8話 クレインの秘密


 修練場で会ったときは常に涼しい顔をしていた少年だったが、現在の表情は非常に険しかった。

 手には生徒手帳が握られており、ぎこちない手つきで必死に操作をしているようだ。

 その様子を見るに、どうも彼はこういった道具を触るのが滅法苦手らしい。


 シェリルの中で、少年はなにをするにも、スマートにこなしてしまうイメージがあった。

 そのため、今の姿に実に微笑ましかった。


 しばらく操作をするうち、少年はどうやら諦めがついた様子。

 生徒手帳をポケットに仕舞い、どこか遠くを眺める。

 その表情にはシェリルの知る、あの無表情が戻っていた。


 憂いを含んだ少年の表情を見ていると、教室の扉が開かれた。


「よーし、お前ら席つけよ〜」


 気の抜けた声とともに、担任教師であるレイフが資料を小脇に抱えて教室へ入ってきた。

 その声は張っていなかったものの、彼が入った着後に術式が作動しただろうか。

 扉よりも離れた位置に座っていたシェリルにもよく届いていた。


 そんなレイフの声を聞いて、先ほど談笑していた生徒たちはそれぞれ席へと座っていく。

 レイフが壇上へ立つ頃には、全員が席についていた。


「全員いるみてえだな。よろしいよろしい」


 いつの間に確認していたのか、レイフは人数を把握しているようだった。

 どう見ても、のんびりと壇上へと向かっているように見えた。

 やはりそこは、魔法学園の教師といったところなのだろう。


「まずは自己紹介から始めっか。名前と扱える属性と……あとはなにか一言あれば適当に言ってくれ」


 レイフの言葉で、滞りなく自己紹介が進められていく。

 話し方から察するに一年A組は、砕けた物言いの生徒の割合の方が多いように見える。


 クラスに馴染めるかどうか密かに心配していたシェリルは胸を撫で下ろしたが、同時に気になることがひとつ。

 クラスの中でもちらほらと見かける〝貴族〟の存在だ。


 ──貴族。

 文字通り、多くの財を成した家系のことである。


 事業に成功した者、武勇が評価された者。

 多少の違いはあれ、己の実力で地位を獲得した者たちだ。

 彼らは平民と比べて裕福な暮らしをしているぶん、高慢な性格の者も少なくないと聞いたことがある。


 まだ貴族と会ったことのないシェリルとしては、その部分が不安であった。

 しかし、自己紹介を聞いているぶんには確かに品のある動作、言葉遣いで話す者も中にはいたが態度の悪い者はいないように感じられた。


(でも、緊張はするなあ……)


 まだ、話したこともない存在。正直、安心するには情報が足りない。

 意外と話してみればなんとでもなるのかもしれない、と気持ちを改めシェリルは再びクラスメイトたちの自己紹介に集中する。


(次って……)


