14話 早起き大作戦


 あれからシェリルは鍛錬を重ねたが、結局思ったようにいかず部屋へ帰り早めの睡眠をとることにした。

 鍛錬による体力と魔力の消耗がいい睡眠導入剤となり、前日同様快適な眠りにつくことができた。


 規則正しい生活リズムで迎える朝の、なんと心地の良いことか。

 一日の最初の瞬間を、ベストな状態で迎えたシェリルだったが、その表情はどこか険しい。


 気持ち良く朝を迎えられたのに、なぜなのか。

 その理由は単純明快。この日、彼女には大きな任務が用意されていたのだ。


(来ないわけにはいかないもんね……)


 シェリルが立つのは、アリサの部屋の前。

 彼女は、おそらくこの日も朝の睡魔と戦っているはず。

 昨日も時間には間に合ったものの、身嗜みはだらしなく半覚醒状態でやってきた。


 そんな状態ではいつ遅刻をしてもおかしくはないだろう。


 アリサ本人が自己管理をすべきところだが、シェリルは彼女のことを見捨てることができなかった。


 しかし、前日のように毎朝髪と身嗜みを整えて、という工程をしていてはアリサのためにはならない。

 あくまでも、彼女がひとりで朝の支度を自力で行えるよう、生活リズムを正す手伝いをするためにここへ来たのだ。


 思考を巡らせ、シェリルは部屋の呼び鈴を鳴らす。

 来客を知らせる音が響く。しかし、反応がない。


 少し時間を置いてから、ガタガタと慌ただしい音ともにドアが開かれた。


「……ふぁい」


 完全に寝起きであろうアリサがやってきた。

 そこですかさず、シェリルは両手に青い光を灯す。

 その手をそのまま、アリサの両頬へと持っていく。


「アリサ! 早く準備しないと遅刻するよ!」

「わっ!」


 前日は、仕上げとして使用していたこの技。

 それを今回は一番最初に使用して、覚醒した状態で準備をしてもらう、というのが今回シェリルが考えた作戦だ。


 なるべく、自分の手で作業をすることを習慣にしていく。

 そして、いつかは自分がいなくともひとりでもできるようになってほしい、という思いが込められていた。

 

 眠気を乗り切った後にやってくる、早朝特有の倦怠感と戦うこと十数分。

 昨日のような悲惨な状態ではなく、この日のアリサはきちんと身嗜みを整えてから部屋を出ることができた。

 どうやら、シェリルの作戦は効果的面だったようだ。

 

 とはいえ思った以上に手間取ってしまい、授業が開始する九時には、急いで向かえばギリギリ着くか着かないかといったところ。


 最初の授業から遅れるわけにはいかない。

 シェリルは焦るものの、アリサは余裕の笑みすら浮かべている。


 エレベーターで慌てて一階まで降りて、入口へ着いたとこらでアリサが口を開いた。


「シェリル、ちょっと飛ばそっか。私の体に掴まってもらっていい?」


 こんな非常事態にどうしたんだろう、と首を傾げながらアリサの肩を掴むシェリル。

 すると、アリサの体からバチバチと放電音が鳴り響く。


「じゃ、そのまま離さないでよ! ──雷纏サンダードライブ!」


 発動したのは、雷の属性付与。

 言葉と共に激しくなる放電音と共に、アリサがゆっくりと腰を落とす。

 その瞬間、ふたりの姿は消えた。


「ええええええ〜!?」


 遅れて響いた絶叫と共に、シェリルの視界は一瞬にして奪われた。

 次に景色が認識できるようになる頃には、校舎棟の目の前までやってきていた。


「アリサ、属性付与使えたんだね……」

 

 シェリルは未知の体験をし、激しい脱力感に襲われていた。  

 しかし使用したアリサは当然ながら、この早朝にぴったりな爽やかスマイルを浮かべていた。


「魔法自体は苦手なんだけど、私の戦い方に合ってるから一応ね」


 まだ、自分自身練習中の魔法。

 それをいとも容易く使用している友人の姿を見ると、改めて同級生たちのレベルの高さを実感させられた。

 悔しい気持ちはあるが、アリサの属性付与があったからこそ、遅刻せずに到着できたのもまた事実。

 

