107話 Banquet of Madness
砂埃が舞う。
膂力に加え、衝撃の全てを、ラルグにぶつけた。
ヴァンが与えたのは、必殺の一撃。
炎と水、本来ならば相容れないはずの属性が何人をも打ち倒す力と成った。
砂塵から現れたヴァンが、シェリルの横に立つ。
大剣を構え直し、一切警戒を解いていなかった。
それどころか、さらに注意深くラルグが吹き飛んだ先を睨む。
つまり、ラルグは──
「やったの……?」
「いや、まだだ。あの程度では大したダメージにはなっていないだろう」
シェリルの問いに答えるヴァンの表情は、決して明るくはなかった。
どう見ても、技は完全に入っていた。それでもなお、ヴァンは勝負が決していないと言う。
「手応えは確かにあったが、奴は俺の剣をまともに受けても平然と反撃してきた。あの程度で倒れるとは思えない」
いまだ、ラルグが動く気配はない。
彼の体に刻まれた傷は、決して浅くはない。それどころかどう見ても致命傷だ。
しかしヴァンは、ラルグの傷を見ても〝あの程度〟と言った。
対峙し、間近で彼の様子を見たヴァンの口から告げられた。
ふたりの視線の先。土煙の奥で人影が浮かび上がる。
怪しく、
瞬間、赤銅色が弾けた。
景色は一瞬にして塗り替えられ、暴力的なまでに激しい爆炎が空間を支配した。
「いいいいいぃぃぃぜええええぇぇええええぇぇえ!! もっと、もっとだ!! もっと俺を楽しませろおおおおおおぉぉおおおぉ!!」
血を流し、嗤う姿は狂気そのもの。
常人ならば確実に再起不能。それほどに傷は深いはず。
それでもなお、ラルグは立ち上がった。
白い服は返り血で染まり、彼の顔に描かれた炎の刺青は、まるで血を浴びて生きているかのように見えた。
最初と同様、あくまでも楽しんでいる。
この緊迫した状況を。一切気が抜けない戦況を。
自身の血で白装束を赫く染めそうとも、それは一切変わらない。
ラルグのスタンスは、最初から一貫しているのだ。
「
「
中空を舞うは、風により回転の力が加わった紅蓮の矢。
そして、無数に展開された紺碧の刃。
それらがラルグへ向かうが──結果は果たして。
「今更そんなもんが効くかあああああぁあぁああ!」
咆哮とともに、ラルグが地を蹴る。
そして勢いをそのままに、二色の魔法を拳で砕いてみせた。
先ほど火の矢をぶつけたのは、意識外の一撃。つまりは初見。
だが、一度見て対策をした魔法だ。
水の刃が加わったとしても、大した障害にはならなかった。
一切速度を緩めることなくラルグが接近し、拳を振り上げた。
ここで、ラルグのなかに僅かな違和感が浮かぶ。
これまでの戦闘で、ラルグの拳は全てが必殺級の威力を孕んでいることはふたりも理解しているはず。
だというのに、ヴァンとシェリルは一切避ける気配がなかった。それどころか、反撃をする気概さえ感じさせなかった。
ただ、ラルグの一撃を受けるために佇んでいるようだった。
実に不自然極まりない光景だ。
だが、ラルグには関係なかった。
ただ、拳で叩く。それだけが彼にとっての真実だった。
破壊を象徴する赤銅色を乗せ、最強の一撃を振り下ろした。
衝撃をまともに受けたふたりの体は、玩具のように吹き飛ぶ──
「……あ?」
──はずだった。
しかし、ラルグの拳は空を切った。
あまりの手応えのなさに、ラルグの表情が歪んだ。
間違いなく、ふたりを捉えたはず。
だというのに、その姿は消失した。まるで、陽炎のように。
「……
ラルグが叩いたのは、ヴァンが作り出した幻影だった。
先ほど放った魔法も含め、ラルグへ接近するための布石だった。
魔法を拳で砕くなど、普通に考えればあり得ない。
だが、この男ならばどうだろう。
初めて対峙したとき、そして今回改めて手を合わせて理解した。
この男に常識は通用しない。ならば、正攻法ではなく少々搦め手で攻める必要がある。
「
「
ラルグの背後で、それぞれ属性付与魔法が紡がれた。
紅蓮、そして紺碧の輝きが灯る。
二振りの剣が織り成す光は、反撃の道標となった。
連撃。重撃。追撃。全てに渾身の力を乗せ、振るう。
迸る剣の冴えは、この日一番ともいえる。
それでも、なお──
「ぐははははははは! そうこないとおもしろくねえ!」
ラルグは、一切退かない。
鈍色の腕で受け止め、速度が追いつかない攻撃に関してはその身に受ける。
かわす動作すら見せないなど、ありえない行為だ。自分自身を追い込んでいる行為だといっても過言ではない。
それは、宙に舞うおびたたしい量の鮮血が物語っていた。
