9話 パーティー結成


「シェーリル、なにやってんの?」

「わあ!?」


 痺れを切らしてしまったアリサが、シェリルの背後から声をかける。

 予想だにしてなかった友人の登場に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


 アリサの後ろから、クレインがひょこりと顔を出す。


「シェリルの目星をつけた人が気になってな。その人がそうなのか?」

「うん、そうだよ。昨日修練場で会った人なんだ。すっごく強いんだよ」


 シェリルから短い紹介を受け、アリサはどこか嬉しそうにヴァンの姿を見る。

 ヴァンに面識はなさそうだが、あの自己紹介でなにか彼女の琴線に触れるものがあったのだろうか。


 そんなアリサのことはさておき。

 クレインとアリサの顔をちらりと確認し、ヴァンが立ち上がる。


「突然で申し訳ないが、俺もパーティーに参加することになった。強さについてはなんとも言えないが、尽力しよう」

「そう堅くなるなって。俺はクレイン、こっちの子はアリサだ。俺たちもヴァンって呼んでいいか?」


 クレインの言葉に短く頷いたところで、無事にパーティーが完成した。


 どうやら、他の生徒たちもパーティーを組み終わったようだ。既に、レイフから資料を受け取っていた。


 シェリルも慌てて紙を取りに行くと、どうやらこの紙にパーティーに所属するメンバーの名前を書いていくようだ。


 クラスのみんなが紙を提出したところで、レイフから改めて説明が入る。


「来週、クラス内でパーティー対抗のトーナメント戦をやるからな。今日はこれで終わりにするから、各自親睦を深めるなり、鍛錬積むなり、好きにしてくれ。じゃ、また明日!」


 それだけ言うと、レイフはそそくさと教室から飛び出して行った。

 教室に残って談笑する者もいたが、教室を出て行く者の方が多く、レイフが口にしたトーナメントに備えて鍛錬をするべく、修練場へと向かうようだ。


「さて、私たちはどうする?」


 アリサの言葉に、三人は悩み込んでしまう。

 僅かな沈黙が生まれてしまうものの、意外にもその沈黙を破ってくれたのはヴァンだった。

 彼は「ふむ」と短く頷いて、言葉を繋げる。


「ひとつの意見として聞いてもらいたいんだが、俺たちも修練場へ行くのはどうだろうか? 今後パーティーとしてやっていくなら、互いの戦力を把握しておいた方が作戦を練りやすいと思うんだが」

