり、タガが外れてしまったらしい。

 普段なら到底しない行動をとっていた。


「ありがとう、誰か知らないけど、ありがとう!」


 脅かす相手に涙を流しながらお礼を告げられ、女性は唖然とした気配を見せるが、男は気付かない。

 女性の腕や身体から伝わる体温がなんだかやけに冷たい気がするけれども、たぶん気のせいだろう。

 それよりも、側に人がいる安心感が全てだった。

 青ざめているとは言え、女性の顔がぱっと見普通の人間と変わりなく、あまり幽霊っぽくないのが原因かもしれない。


「……オ……ォ……?」


 女性が戸惑っていると、不意にトンネルと車のライトが点き、闇が薄れる。

 鳴り出したエンジン音に気付くと女性から身体を離し、


「あ、スピード出すから、ちゃんとシートベルト締めててね!」


 怪奇現象が収まったのを理解した男は、後部座席に女性を乗せたまま、すぐさまアクセルを踏み付けると車を急発進させた。


(良かった、助かった!)


 それからわずか数分後に、平静に戻った自分が人生最大の悲鳴を上げるのを男はまだ知らなかった。

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