13話 シェリルの努力


 昼食を終えて、四人は食後の運動がてら修練場で軽く体を動かした後に解散した。

 アリサはそのまま部屋へと帰り、クレインはヴァンとふたりでどこかへ消えていった。

 

 シェリルは、ひとりで修練場に残っていた。目的は、トーナメントに備えて新たな力を身につけるためだ。


 パーティーとして戦う以上、連携は必須。

 個人の実力を上げておけば、戦略の幅は広がり勝率が上がる。


 そこで、少しでもパーティーに貢献できるよう、シェリルなりに作戦を考えていた。


(属性付与を身につける!)

 

 そう思うのは簡単だが、うまくはいかない。

 リチャードはいとも容易く扱っていたが、中級魔法という時点で、非常に難易度が高い。


 とはいえ、同じ一年生ならば自分にも習得できない理由はない、というのがシェリルの考えだ。

 実際、属性付与を使うことができれば、一対一の状況でなくともいくらか有利に働いてくれるだろう。


 なにか参考になれば、とシェリルはヴァンにコツを聞いてみたところ「パッと出してグッと閉じ込めればいい」と、答えが返ってきた。


 シェリルはその意味がわからず、一緒に聞いていたクレインもポカンとしていたところから彼にも伝わってはいないのだろう。

 そもそも、アリサは話を聞いてすらいなかったが。

 

 しかし、貴重な情報には変わりはない。

 ヴァンの厚意を無駄にするわけにはいかない。

 気持ちを改めてシェリルは剣を召喚し、構える。


水纏ウォータードライブ


 言葉と共に、シェリルの剣を水が包み始めた。

 ヴァンの言葉を借りれば、ひとまずここまでが〝パッと出す〟工程なのだろう。

 だが、ここまでは割と簡単だったりする。

 問題はここからだ。


(あとは〝グッと閉じ込める〟……!)


 シェリルは一層集中力を高めるが、ものの数秒で水は霧散してしまった。

 この魔法は発動させ、それを維持させるのが肝となる。

 

 リチャードのように、自然に行使できなければ真価を発揮しない。

 実戦で、先ほどのように集中力を高める動作は、明確な隙になってしまうのだ。


「やっぱりだめかあ……」


 失敗することは予想できてはいたものの、結果はかんばしくなく、がっくりとうなだれるシェリル。

 初めての行使で使いこなせるほど、この魔法は甘くはなかった。


(だったら、できるまでやるしかない!)


 だが、こんなことでへこたれないのが彼女だ。

 気持ちを切り替えて、剣を構え直したそのとき──


「属性付与魔法? もう発動までできるなんて、筋がいいわね」


 響いた声の方へ振り返ると、そこにいたのは一目見ただけで綺麗、と思わせる女子生徒だった。


 頭の高い位置で結わえられた、灼熱の炎を彷彿とさせる赤髪に、同色の瞳。

 おそらくアリサと同じぐらいか、少し高いように感じる高身長。醸し出される雰囲気は大人の余裕さえ感じられた。

 ネクタイの色が赤であることから、彼女は最上級生の三年生であることが窺える。


 一挙手一投足が洗練されており、シェリルは思わず目を奪われてしまった。

 そんなシェリルを見て、女子生徒はクスリと笑う。


「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はソフィア=グラデル。シェリル、あなたの噂は聞いているわ。入学早々、貴族相手に啖呵をきったんですって?」

「あはは、あのときは夢中で……ん?」


 こんなにも早く自分の噂が広まっているのか、と思うと恥ずかしさがこみ上げてくる。

 そんななか、シェリルの中に疑問がひとつ。


「なんで、私の名前を知ってるんですか?」


 まだ名乗っていないにも関わらず、ソフィアは確かにシェリル、と言った。


「私は生徒会長だもの。生徒の情報を頭に入れておくのは当然よ」


 生徒の人数は、控えめに言って少ないとは言い難い。

 そこに新入生の名前と顔を一致させるレベルで暗記など「生徒会長だから」の一言で片づくものなのだろうか。

 うんうん悩んでいると、ソフィアが言葉を続けた。


「ところで、どうして属性付与の練習をしていたのかしら? 新入生が身につけるには、ずいぶんと難易度が高い魔法だと思うけれど」

「実は……」


 ソフィアに聞かれ、トーナメント戦を控えていること。

 絶対にチームで勝つと約束したこと。

 そして、絶対に足手まといになりたくないことを告げた。

 

