4話 銀髪の少年
その後三人で探検を再開したシェリルたちは、しらみつぶしに各教室を探索しよう、という話になった。
ただ、教室の数が数だ。移動するだけでもかなりの時間を費やすこととなった。
途中、食堂で昼食休憩を挟みながら行動し、時間はあっという間に過ぎていった。
ひとしきり満足するまで探検をし終えた頃には、日が傾き、空を橙色の光が包み込んでいた。
まだ三人とも荷解きができていない、ということで食材の調達がてら市場で夕食を済ませ、一旦は解散ということになった。
シェリルとクレインは連絡先の交換を済ませ、三人はそれぞれ自室へと戻っていた。
荷解きとはいっても、設備自体はもともと揃っており、シェリルにとってはキャリーバッグの中に詰めてきたものを部屋に配置するだけだったのだが。
そのため、荷解きはシェリルが想定していた以上に早く終えられた。
そして現在。
一日の疲労を流すために入浴を済ませたシェリルは、髪を乾かしつつ、カーテンレールへかけていた制服へと目をやる。
「いよいよ、明日からなんだよね」
自分に言い聞かせるように、ぽつりと呟く。
ついに、魔法学園での生活が始まる。
実力のあるものはどんどんと評価されていく。
あまり自分と人を比べることが得意ではないシェリルであったが、今はそんなことを言っていられない。
むしろ今日出会ったクレインとアリサのふたりに置いていかれないようにしなければ、とやる気になっていた。
そして現在時刻は夜の八時。
日は暮れているものの、明日の入学式が始まるのが朝の九時だ。いかんせん、眠るには早すぎる。
「あ……」
ふと。
シェリルは時間の都合上、あまり見ることができなかった施設の存在を思い出す。
修練場。
体を動かし、実際に魔法や武器による技を磨く場所だ。
眠れないのならば、ここで体を動かせばいいのでは、という考えに至った。
シェリルはこの日、校舎棟と学生寮の往復をして体力もかなり消耗していたが、込み上げてきたやる気でそれは既に吹き飛んでいた。
一度決断してからのシェリルの行動は早かった。
急いで髪を乾かし、勢いよく立ち上がる。
幸い寝間着にチョイスしたのは、白のTシャツにハーフパンツ。実に動きやすい装いだ。
ラフな服装ではあるものの、この時間ならば人に遭遇することもないだろう、と考えたシェリルはそのまま部屋を出た。
◇ ◇ ◇
学生寮を出て、シェリルは修練場を目指す。
修練場は校舎棟ほどの距離ではなく、ちょうど学生寮と中間に設立されている。
建物自体は学生寮の大きさに比べればやや見劣りはするものの、それでも立派な木造の建造物だった。
魔法や武器の鍛錬をするぶんには、なんの問題もないだろう。
同時に大勢の生徒が利用することが想定されているのか、近隣には似た建造物がいくつも配置されていた。
そして現在、この場にいるのはシェリルのみ。
どこの修練場を利用するか、選びたい放題だった。
うきうきしながら足を進める彼女だったが、次第にそのペースは落ちていった。
「うーん、やっぱり変な時間に来ちゃったかも。出直した方がいいかな……」
やはり、というべきか。
時間が時間だったため、ほとんどの修練場には鍵がかかり入場できなくなっていた。
やや諦めモードに入っていたシェリルだったが、そのまま捜索を続けていると一箇所だけ明かりのついている修練場があることに気がついた。
パタパタと近づき窓を見てみるとどうやら生徒がひとり、鍛錬をしているように見える。
自分と同じくこの時間でも鍛錬を重ねている生徒がいる。
その事実に、わずかに安堵したシェリルは吸い込まれるように修練場の扉を開けた。
建物の内部へと足を踏み入れると、外で見るよりも、なかの空間はシェリルが想像していた以上に広かった。
明るい色調の木造の空間は、魔法を扱う場所ということで広く設計されているようだ。
数十人程度ならば、問題なく入ることができるだろう。
実技の授業を行なう際にはこの修練場を使用するとのことだったが、ここならば仮に生徒同士で思いっきり戦ったとしても問題なさそうだ。
「はわー……」
シェリルの口から、ほうけた声が漏れる。
通ううちに慣れるであろうこの場所も、最初のリアクションとしてはこのようになってしまうだろう。
そうして近づいていくうちに、先ほど窓から見えた人物を視界に捉える。
その姿は、少年だった。
全体的に長い銀糸のような髪は無造作に立たせていたがそれでも綺麗、とさえ思わせるものだった。
端正な顔立ちと相まって、誰もが目を奪われる容姿と言ってもいいだろう。
背は大体この年頃の少年たちと比べて平均か、やや下ぐらいか。
制服はクレインのように着崩していないが、しかしネクタイが巻かれていなかったため学年まで把握することはできなかった。
ふと。
