第2話 猫の目、ヒトの目

 お腹が空いていた。

 気付いたらひとりで、ろくに食べていない。水は飲んでいるが、それだけでは腹は膨れない。

 虫はたまに見付かるけれど、小さすぎてほとんど足しにならない。


 ああ、肉が食べたい。


 母親といた時は、食事に困ることはそうそうなかった。狩りの上手い母親は、ふらりと何処かへ行くと、鳥や鼠を咥えて来てくれた。

 おかげで食べ物に困ったことはなかった。

 でもある日、母親はいなくなった。二本足の生き物に捕まって何処かへ連れて行かれてしまった。母親の悲痛な鳴き声は今も耳に残っている。

 それからひとりが始まった。

 母親は時々、まだ生きているエサで狩りの練習をさせてくれたものだ。

 だから、ひとりになってもやって行けると思っていたのだけど、それは目論見が甘すぎたようだ。

 弱っている獲物しか相手にした事がないので、どうにも捕まえられない。どうしてか飛びかかろうとした瞬間、反対の方向へと逃げられてしまう。

 何度挑戦しても、変わらない。


 なぜだろう。


 考えても考えてもわからない。

 昨日から身体に力が入らなくなって来た。頭もなんだかぼんやりする。

 水を飲んでもちっとも良くならない。


 ピィ


 そんな時、それが目の前に現れた。

 鳥だ。

 ずいぶんと小さい。まだ子どもなのだろう。

 しかし、なんで地面に座り込んでいるのだろうか。

 鳥はいつもは空を飛ぶか、木の上に巣を作っているはずだ。

 エサでも探しているのかとも思ったが、そんな動きは見せない。


 ぐぅ


 自分のお腹の音に、そんな事はどうでも良いかと思い直す。大事なのは、どうして小鳥がいるのかではなくて、どうやって小鳥を捕まえるかなのだから。

 どうやら小鳥はまだ自分には気付いていないみたいだ。

 背中側からそっと距離を詰めて行く。ゆっくりゆっくりと、じわじわと足を動かす。音を立ててはいけない。バレてはいけないのだ。

 焦ってはいけない。あと少しだけ我慢すれば、久しぶりの肉が食べられるのだから。


 そろりそろり。


 もう少し、


 そろりそろり。


 いまだ!


「あ、鳥さんと猫ちゃんだ!」


 まさに飛びかかろうとしたその時、突然大きな声が横から来た。

 ビクッと驚きながら見れば、自分の何倍も大きな二本足の生き物が立っていた。


 ヒトだ。


 その目は小鳥の方を向いている。


「わぁ〜!」


 ドスドスと走って来るので、さっと避けたら、ヒトは巨大な手で小鳥を捕まえてしまった。

 ︎

「あれ、猫ちゃんいない……」


 自分も捕まらないよう急いで物陰に隠れてから、そっと首を出すと、


「おかあさ〜ん! 見て見て〜!」


 ヒトが何かを口にしながら獲物を連れ去って行く。


 ああ、自分が先に見付けたのに、せっかくのお肉が。


「あら、どうしたの、それ」


「そこに落ちてた!」


「巣から落ちたのかしら」


「猫ちゃんもいたよ!」


「あら、小鳥さんを狙っていたのかしらね。あなたが守ってあげたの?」


「うん!」


「良い子ね、偉いわ」


 ヒトの子よりも大きな、親らしきヒトが頭を撫でている。

 何をしゃべっているのかは分からないが、きっと褒められているのだろう。

 なんせ子どもがエサを取って来たのだ。良くやったと、一人前だと認めてもらえるはず。

 笑いながらヒトの親子は二本足で歩き出した。おそらく巣に戻ってから小鳥を食べるのだろう。


 ああ、いいなぁ。


 身体からはどんどん力が抜けていく。


 なんだか頭を起こすのもキツい。


「お医者さんに小鳥さんを診せたら、帰ってご飯にしましょうね」


「は〜い!」



 お肉、食べたかった、な……。

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