105話 Mightywind


 岩と風のみが存在していたはずの荒野。

 本来であればこの二色の存在のみが、ただ静かにこの場で堂々とあり続けるだけだった。

 時折鈍色の煙が風に乗ってくるが、それもあくまで景色のひとつ。


 だが、この日は違った。

 これらの他に、様々な色がそこにはあった。

 それはこの場を彩るためのものではない。

 ぶつかり、破裂し、砕け散る。


 魔法と科学がぶつかり合う。

 

 そのなかで一際目を引くのは、群れの戦闘ではなかった。

 一対一。個の戦闘だ。

 金色と桃色が、激しく衝突した。


(クッソ、あいつらどこに行ったんだ!?)


 周囲に視線を送りながら、衝突するうちのひとつ、金の長髪を揺らすクリストファー=フォカロルが心の内で零す。

 突如現れた連中に、この作戦の中心人物である三人が攫われた。

 ピンポイントで狙ったところを見るに、最初から彼らを狙っての行動だろう。

 しかし、いったいなんのために?


 そんなことはどうだっていい。

 まずは彼らを連れ戻すことが先決。なのだが──


「すごいねー! ボクの攻撃を見切って止められる人なんて、そういないんだよ!? ねえねえ、キミ強いの!? 強いんだよね⁉︎ そうだよね!!」

「べちゃくちゃうるせえ奴だな! 喋るか戦うかどっちか片方にしれがれってんだ!!」

「なんでなんで!? こんなに楽しいのに、どっちか我慢するなんてもったいないよ!」


 言葉を聞いても、クリストファーと衝突する個──桃髪の少女は無邪気な笑みを浮かべたまま攻撃の手を緩めない。

 不規則で、それでいて命を狩ることを目的とした刃。

 両の手に握ったナイフは、クリストファーを確実に苦しめていた。


 クリストファーはレイピアのやいばの根本でナイフを受け、流していく。

 隙をついた鋭い刺突は、軽やかにかわされる。

 その姿はまるで戦闘を行なっているようには見えない。

 戦場を舞い、踊っているようだった。

 

 彼女が腕に装備している輪のような装置──イミテーション・ミストといったか。

 疑似的な霧を発生させ、視界が制限された空間での戦闘を強いられた。


 おそらくこれも、周囲のマナを用いて発動しているものなのだろう。

 先ほどと同様に何度か風で吹き飛ばしていたが、限りの魔力を行使するクリストファーでは対応に限度がある。だからこそ、この少女を倒すことこそ最善の策だと判断した。

 彼女が身につけている装置の破壊、そしてこの戦場で頭ひとつ抜けている実力を有した彼女を討てば、戦況は好転するはずだ。

 

 とはいえ、容易く実行できるものではなかった。

 風の索敵魔法──風詠エアロソナーを発動させ、辛うじて彼女の気配を察することができている。

 文字通り風の流れを詠み、五感に頼らずとも戦闘を補助するための魔法。

 そのおかげで対応しているわけであるのだが──


(にしても、なんてやりづれえんだ……!)


 桃髪の少女は、適当にナイフを振るっているように見えて、確実に一手を連続で繰り出している。

 一瞬でさえ気を抜けぬ状況だ。一筋縄ではいかない戦いだ。

 だが、諦めてはいけない。必ず勝機はある。


 見逃してはならない、一瞬の隙を。

 掴むのだ、一条の光明を。

 今はただ、その瞬間に備えるのみ。


「クリストファーさん!」


 瞬間、クリストファーと桃髪の少女の間に青が現れた。名を呼び、数名の魔導団員が彼の前に現れたのだ。


「馬鹿野郎! 手ぇ出すんじゃねえ!」


 普段のクリストファーならば、事前に彼らの接近に気づけていたはずだ。

 だが、彼は周囲に向けるべき意識を、僅か眼前の少女へと傾けた。

 ほんの一瞬の隙に、間に入ったのだ。


「……クッソ!」


 なぜ、彼らがこのような行動をとったのか。

 本来魔導団の面々は連携を組む鍛錬を最重視している。

 戦闘においても、調査においても、阿吽の呼吸で全てをこなせるように。

 