 シェリルが考えごとをしている間に順番もそこそこに進んでいた。次はあの、銀髪の少年に迫っていた。

 ひとつ前の気さくな少女の自己紹介も終わり、少年はすくりと立ち上がる。


「ヴァン=ギルバート。扱う属性は風。……以上だ」


 銀髪の少年──ヴァンは、簡潔に自己紹介を済ませた。

 属性を告げた後になにか言い残すことがあったのか、不思議な間が空いた。

 そこに本人も動揺してしまったのだろう。

 ガタガタと大きな音を立てて座ってしまい、ヴァンは逆に目立つこととなってしまった。


 そうこうしている間に、残りは三人だけとなっていた。

 その最後のメンバーのうちのひとり、シェリルの番がやってきた。


「シェリル=ローランド、属性は水です! よろしくお願いします!」


 元気満点、勢いよく頭を下げると自然と拍手が巻き起こった。

 ちゃんと自己紹介ができたことにシェリルはひとまず安心した。


 すると、今度は横のアリサが立ち上がる。


「私はアリサ=フロリア。属性は雷だよ。よろしくね」


 短く纏められた彼女らしい自己紹介を終え、アリサは腰を下ろす。


 次はクレインの番だ。

 気のせいだろうか。普段は爽やかな笑うクレインの表情には、わずかに曇りの色が浮かんでいた。

 しかし、立ち上がるころにはいつもの笑顔に切り替えていた。


「俺はクレイン=カイザー、属性は地だ。みんなよろしくな!」


 クレインらしく、元気で明るい挨拶。

 そんなクレインとは一転、クラスの反応は様々だった。

 シェリルが最初に引っかかった疑問。

 クレインの姓〝カイザー〟。

 それに対して珍しいものでも見るような視線を送る者、憧れや驚きの視線を送る者。

 ──そして、蔑みの視線を送る者もいた。


 その一部の人間からだろう、ひそひそと話し声も聞こえてきた。


「カイザーって、あの……?」

「他に同じ名前のやついないでしょ、すごい奴と一緒のクラスになったなあ」

「ということはあの人の……」


 あの人という言葉にシェリルは耳を傾ける。

 そこでシェリルはなにか思い出したようでハッとする。


 貴族のなかでも特に優れた財と武の両方を兼ね備えた、この国におけるトップクラスの家系。それがカイザー家だ。

 これまで数多くの実力者を輩出しており、その多くの者が偉大な活躍を成し遂げている。

 なかでも現カイザー家当主アベル=カイザーは歴代最強とまで謳われている。

 その武勲が評価され、若くして王国の盾──国立魔導団の団長を務めている男だ。


 この国で生活する者なら、その名を知らない者はいないだろう。

 生徒たちの噂が本当だとすれば、クレインは魔導団団長の息子ということになる。


(クレインってとんでもない人じゃん!)


 初めて自己紹介をされたときに、なぜそんな大ごとに気がつかなかったのか。

 改めてシェリルは自分自身を呪う。

 どうやらアリサも気がついていなかったようで、クレインを不思議そうに見つめている。


 しかし、話題の中心になっているクレインの表情は浮かないものだった。

 自己紹介の前といい、どこか元気がない。


「クレイン、大丈夫?」

「あ、ああ。悪いな」


 シェリルが気になって声をかけてみたが、クレインから返ってきたのはぎこちない答えだった。

 浮かべる笑みも、シェリルたちを安心させるために無理に作っているようだ。


 まだざわつきの収まらないなか、レイフがぱんっと手を叩く。


「これで一通り自己紹介も終わったな。俺はレイフ=ベルナー、属性は雷。これからよろしくな、っと」


 レイフは間を空けて、入室時に持ってきた資料を取り出した。


「もう知ってると思うが、四人一組のパーティを作ってもらう。このクラスなら、ちょうど八組できるはずだ。組めたところから、この紙を取りに来てくれ」


 レイフの言った通り、一番最初のイベントとしてこのパーティー決めというものがある。

 魔法学園の生徒たちは、学園を卒業した後は魔導団へ入団するのが基本的な流れになっている。

 そして、魔導団へ所属をすると人数にバラつきこそあれど、団体行動が基本とされているのだ。


 そのため学生のうちから集団行動を習慣にしておこう、という目的のもと行われているのがパーティー決めなのだ。

 先ほど自己紹介をしたのも、パーティーを組むための判断材料にするためだ。


「……さて、と。私とシェリル、クレインで三人組はできるけど、あとのひとりはどうしようね? ふたりともアテはある?」


 アリサの言葉にクレインが肩をすくめ反応をしている間に、シェリルは頷き席を外した。 


 向かう先は当然、ヴァンの座る席だ。

 どうやら彼もパーティーを組むアテが見つかっておらず、辺りをキョロキョロと見回してどこか落ち着かない様子。

 そうしているうちに、ヴァンもシェリルの存在に気がついたようだ。


「お前は昨日の……」

「うん、昨日はごめんね。帰りがけ変な雰囲気になっちゃって」

「大丈夫だ、俺は気にしていない。どうも俺は口下手でな、気の利いた言葉でもかけられたらよかったんだが」


 どうやらヴァンは気にしていなかったようで、シェリルは昨日から抱えていたもやもやが晴れ、思わず笑みが零れる。

 安堵からくる笑みを浮かべるシェリルとは対照的に、ヴァンの表情は真剣そのものだった。

 なにか大切なことを決心したような、そんな表情だ。


「それより、お前に頼みたいことがあるんだが……」

(そ、そうだ! 私もお願いしたいことがあるんだ!)


 目的を達成して落ち着いたが、本題はここではない。

 シェリルにはまだ重大な任務が残っていたのだ。


「良かったらお前のパーティーに入れてもらえないか?」

「良ければ、私たちのパーティーに入らない?」


 それは、タイミングにしてほぼ同時。

 ふたりとも同じ内容だったため、シェリルとヴァンは互いの顔を見て思わず笑ってしまう。

 昨日のヴァンを見たからだろう。口元を僅かに緩めるだけだったが、ヴァンがこのように表情を崩していることがシェリルは嬉しく思ってしまった。

 ひとしきり笑うと、ヴァンから次の言葉を繋いだ。


「ああ、喜んで入らせてもらおう」

「うん、よろしくね。ヴァン」

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