106話 Red lotus spiral
「
拳を引き、ヴァンが言葉を紡ぐ。
形成されゆく紅蓮の矢へ、翠が付与された。
威力は既存のフレアアローとは比べ物にならない。
「──行け」
突き出されたヴァンの拳とともに、炎の矢が放たれた。
「さあ、お手並み拝見といこうか」
ラルグはそれを真正面に捉え、避ける動作さえみせなかった。
あろうことか、左の手のひらのみで受け止めてみせたのだ。
紅蓮の螺旋が捻じれ、巻き込み、食らいつく。
インパクトの瞬間、ラルグの巨躯がわずかに後退した。
だが、あくまでもそれだけだった。決定打には至らなかったのだ。
口角を上げ、右の拳で撃ち抜いた。
──空間に散った、熱の余韻だけが残った。
「いいじゃねえか! これで飽きずに済みそうだなあ!?」
叫びとともに、ラルグの腕から赤銅色の炎が噴き出した。
密度、濃度はヴァンが放った魔法と比較しても段違いだ。
先ほどの一手が、小手調べであったことが感じ取れる。
肌に触れる熱気が、それを物語っていた。
「ヴァン、大丈夫?」
「ああ。だが、あまり時間がない。支援頼めるか」
「わかった!」
短いやりとりを交わし、シェリルとヴァンが駆けた。
フレアアローだけで倒せる相手ではないことは、ふたりも理解していた。
だからこそ、即座に行動を起こせたのだ。
それに加えて、ヴァンが言葉にした通り彼らには時間がない。
ヴァンが炎を扱うためには、制限があったのだ。
一か月間の鍛錬で手にした力は、時間にして五分間しか振るうことができない。
戦場において、悠久と捉えるか。それとも、刹那と捉えるか。
それは、この場にいる戦士にも理解しえないことだ。
だが、確かなことがひとつだけある。
本来の力を開放したヴァンは屈しない。例え相手が誰であろうとも。
「行くぞ」
言葉と同時に、ヴァンの周囲を炎と風が巻き起こる。
熱を孕んだ空気が、空間を支配した。
深く腰を落とし、炎を纏った紅蓮の大剣を肩へと担ぐ。
ラルグとやり合うならば、距離の有利を活かし、魔法を主体とした戦法をとるのが妥当だろう。
しかし、彼ほどの実力であれば難なく突破してくる。それは先ほどの打ち合いで証明された。
練度が上昇したシェリルの魔法を、己の身ひとつで突っ込んできた。
それはきっと、ヴァンが炎を扱えるようになったとしても変わりはないだろう。
もとより、距離を置いて隙を窺いながら攻撃をすること自体、性に合っていない。
「
不本意だが、彼の戦闘スタイルに合わせているようで気は進まない。
しかし、提示された答えは単純明快。
時間が限られているのなら、自身の十八番をぶつければいい。
確実に仕留めるならば、自身の最強を以って相対するまで。
「──
音を置き去りにし、爆ぜる。
紅蓮と白緑の線を引き、仇敵との距離を一瞬にして詰める。
最速で一撃を叩き込むべく選択した移動手段。
急激な加速により一瞬、ヴァンの視界が歪む。
炎を纏った剣も右肩に担ぐ。
この男を斃すためには、速さだけでは足りない。
振り下ろす力を加算した構え。
「力比べか、乗ってやるよ」
それでもなお、ラルグは対応してみせた。
腰を落とし、深く拳を引いた。ヴァンの胴を撃ち抜く瞬間を、今か今かと待ち望んでいた。
直線的な軌道とはいえ、高速とも呼べる疾さに対応するなど、もはや人間離れ。
この男、やはり戦いというものに慣れている。
「
ラルグの拳へ向けて、シェリルが放った水球がぶつかる。
意識外から放たれた魔法、そして想定を上回る威力にラルグの体勢がわずかに乱れる。
「はあッ!」
気合一閃。
ヴァンが燃え盛る大剣を一気に振り下ろした。全体重を乗せた一撃を、叩き込む。
どうあがいても、回避は困難。
受けようものなら、確実に損傷を与えられるであろう一太刀。
「予想通り、いい剣だ。こいつは礼をしてやらくちゃなあ?」
赫が舞う。
ラルグは、ヴァンの剣を真正面から右の肩で受けたのだ。
回避も守りも捨てた。衣服を鮮血で染めながらも狂気の笑みを浮かべる。
嗤い、振り上げる拳。
──これは、食らってはいけない。
回避しなければここで終わると、ヴァンは直感で理解した。
しかし、ラルグが振り上げた逆の手で大剣が固定し、移動することさえままならない。
破壊に特化した炎を乗せ、無骨な拳が落とされた。
耳を
裂け目からは赤銅色の火柱が立ち、威力を何倍にも増していた。
加減など微塵もない。情けを捨てた拳は、受けた炎の返礼だと言わんばかりに。
「……ほう?」
ラルグが拳を上げ様子を見るが、そこにヴァンはいなかった。
先ほどの一撃を真正面から受けたにしても、痕跡すら残さずにこの場から消えることなどあり得ない。
