117話 purple visitor
クレインの拳がラルグの炎を打ち砕き、その巨躯へと命中した。
大地を砕き、ラルグの巨体が壁へと衝突した。激しく音を立て、土煙が巻き起こる。
もう何度目になる光景だろうか。
斬撃、魔法、打撃。何度その身に受けようとも、嗤いながら立ち上がってきた狂気の象徴。
今度こそ、対象の活動停止を確認。
ラルグが再度動く気配はなさそうだ。それは、この空間を支配する静寂が物語っていた。
「ぐ──あっ……」
極度の緊張状態から解放されたからだろう。
クレインが、肺に溜まっていた空気を吐き出すと同時に、膝をついた。
「見たか、コノヤロー……」
クレインの体は満身創痍。
しかし、自分の意思を貫いたクレインの表情は、実に晴やかだった。
みんなで掴み取った勝利。辿り着いた未来。
いまだ痺れが残る右手に、皮膚が爛れた左手。
体も、脳の、細胞の全てが震えている。武器さえも失ってしまった。
その全てが、戦い抜いた証。
大切な存在を思い、歩き、死力を尽くした結果だった。
拳を握り込む。
うまく形になっていないが、それでもよかった。
「みんな、俺──」
これで本当に終わり。
クレインが言葉を発しながら浮かべていた笑みが、一瞬にして翳った。
「ターゲットを確認。戦闘を開始する」
無機質で冷たい声が、空間に響いた。
間違いない。この声は、あの場所で聞いたもの。
ラルグと戦闘をするより前、未知の兵器を用いて戦争に参加していた存在。
百戦錬磨の魔導団の面々と、互角以上にわたり合った兵士。
そして、兵士たちは単体では動かない。
音もなく、そして気配もなく。気づいたときには、十数名の白装束の少年少女がクレインたちを囲んでいた。
「クソ、こんなときに……!」
満身創痍の体で、この数の敵と戦うのは無謀だ。
仮にシェリルの魔法で治癒をしたとしても、治るのは傷のみ。
失った体力までは復活しない。
それに、一度安心した状態で危機に面してしまうと疲労が加算される。
「早くここから離れないと! ヴァン、転移は!?」
「ここでは発動できそうにないな。もう少し落ち着けたらいいのだが……」
アリサの問いに、ヴァンが首を振る。
転移は、非常に繊細な魔法だ。
集中が乱れ、不完全な状態で発動しようものならどこへ飛ぶかわからない。
「ヴァン、転移の魔法が完成するまでにどれくらい時間がかかるの?」
「そうだな。あと三〇秒もあればできるはずだが……」
そこまで言い、ヴァンがアリサの真意に気づく。
視線を合わせたとき、アリサはひどく穏やかな笑みを浮かべていた。
「そのまさかだよ。私が時間を稼ぐから、その間にちゃちゃっとやっちゃって」
選択肢はない。
たくさん守られた。たくさん救われた。次は自分の番だ。
無茶だ、とヴァンは口に出そうとしたがすぐに言葉を呑んだ。
ここで彼女を止めたところで、他に選択があるのだろうか。
なにより、アリサが自分で決めて、自分で行動した結果。
止める理由などどこにもなかった。
アリサが視線を戻し、歩を進める。
数にして絶大。実力も、単体であれ決して劣っているわけではない。
それでも、アリサは戦う道を選んだ。
「なぜあなたが私たちの前に立つ? 理解に苦しむ」
「気が変わったんだよ。私は、私らしく生きていくことにしたから。あんたたちとは一緒にいられなくなったんだよね」
「そう、なら仕方ない。ベルシオン帝国を裏切るというのなら、容赦はしない」
言いながら、マリオネット・トルーパーの面々が武器を掲げる。
銀色の群れはやがて個となり、輝きを増していく。
魔法銃に、魔法剣。空間に散ったマナを集め、敵を排除するための一撃と成る。
「あんたたちのそういうところ、嫌いじゃないよ!」
アリサの体を紫電が纏い、一歩踏み込んだ瞬間。
戦場に、銃弾が響いた。しかしそれは、アリサの魔法銃ではなかった。
