11話 許さない
ヴァンはそれだけ言うと、リチャードの元へと足を進めた。
リチャードはむせながらも、立ち上がり余裕の笑みを浮かべる。
「これは、僕と彼女の一対一の対決のはずだよ。なんで君が割り込んでくるんだい?」
「一対一だと? お前、最初からそんなことするつもりもなかっただろう」
ヴァンの言葉に思うところがあったのか、リチャードは眉をぴくりと動かす。
ヴァンは気にせず、そのまま言葉を続けた。
「さっきの魔法だがな、あれは明らかにシェリルを狙ったものだった」
「流れ弾が飛んできただけじゃないのかい? ここは僕たち以外にも、戦っている者が大勢いるじゃないか」
「そうか。俺は、お前の仲間がシェリルに向けて、故意に魔法を打ち込んでいるのが見えたんだがな」
「……え?」
言いながら、ヴァンは後ろに顔を向ける。
そこにいたのは、リチャードと一緒にいた男子生徒のうちのひとり。
少年は咄嗟のことで、なにを言われているのか分からないといった様子だ。
しかし、その顔にはうっすらと汗を浮かべ、リチャードへ助けを求めるような視線を送っている。
これはあくまでもヴァンが言葉にしているだけで、証拠としては不十分だ。この男子生徒が否定すれば、いくらでもやりようはあるだろう。
しかし、残念ながら彼の思い通りにはいかなかった。
「俺、こいつがあの女の子に魔法放ってたのを見たぞ!」
「私も!」
「俺もだ!」
この場にいるのは彼ら新入生もいるが、当然上級生たちもいる。
隣で起きていた異変に、いち早く気がついたのだろう。
証拠は確か。
完全に言い逃れができない状況に、男子生徒の顔も青ざめていく。
「……だ、そうだ。これで逃げ場がなくなったな」
いよいよ追い詰められたリチャードに、ヴァンは追い打ちをかけるように、大剣の切っ先を向ける。
「だから、俺がシェリルに代わってお前の相手をしてやる。不意打ちをされても面倒だ。四人全員でかかってこい」
「後悔するなよ……。みんな、やるぞ!」
怒りによって口調も変わってしまったリチャードの声に導かれ、先ほどシェリルに雷の魔法を放った男子生徒を含めた三人がリチャードの周囲に集まる。
それぞれ武器を構えて、臨戦態勢をとる。
それに対してヴァンは構えることはせず、大剣を肩に乗せていた。
彼なりにこれが戦いの構えなのか。それとも、リチャードたち四人を相手にするならば、これで問題ないと判断してのことだろうか。
どちらにせよ、彼に向けての挑発としてはじゅうぶんな効果を発揮していた。
今度はシェリルのときとは違い、コイントスをせずリチャードたちから仕掛ける。
槍を扱う男子生徒ふたりによる、距離を置いた一撃。
それを見てもらヴァンは避ける気配すらなかった。
槍がヴァンに届く直前、彼は短く言葉を紡ぐ。
「
瞬間、突風が吹きヴァンの姿がその場から消えた。
風の勢いで槍の男子生徒ふたりは大きくのけ反ってしまう。
彼らが再び存在に気がついた時には、ヴァンは背後で大剣を振りかぶっていた。
咄嗟に防御の構えをとるが、大剣の一撃は到底受けられるものではなく。
呆気なく槍使いの男子生徒二人は吹き飛ばされてしまった。
「
攻撃終わりならば、とタイミングを狙って放たれたのは雷属性の下級魔法だ。
雷属性の特徴として、風属性をも上回る速さと貫通力を併せ持つ。
頭部を狙って放たれた魔法。
しかし、まるで後ろに目がついているかのように、ヴァンは首を傾けるだけであっさり回避した。
魔法が当たらなかったことに動揺している間に、再びヴァンは風魔法で一気に距離を詰める。
勢いをそのままに、男子生徒の腹へヴァンの蹴りが突き刺さる。
そのまま数メートル吹き飛び、男子生徒は痛みで腹を抱えたまま静止した。
「後はお前ひとりだな」
「ぐっ……」
一瞬にして、一対一の勝負になってしまった。
リチャードはすっかり腰が引けてしまい、なかなか攻めに転じることできない。
「どうした? 不意打ちでなければ俺に攻撃を打ち込むことすらできないのか?」
追い討ちのように放たれる、ヴァンの挑発。
「黙れ……!」
それはリチャードにとって、効果的面だった。
怒りを露わにし、地を蹴る。
それと同時に、ヴァンは右手を勢いよく振り上げた。どうやらその行動は持っていた大剣を上空へと放り投げるためで、ヴァンは丸腰となってしまった。
不可解な行動ではあるがこれはリチャードにとってチャンスだ。
踏み込み、風を纏ったレイピアでヴァンの喉元を狙う。
(もらった!)
胸の中で勝利を確信したとき、リチャードの攻撃は不自然に軌道を曲げて、ヴァンに届くことすら叶わなかった。
「なにを驚いている。俺は風の防御魔法を使っただけだ。これは基礎中の基礎なんだがな。そして……」
言いながら指を差す先、視線を移せば上空に先ほどヴァンが投げたはずの大剣がふわふわと滞空していた。
「これも基礎の技術だ」
ヴァンが指をクイッと上から下へ動かす。
それは狙いを定め、リチャード目掛けて襲ってきた。
「う、うわあああああ!」
情けない声とともに、リチャードは思わず尻餅をついてしまった。
大剣はリチャードに当たる直前すれすれの位置で地面に突き刺さった。
「どうだ、まだやるか?」
「……く、くそっ! 覚えてろ! お前たちも帰るぞ!」
ヴァンの言葉に、リチャード一味は機敏な動きでまるで逃げるように走り去った。
それでヴァンは満足したのか、鼻を小さくふんっと鳴らしてリチャードの後ろ姿を見送る。
その直後、修練場一面に拍手が鳴り響いた。
彼らも、先ほどリチャードの仲間がシェリルに不意打ちをした時から不満を抱いていたのだろう。
その拍手にはシェリルの行動と、彼らを一瞬に打ち負かしてしまったヴァンに対する称賛の意味が込められていた。
このように大勢の人間に囲まれることに慣れていないのだろう。ヴァンは無表情ながら、おろおろと視線を泳がせ、明らかに動揺していた。
シェリルはというと、リチャードが去ったことで安心したのか、そのままぺたりと地面に腰を下ろした。
「緊張した〜……」
気の抜けた声とともに、シェリルがふにゃりと笑う。
彼女の行動がきっかけで、ヴァンも動いてくれた。この場にいる上級生たちをも味方につけることが出来たと言っても過言ではない。
「まったく……。随分と無茶したね?」
「えへへ。気づいたら体が動いちゃって……」
アリサの言葉に、シェリルはふにゃりとした笑顔で照れながら答える。
今の彼女には、先ほどリチャードに啖呵を切っていた面影など、どこにもなかった。
「ま、そのケガじゃ腕試しどころじゃないよね。先に保健室に行かないとね」
「ケガ……? えっ、いたっ、いたたた……」
先ほどがリチャードに意識が集中していて、シェリル自身気づいていなかったのだろう。
リチャードに傷つけられた箇所へ、アリサに指摘された途端、遅れて痛みが走りだしたようだ。
その様子に、アリサは苦笑しながら肩をすくめた。
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