12話 決意
保健室にて、シェリルの治療をしてくれたのは入学式の前日に会った女性、ユーリだった。
クラスを受け持つことはないと言っていた彼女だったが、普段はこの保健室にいることが多いのだという。
ユーリの治癒の腕は確かで、シェリルの傷を一瞬で治療してみせた。
シェリルが戦闘をするには申し分なく回復したため、現在四人は鍛錬を再開するべく、再び修練場へと戻ってきていた。
「あのとき、ヴァンが助けてくれなかったら危なかったよ。本当にありがとね」
「別に大したことはしていない。俺もシェリルと同じく、体が勝手に動いただけだ」
「それにしてもすごい戦いっぷりだったねえ。とても私たちと同学年には見えなかったけど?」
アリサの言う通りだ。
ヴァンは貴族を四人を一瞬でのしてしまったのだ。
英才教育を受けて、己の実力に自信を持っていた貴族たちを、だ。
それだけのことをしてもまだ余裕を見せ、底など見せる様子はなかった。
「俺もそれなりに腕には覚えがあってな。あれぐらいは大したことはないさ」
腕に覚えがあるからといってあそこまでの芸当ができるものなのか。
ヴァンは淡々と伝えたが、アリサの中には疑問が残ってしまった。
「……シェリル、ヴァン。本当にすまん、こんな情けないやつで。俺の問題なのに、ふたりにまで迷惑かけちまって」
三人がやりとりをしていると、クレインが深く頭を下げた。
先ほどの戦い、ただ見ていることしかできなかった自分に腹を立て、相当に悔しい思いをしたのだろう、クレインの手は僅かに震えていた。
しかし、謝られたシェリルとヴァンからすれば、リチャードたちと戦ったのは友のため、無意識に行なったことだ。
迷惑とは微塵も思っていなかったために、彼にかける言葉が見つからなかった。
「リチャード……だっけ? 付き合いが長いみたいだけど、前からあんな性格だったの?」
アリサがそう聞くと、クレインは頭を上げ首を横に振った。
「いや、昔はよくふたりで魔法の鍛錬をしてたよ。けど、フォカロル家……あいつの家な、親父さんが相当厳しい人でさ。毎日、むちゃくちゃな鍛錬を強いられたらしいんだ」
「それであんな性格に……?」
シェリルの言葉に、クレインは頷く。
「多分な。あいつはそれで実力はついたみてぇだが、今みたいな性格になっちまった」
「状況はわかった。それで、お前はあんなに言われ放題で悔しくないのか?」
ヴァンの言葉に、クレインは拳をキツく握りしめた。
表情を歪め、思いをぶつける。
「悔しいに決まってんだろ……! でもな、いくら鍛えても追いつけねえ……俺の力じゃ、どうしようもねえんだ……!」
「それなら、答えはもう出ているじゃないか」
迷いなく放たれた言葉。
顔を上げ、今度は不思議そうにヴァンの顔を見つめるクレイン。
「なにがなんでも、来週のトーナメントで勝ち上がるぞ。そこで、思う存分決着をつければいい」
でも、とクレインは言いかける。
ここまで自分本位の理由に巻き込んでしまっていいのだろうか、と思ってしまう。
それを察して、アリサが言葉を続けた。
「これはパーティー戦、みんなで強くなるんだよ。それに、悔しい思いをしてるのはクレインだけじゃないんだしさ」
ちょいちょいと指を差す先、シェリルが両の拳を握ってふんっと気合を入れていた。
リチャードとの戦いは、ヴァンが終わらせてくれたものの、シェリル個人としては不完全な決着となっていた。
それに対するリベンジ、という意味が込められているのだろう。
「私もあいつの態度が気に入らないから」ということでアリサも乗っかった。
みんな思いはそれぞれだが、パーティーとしてひとつの目的に向かっていることを嬉しく思ったのか、クレインに笑みが戻る。
「みんな、ありがとな」
クレインの笑顔に、ニッと笑って返すシェリルとアリサ。
しかしヴァンは後ろを向き何やらしゃがみ込んでいた。
「よし、では早速始めるか……
その言葉と共に一瞬、修練場内に風が吹いた。
