第5話 被害者の想い

 東北地方のとある山奥にある鬼月村。

 一般的に目立った特徴のない地方の寒村へと僕たちは向かっていた。

 大学のミステリー研究会に所属していて、メンバーは僕を含めて五人いる。

 四年生に部長が一人、

 三年生に副部長が一人、

 二年生が僕を入れて二人、

 最後に一年生が一人だ。

 大学の最寄りの駅から電車にバスにと何回も乗り継いで乗り継いで、半日近く掛け、今は山道を歩いている。

 体力のないメンバーに請われて休憩をしていたら、古ぼけた洞窟やその側にある妙にボロボロな石像など、なんだかいかにもな物を見つけてしまった。

 その後も村の入り口でおかっぱ頭の少女に、


「早く帰った方が良いよ」


 とか言われたり、やけに怖い子守唄を歌う老婆がいたりと、それっぽい雰囲気をバシバシと感じながら村の奥へと進んで行く。

 やがて着いたのは、この村の村長の家だった。

 実は我がミス研の新人、一年生くんがこの村の出身で、変わった伝承があるから調べてみないかと誘われたのが、僕らがここへ来た理由なのだ。

 長距離の移動で疲れた僕らは、本格的な調査は明日からにして、今日はゆっくり休む事にした。

 村長の家は築ウン百年の大きな屋敷で、僕らはそのうちの二部屋を男女で分けて使わせてもらう事となった。

 お風呂も借りたあと、夕食の席で僕らは山の幸川の幸を始めとした歓待を受けたのだが、その場には村の入り口にいたおかっぱ頭の少女がいた。どうやら村長のお孫さんらしい。

 さっき会った時はとてもミステリアスな雰囲気を醸し出していたのに、今は何故か普通の女の子のように笑っている。あれはいったい何だったのだろうか、謎だ。

 ともあれ、夕食はつつがなくもわいわいと賑やかに過ぎていく。


「お〜、雪が降ってる!」


 そう言ったのは果たして誰だったか。その場にいた未成年以外のほとんどが酒を飲んでいて、かく言う僕も日本酒をとっくり何本分も飲んでいたので、きっと真っ赤になっていただろう。

 雪見酒と洒落込んで縁側に出てみれば、尋常ではない勢いで雪が降り、すでに地面は真っ白になっていた。


「これは、積もるな」


 村長さんの言葉どおり、都会育ちの僕には信じられない速度で雪が積もっていく。

 そして、酒に酔い潰れた僕は気が付いたら布団の中にいた。


「あれ……?」


 何故か足元にあった枕を戻しつつ起きる。どうやら意識のない(もしくは記憶がない)僕を誰かが寝かしつけてくれたようだ。

 明日みんなに会ったらお礼を言わなければなるまい。ついでに余計なものを見てないかもだ。

 寝ていたせいか乱れた浴衣を直すと、尿意を感じた僕はお手洗いへ行くため、ひと組敷かれた布団を後にそっと襖を開ける。


「うっ、寒っ!」


 廊下はしんしんと冷え切っていて、思わず背中が震えてしまった。


(えっと、トイレは……)


 村長宅へ来た時に場所の案内はされたし、宴会の時も含めて何回かは行っているが、暗い中アルコールの抜けきらない頭では、ぼんやりとしていてお手洗いの位置がはっきりとしない。

 とりあえず歩いていれば思い出すだろう、と適当に歩き出す。


 数分後、運良くお手洗いを見付けた僕はスッキリとしながら廊下を歩いていた。

 すぐに辿り着けて良かった。もう少し遅かったら大惨事になる所だ。


「うわ、すごい積もってる!」


 廊下のガラス戸から庭を見れば、地面も木も池も、全てが雪で真っ白になっていた。生で初めて見る光景に、思わず見入ってしまう。


「ん?」


 と、視界の端っこ、庭の隅を何かが通り過ぎて行ったように見える。


「なんだろう、うわっ⁉︎」


 ガラス戸に顔を近付けようとしたら、横合いからの突然の衝撃に吹っ飛び、尻餅をついて倒れてしまった。

 どうも何かがぶつかって来たようだ。


(痛った……ぁ?)


 ぬる


 廊下に打ちつけたお尻以上にぶつかられた脇腹に痛みを感じて手をやれば、何やらぬめった感触が指についた。


「……は?」


 見ると、指先が真っ赤に染まっていた。


 血だ、自分の。


 そう認識をした瞬間、どんどんお腹の痛みが増してくる。


(誰かに刺された!)


 そう気付いた時には、微かな足音と共に何者かが廊下の角を通り過ぎるのが見えた。

 顔は分からない。体型も、性別も、何ひとつ。ちらりと浴衣らしき物が見えただけだ。何の役にも立たない。


(痛い痛い痛い痛い)


 立ち上がれもせず、声も出せず、ただ刺された所に手を当てる事しか出来ない。


(いやだ、死にたくない……)


 冷たい板張りの廊下に、自分の血が広がっていくのがわかる。

 最悪だ。

 何で自分がこんな目に。

 せっかく、曰くがてんこ盛りでありそうな村へ来たというのに。

 怪しげな子どもや老婆、子守唄などまるで古いミステリのような世界に迷い込んだかのような状況。

 おまけに雪で道が埋まってしまい、中からも外からも出入りが出来ない村全体が密室というとんでもない僥倖が訪れた。

 これは何かしら事件が起きない方がおかしいではないか。


 だというのに、まさか。


 自分が。


(刺されるって、ありえないでしょうが!)


 こういうのは村の誰かが死ぬのが定番ではないのだろうか。自分なんて何の関わりもない普通の大学生だというのに。


 これでは、この先何があっても自分が楽しめないではないか。


 これがもし連続殺人の始まりなら、お婆さんの歌っていた子守唄と関係が見付かって、次は誰が殺されるのか、というドキドキが味わえたのに。

 何かしらのトリックが使われたなら、それをみんなであーだこーだと言いながら頭を突き合わせて謎解きが出来たかもしれないのに。

 それに、そうだ。

 誰が探偵役をやるのかもわからない。場を仕切るのは部長かもしれないが、本物の殺人時間に立ち会うのは全員初めてだ。もしかしたら意外な人物が務めるのかもしれない。

 僕だった可能性もあったのだ。

 犯人だって誰だか知りたかった。意外な人物なのか、順当なのか。

 もし僕の知っている人なら、せめてダイイングメッセージのひとつでも残して逝けたのに。

 何も出来ず、ただ最初に死んだだけという、それだけのインパクトしか残せないなんて。


(嫌だ)


 泣きたくなってくる。


(死にたくない)


 せめて他の人だったら良かったのに。


 ああ、もう力が入らなくなって来た。


 そういえば、お手洗いに行った後で助かった。これでもし漏らしていたら、居た堪れない所の話ではない。


 乙女の尊厳は何とか守られた、から、い……か……。

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