ならば──
「いい判断だ、小僧」
ヴァンの姿は上空にあった。拳が触れる直前、ラファーガを行使したのだ。
しかし、大剣はラルグの手に握られたままだ。武器を手放し、圧倒的に不利な状況になった。
とはいえ回避の判断が僅かでも遅れていたら、あの一撃を真正面で受けることになっていただろう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
大剣を再び手にするための策を練りつつ、ヴァンは一旦ラルグから視線を外した。
支援を依頼した少女──シェリルは、水の防御魔法を展開し回避したようだ。
ヴァンと比べて距離が空いていたこと、彼女が相性面で有利な水属性の魔法使いであることが有利に働いたのだろう。
安堵し、再びラルグへと視線を戻す。
「おもしれえ! こいつはかわせるかな!?」
瞬間。ラルグが、ヴァンへ目掛けて大剣を投げ飛ばした。
回転が加わり、勢いが増した得物。
風魔法で速度を緩め、ヴァンが大剣を掴んだと同時。
炎を噴射したラルグが、ヴァンへ向けて急接近した。
明らかに有利であったにも関わらず、ラルグは真正面からのぶつかり合いを選んだ。
己の拳に自信があるのか、それとも真っ向勝負以外に興味がないのか。
おそらく、その両方だろう。あくまでも全力のヴァンを、力でねじ伏せるつもりなのだろう。
「……!」
ラルグの拳が、再び迫る。
辛うじて体勢は立て直した。再び、大剣にも炎を灯した。
拳と剣。
ふたつの武装が、ぶつかり合う瞬間のことだった。
ラルグとヴァンの間に、青い球体が出現した。シェリルが発動した魔法だろうか。
勢いよく放たれるアクアシュートとは違う。ただそこに存在し、ゆったりと浮遊しているだけだった。
この球体を生み出した真意は不明。
しかし、既に突き出された拳を止めることは不可能だった。
そもそも彼の性格上、攻撃を中断する選択肢などないだろう。
勢いを殺す間もなく、ラルグの拳が青の球体を砕いた。
砕けた箇所から形を変えてゆき、大量の水がラルグに降り注いだ。
それはラルグの腕に纏わりつき、赤銅色の炎をかき消したのだ。
しかし、それはあくまでも一瞬。再装填した炎によって、ラルグの腕に纏わりついた水は蒸発したのだ。
生み出された隙は時間にして僅か。そして、青い球体はヴァンの眼前にも存在していた。
「ハッ! あの嬢ちゃん、ミスっちまったんじゃねえのか!?」
先ほどの状況と照らし合わせると、この球体を破壊すればヴァンの炎を飲み込み、打ち消すだろう。
だがこの局面で、シェリルが不利になるような状況を生むだろうか。
答えは否だ。
ヴァンは、シェリルに支援を頼んだ。
シェリルとともにゼロに立ち向かったとき、自分でも驚くような力を発揮した。
アリサの攻撃で倒れたクレインの治療を依頼したとき、彼女は想像以上の結果を残してくれた。
おそらく、今回もその例に漏れない。
彼女はきっと、勝利の一手を用意してくれたのだ。
ヴァンは迷わず、球体を叩き斬った。
「これは……!」
斬った箇所から、ヴァンの大剣を水が覆った。ここまではラルグのときと同じだ。
更なる力を込め、ヴァンが大剣を振り下ろした。
赤銅色の炎と水剣が衝突した。蒸気とともに、互いに打ち消し合う。
威力にして、互角と言っても差し支えないふたつの属性。
しかし、ヴァンの大剣からは紅蓮の炎が現れた。
再装填したのではない。水の中で身を潜め、最大限に力を発揮する瞬間を狙っていたのだ。
ヴァンの炎は、シェリルの水に覆われたはず。
だというのに、なぜこのようなことが実現したのか。
答えは至極簡単。
ヴァンの力を残しつつ、水の属性が付与したのだ。
先ほど砕いた水球は、あくまでも炎を包むように。
ラルグの炎は、消した瞬間に再装填できることが予想された。
だからこそ、鎮火して暇を与えることなく最大限の一撃を放つ必要があった。
そのための一手だ。
──しかし。
シェリルの魔法は、本当に不思議だ。
通常、魔法と魔法が干渉することはないはず。
だが、ゼロと対峙したときもそうだ。相反するはずの属性が、彼女の魔法と交わることで強大な力となったのだ。
シェリルの魔法は、一の魔法を二倍にも三倍にも伸ばす力を秘めている。
「う、おおおおおおおお!!
ヴァンが吼えた。
ラルグの肩に大剣を振り下ろし、落下の勢いをそのまま急降下してゆく。
ラファーガの加速が加わり、おそらくヴァンでさえも無傷ではいられないだろう。
爆炎とともに、紅蓮の線が地面へと衝突した。
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