「いいな、俺は賛成だ。一週間後のトーナメントに準備不足で負けたらかっこ悪いもんな」


 クレインの言葉をきっかけにシェリルとアリサも納得したところで、ヴァンの意見は無事に通る結果となった。


◇ ◇ ◇


「いやー、クレインが貴族だったなんてびっくりしたね」


 修練場へ向かう道中、アリサが何気なく口を開いた。


「別に隠してたつもりはなかったんだけどな」


 クレインはポリポリと頬を掻きながら答えているものの、やはりその表情は笑顔を浮かべているが、困っているようにも見える。


 クラスでの噂話のときといい、どうやらクレインはこのカイザー家の話題について、なにか思うところがあるのだろう。


「も、もしかして、アリサも貴族だったりして?」


 ぎこちなくはあるが、クレインから実家の話題を晒すべくシェリルが動いた。

 突然話を振られ、驚きからアリサが一瞬目を見開いた。


「私? 全然だよ、むしろその逆。小さい村の育ちだからそういうのは無縁だね。そういうシェリルはどうなのさ?」

「私は、ここから離れた場所でお父さんとお母さんと三人で暮らしてたよ。だから貴族の人とは縁がなくて。ヴァンは?」

「そうだな……。俺も似たようなものだ。ただ、貴族の生活に興味はあるな」


 ヴァンの願望にも似た言葉に、クレインは笑い飛ばして手をひらひらさせる。


「貴族っつっても、楽なもんじゃねえけどな……っと、ここみてえだな」


 話をしているうちに四人が着いたのは、ちょうど昨日シェリルとヴァンのふたりが使用した修練場だった。

 現在は日も昇っており、他の修練場も開放しているなかでなぜここを選んだのか。


 昨日鍵のかかっていた修練場は、特殊な状況を想定して建造されたものが多い。

 それこそ足場の悪い土地であったり、仮想敵が用意されていたりと、生徒のニーズに合わせてその種類は様々だ。

 修練場がひとつではなく、いくつも配置されているのはそのためだった。


 シェリルたちはそのなかでも、このシンプルな修練場を選んだ。  

 特殊な修練場には使用する際に申請が必要なことと、まずは遮蔽物のないところで動きの確認をしたい、というのが理由だった。


 だがそう考えるのは四人だけではなかったようで、修練場には多くの生徒が集まっていた。


「あちゃー、やっぱ結構人集まってんなあ」

「あ! あそこ空いてるよ!」


 到着早々、お手上げかと思われたがどうやらシェリルが場所を見つけたらしい。

 その指さす先は、隅の方ではあったものの四人で活動するぶんには問題はなさそうだった。


 場所を取られぬよう素早くそこへ移動し、早速四人はお互い声が聞こえる程度に距離を空けて円を組むように立つ。


「うし、早速〝武器召喚〟といきますか!」


 クレインの発した〝武器召喚〟という言葉。

 彼らが扱うのは魔法だけではなかった。昨日は練習用で木製の武器を使用していたが、本来であればそれぞれ固有の武器を使用する。

 ならば、剣や槍など装備していない彼らがどうするのか。

 

 だからこそ〝召喚〟なのだ。


 クレインが構えたと同時、輝きを放つ。

 その輝きが収まる頃には、両手には肘まで覆う金属製のガントレットが装備されていた。

 非常にすっきりとしたデザインの品だ。修練場の照明が、手入れの行き届いたシルバーカラーを光らせる。


「ウチの家系は代々己の肉体で戦うからな、近接戦にはちょっと自信があるぜ」


 ぐっと拳を握って見せ、アピールをするクレインを合図に三人も各々の武器を召還の準備をした。


「じゃあ、私も!」


 その言葉とともに勢いよく上げたシェリルの手に光が集まり、武器を形成していく。

 彼女の手に握られたのは、蒼き輝きを放つ両刃の剣だった。

 刀身は両刃で、彼女の腕ほどの長さだろうか。


「私の武器はこれ!」

 