 だが、彼らの行動は明らかにイレギュラーと言っても差し支えない。

 偶然にしても、あまりにも不自然だ。

 ゆえにクリストファーにも、わずかな動揺が生まれえる。

 行動に、一手遅れが生じた。


「邪魔。キミたちはいらない」


 先ほど浮かべていた無邪気な笑みから一転。

 少女は、完全に冷え切った無表情で魔導団の面々を切り捨てた。

 太刀筋も、一切の無駄を省いた正確なものへと変化していた。

 鮮血が舞い、一瞬にして青を基調とした装束が赤へと塗りつぶされた。


 後ろで待機していた治癒班が回復にあたっているが、傷が深い。

 斬撃の寸前、クリストファーが風魔法による防御魔法を展開していたが、効果は薄かったようだ。

 完全に守り切れなかったことが歯がゆい。しかし、立ち止まってはいられない。


「そいつらのことを頼む! あと、こいつの相手は俺がひとりでやる! 近づいたら叩き斬るからな!!」


 厳しくも、優しさが込められた言葉。

 クリストファーの思いを理解した魔導団員は頷き、後方へと下がる。


 彼らの不自然な動向は確かに気になる。

 しかし、気にするべき場所はそこではない。

 今はただ、眼前の敵を退ける。ただそれだけに集中すべきだ。


 気持ちを切り替える。

 ここで、己が戦士たちの柱になるのだ。


「これ以上好きにはさせねえ。てめえのお仲間ともども、このまま退いてもらうぜ」


 鋭い視線を向け、クリストファーが告げる。

 自分にできることは、この敵の注意を引きつけること。一刻も早くこの事態を打破すること。

 そして、これ以上の犠牲を出さぬこと。


「えー、退いちゃったら遊べなくなっちゃうじゃんか! キミは早く終わってもいいの?」

 

 クリストファーとは対照的に、少女が浮かべるのは楽しそうな笑み。

 常に浮かべている無邪気な様子には、不気味さすら覚える。

 しかし、先ほどの無表情はまさに戦闘を生業として生きている者のソレだ。

 迷いなく、そして正確な太刀筋は一朝一夕で身につく技術ではない。

 周囲に気を配り、退けられる相手ではない。


「そもそも、お前と遊ぶ気なんざ毛頭ねえよ。速攻ぶっ飛ばしてガキどもを返してもらうぜ」

「いいじゃん、ボクのもうひとつの仕事はキミと遊ぶことなんだもん。少しぐらい付き合ってよ。それに、あの子たちはそう簡単に返すわけにはいかないかな」


 無邪気な笑みから一転、怪しげな雰囲気を纏った笑みを浮かべる。

 一瞬、クリストファーの背筋が凍る。なにか冷たいものが巡った気がした。

 何度も戦場へ赴き、数え切れぬ者たちと対峙してきた。

 そんな彼が、恐怖したのだ。目の前の少女が笑みを浮かべただけで、だ。


「なに……? どういうことだ、そりゃあ」

「内緒だよ~! まあ、ボクを倒せたら教えてあげてもいいかな~?」


 少女に、再び無邪気な笑みが戻る。

 先ほど一瞬見せた姿が、彼女の本当なのだろうか。

 この僅かな間でさえ、様々な顔を見せる彼女はいったい何者なのだろうか。

 そして、彼女たちの目的はクレインたち三人で間違いなかった。

 

「望むところだコラ……!」


 疑問が確信に変わった。ならば話は早い。

 それを解明することもまた、クリストファーの役目だ。

 背負うものが多いと、つくづく苦労する。

 しかし、これはベルシオン帝国へ近づくための貴重な一歩。

 そのために自分はここにいるのだから。


 彼ひとりならば背負えなかったことだ。

 この場にいる者たちでたどり着くのだ。

 眼前の少女との戦いに集中できるのは、信じられる仲間に背を預けているから。

 力強い追い風が、クリストファーの背を押すのだ。


「さあ、自己紹介が遅くなったねえ。ボクはハイネ。キミはなんて名前なの?」

「馬鹿に名乗るような名は持ち合わせちゃいねえよ!」

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