だというのに、それでもラルグは嗤う。
表情は、先ほどから一切変わっていない。技のキレさえ、まるで失せる気配がない。
それどころか、拳に乗せた勢いは振るうごとに増してゆく。
湧き上がる炎は、
この男には疲れ、痛みという感覚が欠けているのだろうか。
そう思わせるほどに、ラルグの存在は異質そのものだった。
このままではジリ貧だ。
更に深い一撃を入れるべく、シェリルが一歩深く踏み込んだ。
戦況を変えるための一手。しかしそれは、悪手であったことを思い知らされる。
ラルグの目が、シェリルへと向けられた。その口元は妖しく歪んだ。
まるで、この瞬間を待っていたかのように。
「おおおおおおっらあああ!!」
鉄槌が、シェリルに落とされた。
なんとか受け流しはできたものの、その勢いを殺しきることはできなかった。
体勢が崩れたところへ、追撃が迫る。
「シェ──」
「やはり、お前の穴はここだったようだな」
初めから狙いはヴァンだったようだ。
シェリルへの攻撃を急停止。一瞬の隙が生まれたヴァンへと視線を向ける。
ヴァンの意識が向かなければ、そのままシェリルを倒す。
彼女を助けに入れば、その隙をついてヴァンを仕留める。
どちらにせよ、ラルグが有利になる展開だった。
──全て、狙っての行動だったのだろうか。
思考を巡らせるが、もう遅い。
ついに、ラルグの拳がヴァンの脇腹を捉えた。
間に大剣を挟んだが、それでも一切意味を成さないほどに強烈な一撃だった。
体はまるで玩具のように吹き飛び、何度も地を跳ねる。
勢いを殺しきるよりも先に、ヴァンの体は激しく壁に叩きつけられた。
「……!」
すぐにでも、ヴァンのもとへ駆けつけたい。
だが、それは決して許されることではなかった。
「待たせたな。次はお前だ」
ラルグにとって、あくまでも獲物をひとり倒した程度の感覚なのだろう。
迷うことなく、次なる狙いをシェリルへと定めていた。
シェリルが、振るわれる拳を捌き、距離をとる。
そのまま、アクアシュートを放った。
「そう何度も同じ手は──!」
シェリルが、この魔法を起点になにかすることは予想できていた。
破壊したとしても、溢れる水がまるで意思を持ったかのように襲いかかる。
ならば、炎を灯さずに殴るまで。炎がなくとも膂力で押し切ればいい、という考えなのだろう。
「
水の球が弾け、粘性を持つ。
それはラルグの肉体にまとわりつき、自由を奪う。
右腕に絡みついた水は左腕を巻き込みながら結合し、両腕を縛った。
並の相手ならば、これでじゅうぶん過ぎるほどに効果を発揮するのだろうが、相手はラルグ。
あくまでも気休めにしかならないだろう。
魔法が完全に発動したというのに、ラルグはすでに動き出そうとしている。
もったとしてもあと十数秒といったところか。
だが、それでよかった。ヴァンのもとへ駆けつける時間さえ稼げれば問題なかったのだから。
「ヴァン!」
呼びかけながら、シェリルが瓦礫に埋もれるヴァンのもとへと駆けた。
ぐったりと倒れるヴァンへ、シェリルが治癒魔法を施す。
彼の体から、僅かに風魔法の痕跡を感知した。
拳と腹の間に腕を挟んで威力を抑えただけでなく、吹き飛んだ方向へラファーガを放っていたのだろう。
「……すまない、助かった」
とはいえ、ヴァンの表情は険しい。頬を、じんわりと汗が伝う。
火属性の攻撃力と地属性の硬化を併せ持ったラルグの一撃。
魔法学園の制服よりも、さらに強固な繊維で編まれた魔導団の服をもってしても防ぎきれない衝撃。
直撃を避けたとはいえ、無傷ではいられない。
事実、ヴァンの表情からは悲痛の色が窺えた。
彼ほどの実力者でも、これほどの傷を負うのか。
改めて、ラルグの恐ろしさを思い知らされた。
「やはり、相応の火力が必要か」
炎を開放したとはいえ、このまま戦いが長引けば、やられるのはこちらだ。
争うことに全てを捧げたこの男と対峙するには、あまりにも分が悪すぎる。
残された時間は残りわずか。
雌雄を決するならば、今──
「アレを使う。シェリル、少し時間を稼いでくれないか」
覚悟を決め、シェリルの方へとヴァンが視線を向ける。
出し惜しみは不要。最大の一撃を叩き込む。
「うん、任せて」
ヴァンの真意を悟り、少女が踏み込んだ。
茶の髪を揺らし、一歩。
茶の相貌を真っすぐに向けて、一歩。
狂気を増し、ヴァンの攻撃を幾度も受け何度も立ち上がる大敵を前に。
シェリルは、確かに歩を進めた。
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