 ヒュンっと。

 蒼い軌跡を描き振るわれたそれは、美しい音色を奏でる。

 剣の造形も含め、ひとつの作品のように洗練されたデザインは、思わず目を奪う。


 彼女の剣を見つめ、ヴァンが顎に手を添えながら顔を近づける。


「ふむ、中々の業物のようだな。これほどの品は、そう簡単には手に入らないぞ」

「この剣はね、入学前にお母さんからもらったものなんだ」


 言われて、ヴァンが興味津々といった様子でさらに近寄ると、ほんのりシェリルの頬が朱に染まった。

 三人に注目されていることもそうだが、ヴァンの顔が近距離まで迫っている状況に彼女は照れていたのだ。


「珍しさでいったら、私も負けてないよ?」


 シェリルに対抗するためか、はたまた彼女に助け舟を出すためか。

 今度はアリサが武器召喚の準備に入る。

 クレインと同様、両手に光が集まりそこから現れたのは二挺の黒いハンドガンだった。


「へえ、銃……しかも魔法銃か。俺も見るのは初めてだな」

「魔法銃?」


 今度はクレインがもの珍しそうに言うが、シェリルはその単語に覚えがなく首を傾げてしまう。


「そ、弾丸の代わりに魔力を打ち出す銃のことだよ。普通の銃みたいにリロードしなくていいから、隙を作らずに連射できるんだよ」

「そのぶん魔力のコントロールも大変なんだろ? 俺にはとてもじゃないが使えそうにねえや」


 クレインの言葉を受け、アリサは得意げな表情でクルクルと銃を回して見せる。


「では、最後は俺だな。俺の武器は──」

「あれえ? クレインじゃないか、こんな所でなにしてるんだい?」


 ヴァンが準備を始めたところで、四人の後方から声が聞こえる。

 どうやら、クレインに用があるようだ。


 振り返ればそこには、男ながら長めに伸ばした質のいいサラサラとした金髪。

 その動きに品が感じられて育ちの良さが窺えるところから、彼は貴族だと予想できる。

 その後ろにも三人の生徒がいる。おそらく、彼のパーティーメンバーなのだらう。


 ネクタイは、シェリルたちと同じ青色のものが巻かれている。

 そこから、同級生であることを察することはできるのだが、クレインの表情からはとても友好的な関係を築いてきた者とは思えない。


「よお、リチャード。お前こそどうしたんだよ?」

「どうって、挨拶に来たのさ。僕たち友人同士、こうして会えたんだから。それよりもさ、クレイン。君──」


 リチャード、と呼ばれた少年は長い髪を掻き上げる。

 すると、先ほどの柔和な笑みから一転、次にクレインを見るときには、その目はあの時と同様の目になっていた。シェリルが感じ取った、あの蔑みの目に。


「──中級魔法ぐらいはマシに使えるようになったのかい? 君より魔法ができない人、そう見かけないからねえ。僕は心配で仕方なかったよ。学園に入学して、周りからバカにされるんじゃないかなって」


 その言葉を聞きクレインは拳を握り締め、俯いてしまった。


 魔法には属性の他にも、それぞれランクが決まっている。

 下から下級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級魔法といった具合にわかれている。

 上へ行くほどに規模や威力も上がるが、当然難易度も上がる。


 最も難易度が低い下級魔法を扱えることは、魔法学園の入学にあたって絶対条件だ。

 

 貴族は魔法や剣に関して英才教育を受ける場合も少なくはなく、入学時点で中級魔法以上を習得していても不思議ではない。


 カイザー家の人間として生を受けたクレインも、例に漏れないのだろう。

 貴族同士で交流を持つ家庭も少なくはなく、クレインとリチャードが互いに魔法の実力を知っていたとしても、なんら不思議ではない。


 事実、クレインがいまだ何も言えないのは、リチャードの指摘が正確だったがゆえのことだろう。


「……ぼちぼちだな。それだけ言いに来た訳じゃねえんだろ?」


 クレインが無理矢理にでも余裕を保とうと笑みを浮かべて、声を絞り出すがリチャードは相変わらず表情を崩さない。


「簡単なことさ。この場所、僕たちに譲ってよ。弱い者が、強い者に場所を譲るのは当然だろう? それとも、今この場で戦って実力を証明でもするかい? 僕に一度も勝ったこともない〝カイザー家〟の君がさ!」


 言って、リチャードたちは笑う。

 教室に居合わせたときではなく、あえてこの場を選んだのはおそらくクレインに、より大きな屈辱を与えるためだろう。

 パーティーのみんなが揃うなかで、修練場に人が集まるこの場所で。


 リチャードのわざと張り上げた声が修練場に響き、周囲にいた生徒たちの注目を浴びる。


 クレインはただただ、悔しそうに顔を歪めて下を俯くことしかできなかった。

 言われていることが事実なだけに、なにもできずに言い返せない自分に腹が立ち、情けなかった。

 自分にもっと力があれば、とさえ思ってしまう。


 頭に響く下品な笑い声。周囲の冷めた視線。


 クレインの心にダメージを与えるにはじゅうぶん過ぎる材料と言える。

 そんな地獄のような光景に、少女の声が響く。


「これ以上、私の友達を侮辱するのは止めてもらってもいいですか?」

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