アリサへ向かっていた魔力の奔流はその場で停止していた。
魔力の塊のなかで嵐が巻き起こり、雷が轟いていた。
純粋な破壊力を孕んだ物質を、真正面から静止させるとは。
この光景はまるで、ここを訪れる前にシェリルが発動した魔法を撃ち消したときに使用したあの魔法のようだ。
そのまま、二色の事象によって流れが乱れた魔力の波は一気に爆ぜた。
それを合図に、雷と嵐がマリオネット・トルーパーたちを襲う。
先ほどの不意打ちで体勢が崩れたせいで、上手く対応できていなかった。
アリサの眼前に、ローブを纏った人物が着地した。
この人物が、これだけの魔法を起こしたのだろうか。
不思議と、アリサの目はその人物から視線を外すことができなかった。
目深に被ったフードのせいで顔はよく見えないが、僅かに見える口元に僅かながら驚きの色が窺える。
しばし視線を交えたあと、ローブ姿の人物がパチン、と指を鳴らす。
「え、わたたっ!?」
それと同時、アリサの体が宙を浮いた。
敵に向かっていたというのに、青年についていくようにアリサも移動する。
「何者だ……! アリサをどうするつもりだ……!」
ヴァンが、力を振り絞って大剣を向ける。
それもそうだ。急に眼前に現れたと思えば、マリオネット・トルーパーたちの攻撃を相殺し、アリサを拘束した。
敵なのか。味方なのか。
得体の知れない存在に、不気味さにも似たような感情を抱いていた。
しかし、ローブの人物は答えない。
ただ薄い笑みを浮かべ、三人の前へ。そして、そのままアリサの拘束を解いた。
「リサちゃん──アリサのこと、よろしくね」
その声には、ひどく聞き覚えがあった。
落ち着いた声音だったが、間違いない。
しかし、なぜここへ。彼は本来、この場にいないはずだ。
「あなたは……どうし──」
「その答えはまた今度、ね?」
シェリルの言葉を遮ると同時。
四人の足元に魔法陣が浮かびあがった。
転移の魔法陣だ。
なにか言いたげな四人の姿は、一瞬にして姿を消した。
ヴァンを上回る完成度で形成された転移の魔法を放つ人物の正体は、一体。
「さて、と」
ローブの人物がため息をひとつつき、そのまま少女へと視線を向ける。
数にして圧倒的に不利な状況。シェリルたちを転移で送ったがゆえに、不利な状況に拍車がかかったとも言える。
それでも青年は笑みを崩さない。
「しっかし、あんたらと会うのも久しぶりだね。二年ぶりぐらい?」
「五年。我々を裏切ってベルシオン帝国を抜け出したあなたが、なぜここに」
「おお、覚えてくれてるなんて嬉しいねえ。再会を祝ってハグでもしてやろっか?」
どうやら、少女たちとローブの人物は面識がある様子。
しかし友好的に声をかけるローブの人物に対して、マリオネット・トルーパーの面々は無表情を貫き通す。
「必要ない、そんなものは。それより、私たちの質問に答えて。なぜ、ここで、私たちの邪魔をするの」
「決まってんでしょー? 大事な役目を果たすためだっつの。お前ら風に言えば任務って奴。もっとも、俺の雇い主は俺自身、だけどね?」
青年の言葉に、少女が眉間にしわを寄せる。
「任務……? ベルシオン帝国を裏切ったことと、なにか関係があるの」
「関係あるかもしれないし、関係ないかもしれないね」
問いにはあえて答えない。
フードの人物ははぐらかし、どこまでも自分のペースを貫き通す。
「もういい。私たちの邪魔をして無事で済むとは思わないで。
「その名前で呼ばれんのも久しぶりだ。ま、今は別の名前でやってんだ。アレンは一旦封印っつーことで頼むわ」
フードをとり、露わになったのはひとつに束ねた
そして切長の目から覗くのは、青みがかった緑の瞳だった。
「なんとかするために俺がいる、ってかっこつけちゃったんでね。ちっとばかし張り切らせてもらうぜ?」
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