少年がシェリルの存在に気づき、宝石のような黒い瞳を向けてきた。
「──すまない、気がつかなかった。先に使わせてもらっている」
鍛錬用のものだろうか。木製の剣を肩に担ぎながら、淡々と放たれた少年の言葉。
その動作ひとつをとっても洗練されており、シェリルはつい目を奪われ、言葉を発することさえ忘れてしまった。
どうやら少年もシェリルの反応を待っているのか、そのままの姿勢を貫いていた。
まさに、睨めっこ状態。しばし無言が空間を包んだ。
流れに身を任せていたが、流石にこのままではまずい、と思考を切り替えてシェリルが口を開く。
「い、いえ! 私も鍛錬をしに来ただけなので気にしないでください!」
少年の落ち着いた雰囲気は上級生だからこそ、と判断したシェリルは敬語で話すことにした。
シェリルの言葉を聞いて、少年は顎に手を当てて考え込んだ。
なにかいけないことを言ったしまったかな、とシェリルが次の言葉をかけようとした瞬間、少年の口がゆっくりと開いた。
「ならば、俺の剣の相手になってくれないか? 日課とはいえ、ひとりでは味気なくてな」
それは意外な言葉だった。
シェリルは少年の邪魔にならないよう、離れた場所でこっそり鍛錬をしようと思っていた。
少年はこの場で鍛錬を重ねることを日課、と言った。この場には何度も訪れ、日々剣を振るっているのだろう。
そんな少年から学べるものは、少なからずあるのではないか。
ならば、シェリルに断る理由などなかった。
「ぜひ! ……あっ」
そこでシェリルは気がつく。
少年が持っているような、木製の武器を持ち合わせていなかったことに。
それに気がついたのか、少年は持っていた木剣を腰のベルトへと差した。
無言のままスタスタ歩くと、シェリルのすぐ近くにあったドアを開く。
そのまま奥の空間へと足を踏み入れ、ガサガサと物音を立てること十数秒。先ほどと変わらぬ無表情で帰ってきた。
少年は両手で抱えた大きな箱を、シェリルの足元へ下ろす。
軽々と運んできたが、相当な重量なのだろう。どすん、と重く響くような音が修練場に響いた。
シェリルが不思議そうに箱を覗きこむと、そのなかには全て木製だったが剣や槍、斧や刀など様々な武器が収められていた。
修練場では、このなかから己に合った武器を探して出して扱うのだろう。
そのなかから、シェリルは少年と同じく木剣を取り出す。
「じゃあ、私もこれにします。 用意してくださってありがとうございます」
「気にしなくていい」
少年はすぐさま一定の距離を置き、ベルトから木剣を抜く。
よほど楽しみだったのか、一連の動きは非常に素早かった。
感情の起伏が乏しく真偽の程は不明だが、微笑ましい行動だった。
彼に倣って、シェリルも木剣を構える。
「では、どこから来てもらっても構わない」
完全に、シェリルに胸を貸すつもりなのだろう。
少年の構え方は非常に自然で肩の力が抜けていたものの、一切の隙が感じられなかった。
いつでも迎え撃つ準備はできているようで、先ほどの言葉を疑う余地はなかった。
とはいえ、少年のレベルは未だ未知数。
打ち合ってみないことには、その実力を測ることはできない。
シェリルは一気に距離を詰めて、勢いをそのままに木剣を振り下ろす。
スピードと体重の乗った、渾身の一撃。
「……!」
しかし、それは届くことはなく。
少年の頭上で、彼の木剣によって阻まれたのだ。
シェリルは両手による全力の一撃。
しかし少年は片手で軽々と受け止め、微動だにしていない。
その表情は先ほどと変わらず涼しげで、全くもって余裕だ。
かちあげ、シェリルの木剣を弾くとそのまま力任せに横薙ぎに振るう。
ギリギリで体勢を戻し、シェリルは木剣を構え直して防御の体勢。
「……ッ!」
剣と剣がぶつかり、シェリルの腕へ伝わる衝撃。
片手で振るわれたにも関わらず、その力はとても受け切れるものではなかった。
シェリルはそのまま、吹き飛ばされてしまう。
少年は追撃をする様子がなかったため、一度呼吸を整える。
「ふー……」
シェリルとて、剣の鍛錬を怠っていたわけではない。
学園へ入学するまでの間彼女なりに鍛錬を重ねていたので、それなりに自信があった。
全力で振るっても簡単に受け止められ、おそらくそこまで力を込めていない一撃であっても、受け止めることすら困難。
技術云々は置いたとしても、圧倒的に腕力の差がある。
そこからくる、少年との力の差は歴然だ。
それでも、シェリルは退く気はなかった。
まだほとんど打ち合っていないため、少年からは何も盗むことはできていない、ということもある。
シェリルは木剣を握る手に力を込め直し、少年へと攻撃を仕掛けた。
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