「……それで属性付与を練習している、と」

「はい。友達からは『パッと出してグッと閉じ込めるといい』と聞いていたんですけど、なかなか難しくて……」


 シェリルの言葉を聞いて、ソフィアは笑みを含んだ。


「ふふ、ユニークな友達なのね。その説明だと、理解できる人の方が少ないんじゃないかしら。……うん、ここで会ったのもなにかの縁だし、属性付与のコツを教えるわ」


 実力は未知数だが、生徒会長であるソフィアの実力が高いことは想像に難くない。

 そんな彼女から魔法を教えてもらえるなど、願ってもないことだった。


「よ、よろしくお願いします!」

 

 喜びや興奮など、様々な感情をぜにし、シェリルは力強く頭を下げた。

 そんな彼女を見て、ソフィアは嬉しそうに内ポケットからペンを取り出した。 


「こちらこそ。それじゃあ早速……火纏ヒートドライブ


 紡がれた言葉とともに、ペンを炎が包み込んだ。

 それは先ほどシェリルが発動させたときとは違い、霧散する気配すら見せずに勢いを保ち続けていた。


「と、まあこんな感じね。この魔法なんだけれどね、簡単に言ってしまえば、ただ魔力を放出するんじゃなくて物質に纏わせるイメージ……って言えばわかりやすいかしら?」


 その言葉に頷き、シェリルは剣を構え直す。

 先ほどと同様、言葉を紡ぐと剣を水が包み込む。

 しかしイメージがしっかりとした分、水はしっかりと密度を高めた。


 満遍なく剣に流れる魔力の流れを、シェリルはひしひしと感じていた。


「その状態をキープして」


 言われて、シェリルは一層集中力を高める。

 しかし、先ほどよりは長く維持できたものの、すぐに霧散する結果となってしまった。


「すみません、せっかく教えていただいたのに……」


 シェリルは自分の無力さに落ち込んでしまったが、ソフィアは笑顔で答える。


「大丈夫、魔法は何度も何度も反復練習をしてコツを掴んでいくものだから。あなたは魔力のコントロールも慣れているみたいだし、さっきの感覚さえ忘れなければ、すぐ使えるようになるわ。自信を持って」

「は、はい! ありがとうございます!」


 ソフィアの言葉にシェリルの顔はみるみる明るくなっていく。


 すると、今度はバタバタと慌ただしい足音と共に修練場の扉を開く音が響いた。

 切羽詰まった様子で中へと入ってきた男子生徒は、そのままソフィアのもとへとやってきた。


「と、会長。取り込み中でしたかね」

「絶賛取り込み中よ。なにかあったのかしら?」

「またアイツが食堂で暴れてるんですよ。でも非戦闘員の俺じゃどうしようもないんで、会長の手でもお借りしようと思いましてね」


 へらへらと語る男子生徒に、ソフィアはため息をついた。


「どの口が言ってるんだか。……わかった、すぐに向かうわ」

「さっすが会長。話が早くて助かりますわ」


 どうやら、ソフィアは急用ができたようだ。

 申し訳なさそうにシェリルのもとへ近寄り、小さく頭を下げる。


「ごめんね、最後まで鍛錬に付き合えなくて」

「いえいえ! 私、後はひとりで頑張ってみるので、先輩はお仕事がんばってくださいっ」

「ありがとう。なにか困ったことがあったら、いつでも生徒会を頼って? 可能な限り力になるわ」

「悪いね~、会長借りてくわ~」


 それぞれ言葉を残して、ソフィアと男子生徒は修練場を去ってしまった。


「ソフィア先輩、大変なんだなあ」


 ポツリと呟き、修練場に取り残されたシェリル。

 だが、彼女にはひとつ新たな目標ができあがっていた。


「よし、もうひとがんばり!」


 シェリルが、胸の位置で両の拳を握る。

 魔法は何度も反復練習をして身につけるものだ、とソフィアは言った。

 体が感覚を覚えているうちに回数を重ねるべく、シェリルは再び剣を構えて属性付与魔法を唱えた。

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