思わず三人の視界が奪われてしまうが、次に目を開いたときには再びヴァンに驚かされる結果となった。
そこにいたのは、ヴァンよりも小柄な緑の生物が三体と、それよりもやや大きめの生物が一体。
人とも、動物とも違う姿にクレインが目を見開いた。
「それってまさか精霊か……!?」
その言葉に、ヴァンが短く頷く。
〝精霊〟。
魔法の根源となる魔力を凝縮し、疑似的に生命を生み出し技術を精霊召喚という。
これには繊細な魔力コントロールが必要とされ、魔法を行使する技術とはまた違うものが要求される。
難易度こそ高いものの、マスターしてしまえば戦いの幅は広がる。
精霊は、簡単な動きなら自動で行なってくれるうえに、指示をインプットすればある程度細かい動きもしてくれるので、非常に使い勝手がいいのだ。
とはいえ、この精霊召喚は魔法学園の一年生が扱える代物ではない。
しかし、ヴァンは平然とやってのけたのだ。
高水準の身体能力、貴族をも凌駕する魔法に、精霊召喚ときた。
もはや、ツッコミの言葉が出てこなかった。
「なにをしている。四対四の経験を積むならこれが一番手っ取り早い」
ヴァンはもう大剣を構えてノリノリだ。
仮にこの状況にツッコミを入れたとしても、彼のことだ。
「腕に覚えがある」の一言で済ませてしまうのだろう。
若干呆れの感情を込めながらも、三人もそれぞれ武器を構えた。
◇ ◇ ◇
それからヴァンの熱心な指導は続き、現在時刻は午後二時。
ひたすら彼の召喚した精霊と戦い続ける、というものだったがヴァンは基本的に後ろでサポートをすることがメインだったために実質四対三で戦うこととなった。
精霊の動きは簡単なものであったにせよ、実際相手がいるのといないのとでは鍛錬の成果も違ってくるだろう。
現在四人は英気を養うために、食堂で遅めの昼食をとっていた。
「ヴァンはもちろんだけど、ふたりともすげえわ。俺も足引っ張らないようにしねえと」
ふーふー。
「そんなことないよ、クレインが前で戦ってくれてるおかげで安心して魔法の準備ができもん。ね? アリサ」
ふーふー。
「だね、私としても自由に戦うのが好きだからありがたかったよ」
ふーふー。
「はは、そりゃもったいねえお言葉だ。……で、ヴァン。お前、さっきからなにやってんだ?」
先ほどから耳に届いていた呼吸音の正体、ヴァンへと視線を送る三人。
彼はオムライスを食そうとしていたのだが、どうやら熱くて口の中に入れることができないらしい。
そのため、息を吹きかけて必死に冷ましていたのだ。
食堂で出される食べ物が全て熱すぎるのかと思いきや、三人は普通に食べているところからそこまで大げさに熱いということはないようだ。
つまり、浮上する可能性はひとつ。
「すまない。気にしないでくれ」
彼は極度の猫舌だったのだ。
それだけ言うと、ヴァンはまたオムライスを冷ます作業に戻ってしまった。
すると、シェリルがヴァンの皿に向けて指を向けた。
シェリルの指から優しく青い光が放たれ、オムライスの皿を包んだかと思うとそれはすぐに落ち着いた。
「ヴァン、食べてみて」
言われるがまま、ヴァンがオムライスを口に運び込むと驚いたように目を開いた。
「食える……!」
「よかったあ」
何気なくやってみせたが、これもまた高い技術が要求されることなのだろう。
魔法のコントロールをひとつ間違えればヴァンのオムライスは水浸しだ。
「シェリル、もしかして……?」
アリサの言葉にシェリルは少し笑って頷いてみせた。
「うん、小さいころからお父さんに教えてもらって。この手の魔法には慣れてるんだよ」
朝の髪の毛といい、シェリルの魔法の技術の高さに関心するクレイン。
そんな彼を尻目に、ヴァンはオムライスを適温になったのがよほど嬉しかったのか、がつがつとかきこんでいく。
そんなふんわりとした空気を楽しみつつ、アリサは食事を続けることにした。
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