ショートショートの森

森嶋貴哉

第1話 手袋の中身は

「あっ」


 歩道を歩いていたサトシは、車道との境に落ちているソレに気付いて声を上げる。


「どうしたの、サトシ?」


 隣りを歩く友人のケイスケはサトシの視線の先を追いかけた。


「軍手、がどうかしたのか?」


 薄汚れた軍手がひとつ落ちていた。右手だか左手だかわからないが、片方だけだ。


「何で道路に落ちてる軍手ってセットじゃないんだろうな」


「さあ……」


 特に答えを期待したわけではないので、サトシのおざなりな言葉に気を悪くすることもなかった。


「軍手と言えばさ……」


 サトシはぽつりと呟く。


「幼稚園くらいの頃にさ、母親と買い物帰りに歩いてる時に落ちてる軍手を見つけたんだよ」


「おう」


「てぶくろだ〜って言ってそれを拾ったんだよね」


「いや、汚ねーな!」


 親友のツッコミにサトシは苦笑すると、


「まあ4歳か5歳だし。汚れなんて気にしないもんだろ」


 それもそうだ、とケイスケは昔の自分を思い出しながらうなずく。かつては毎日のように服を泥だらけにして親に怒られたものだ。


「それで、自分の手に軍手をはめようとしたんだけどさ」


 持ち上げた軍手は、意外に重かった。


「入らなかったんだよね」


「ん? 車に踏まれたかなんかで張り付いてたのか?」


「いや、違う」


 薄くはない。ちゃんと厚みはあった。


「雨とかで濡れて固まってたとか?」


「それも違う」


 特に濡れてなかったし、からっからになっていた。


「え〜、じゃあ何だよ」


「中に入ってたんだよなぁ」


「入ってたって、ゴミか? それとも泥かなんかか?」


「それはーー」


 おかあさん、なにかはいってる。


 そう言って手袋を渡した時の母親の顔を、サトシは今でも忘れられそうになかった。


 汚れた軍手に嫌そうな顔をしていた母親は、中身を見るとすぐに不思議そうに眉をしかめ、次の瞬間には中身の正体に思い至ったのか、血の気が引いたように青ざめると、大きな悲鳴を上げた。


 手に持っていた買い物袋と共に、中身の詰まった軍手も地面に落ちる。妙にかさついたそれは、


「死骸、かな」


「うげっ、虫かなんかがいたのか」


 ケイスケは大量の虫がいる所を想像したのか、ゾッとして両腕をさする。


「だったら、まだ良かったのかもね」


 指の一本一本まで、綺麗に中身の詰まっていた軍手。


 その中に入っていたのは、


「あれ以来だ、手袋を着けられなくなったのは」


 サトシはそう言って自分の右手首を左手でそっと押さえるのだった。

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