 時間にかなりの余裕ができたことでひとまず安心したシェリルは、校舎棟の中へと足を運んだ。


◇ ◇ ◇


 その後、シェリルたちの他にも続々と他の生徒もやってきた。

 担任教師レイフがのろのろとやってきて、教壇に立ったところで始業を知らせるチャイムが鳴った。

 シェリルたちにとって、魔法学園で受ける最初の授業が開始された。


「──魔法っつーのは、大気中に溶け込んでるマナを元に発動している。だけど、それだけじゃダメなんだ。そうだな……。クレイン、答え分かるか?」


 一番初めの授業、ということで基礎の基礎が授業の題材となっていた。

 レイフに指名され、クレインはシャキッとした返事をして立ち上がる。


「俺たち魔法使いには、魔力器官という臓器が宿っています。この魔力器官がマナを魔力に変換して、魔法を扱うことができます」

「その通りだ。ちょっと補足してやると、魔法を使うほど魔力器官が鍛えられて魔力量が増えんだ。魔力量に自信がないやつは無理のない範囲で、どんどん魔法を使ってけ──っと。それよりお前、その顔どうしたよ? めちゃくちゃ腫れてんぞ?」

「これは……ははは、ちょっと転んだんです」


 クレインにしては珍しく、歯切れの悪い返答だ。

 レイフも若干怪しく思ったものの、あまり気に留めはせずすぐに視線を外した。


「そうか。あまり痛むようなら、ユーリんとこ行ってこいよ?」

「そうさせてもらいます……」


 やや恥ずかしそうに答え、クレインは着席する。

 シェリルとアリサが聞いてみても「ちょっとな」の一点張り。ヴァンに確認しても、もごもごするだけで雑にはぐらかされてしまった。

 このままではラチがあかないと判断したふたりは、この話は一旦保留することにした。


◇ ◇ ◇


 時間も順調に過ぎていき、現在は昼食を挟んで四限目。

 空腹も満たされ眠気を誘われるこの状況で、更に眠気を誘う歴史の授業。


「我々が暮らすライオアクティス王国は代々──」


 そこへ追い討ちをかけるような、おっとり声。

 そんな誘惑だらけの空間では生き残れるものは限られており、半数の生徒は撃沈していた。


 シェリルの隣に座るヴァンは腕を組んだまま姿勢良く眠っている。アリサに至っては机に突っ伏して堂々と眠っていた。


「その中でも現国王のジーク=ライオアクティス様は、多くの国民から支持される人格者で歴代で最も優秀な魔法使いであり、この国を支え続けておられます。そして──」


 そこまで告げられたところで、授業の終了を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

 校舎等全域に届くその音はかなりの音量で、眠っていた生徒の大半は目を覚ました。


「では、今日の授業はここまでです。各自予習復習をやっておくように」


 それだけ言うと、おっとり声の教師は教室からのそのそ出て行った。

 授業が終わった開放感からか、クラスも賑やかさを取り戻した。


「うし、今日の授業も終わったしまた修練場に行くか?」

「そうしたいところなんだけど……」


 クレインが凝り固まった体を伸ばしつつそう告げるが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。

 シェリルの隣に座るヴァンが、腕を組んだまま眠りの世界から帰ってきていない。


「……よくあの鐘の音で起きなかったな」

「大丈夫、私に任せといてよ」


 得意げに前に出たアリサだったが、彼女もヴァンと同様に授業を寝て過ごしたねぼすけ組のひとりだ。

 任せといて、とは言っているが彼女の表情はどんどん悪そうな顔になっているため、あまりいい予感はしない。

 きっと、ろくでもないことを考えているのだろう。


 不安そうにシェリルとクレインが見守る中、アリサはヴァンの横へ移動しちょうど彼の脇腹に指を近づける。

 そしてパチパチと弱い放電音を放ち始め──

 

「えいっ!」

「ごばあ!?」


 バチッ、と一瞬激しい音が響いた。


 それと同時に、普段の様子からは想像がつかない声量でヴァンが叫ぶ。

 体が一瞬ビクッと跳ねて、そのまま机に突っ伏してしまった。


 ヴァンの声は教室中に届いていたようで、生徒も何名か注目していた。


 リアクションを見るに加減を間違えてしまったのでは、とシェリルが声をかけようとした。

 その直後、ヴァンはのそりと体を起こす。


「……む、もう授業が終わったのか」

「そうだよ、早く修練場に行くよ!」


 荒療治に見えて、どうやらヴァンにはちょうどいい目覚まし効果を発揮したようだ。

 とはいえ、まだ眠りからは完全に覚めてはいないらしい。

 その証拠に、アリサに引きずられながらヴァンは目を擦っていた。


「……よし、俺らも行くか」

「……うん」


 あまりの衝撃映像に言葉を失っていたふたりだったが、ふたりに置いていかれまいと後を追いかけることにした。

 

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