3話 学園探検隊

 

 再び歩き、三人は校舎棟へとやってきた。

 同じ道のりだったが、探検に対するわくわくパワーのおかげだろうか。

 今回のシェリルの足取りからは、ほとんど疲労の色が感じられなかった。


 ちなみに、クレインとアリサはこの距離を歩ききっても涼しい顔をしていた。

 アリサに至っては、最初に同じ道のりを歩いたときにも疲れを感じていないように見えた。

 やはり鍛え方が違うのか。

 はたまた、アリサもわくわくパワーなのか。


 シェリルが思考を巡らせていると、クレインがポケットのなかから綺麗に折られた紙を取り出す。


「さて、と。どこから行くか」


 クレインが開いた紙は、校舎棟の内部を大まかに記した地図だ。

 地図には絵だけでなく、簡単な解説文も添えられていた。


 ある程度興味の向かう場所は絞れるわけだが、それでも教室の数が非常に多く、どこから行こうか迷ってしまうほどだった。


「じゃあ、一年生の教室に行ってみようよ! どんな所で授業があるのか気になるなあ」

「私もシェリルに賛成。最初は教室に行ってみたかったんだよね」

「そうするか。ここから結構近いみたいだしな」


 クレインの言葉で三人は、校舎内へと入っていく。


 足を踏み入れてすぐ、シェリルたちは学生寮に続き、再び驚くこととなった。

 予想はしていたが、校舎の内部も豪華な造りとなっていた。


 高い天井に、大理石が敷き詰められたピカピカの廊下がひたすら続いており、左右にはいくつかの扉が設置されていた。


 扉のついていない対面の壁には日光が差し込むよう、花を模した装飾があしらわれた巨大な窓がついていた。

 気持ちの良い春の陽ざしのおかげで、室内でも非常に明るい。


 地図によれば、一階に一年生の座学を行なう教室があるそうだ。

 上の階へいくごとに二年生、三年生の教室があり、更にその上の階には教員が集まる部屋が用意されていた。


 そしてここはあくまでも座学の場所。

 校舎棟とはべつに、魔法による実戦授業のための修練場まで完備されているらしい。

 それだけ、魔法学園で優秀な魔法使いを育てることに力を入れている、ということだろう。


「やっぱり、中も広いなあ」

「だね、流石に気合が入ってるわー。こりゃ、ふざけて授業は受けられないね」

「アリサ、授業は真面目に受けないとダメだよ?」

「だってさー。大人しくお勉強、だなんて性に合わないんだもん。せっかくだから、体動かしたいよ。クレインもそう思うでしょ?」


 まるで仲間を求めるように、クレインを道連れにしようとしたアリサ。

 しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。


「体を動かすのは好きだが、べつに勉強は嫌いじゃねえぞ?」

「なんだー……つまんないの」


 結局、アリサはクレインとシェリルに挟まれる形になってしまい、がっくりと項垂れてしまった。

 そんなアリサの肩をシェリルがぽんぽん叩き、申し訳程度になだめつつ、三人は両開きの扉の前で足を止めた。


「勉強が苦手でも、教室を見ればやる気出るかもしれねえぞ?」


 言いながら、クレインが扉を開けた。

 足を踏み入れると、ちょうど三人の正面から扇状に空間が広がっていた。


 五〇人程度なら、問題なく入ることができるだろう。天井も高く、面積以上の広さを感じさせた。

 長い机とそれにセットとなった長椅子がいくつも設置され、正面に向けて階段のように段差になっていた。

 ちょうど、扇形の面積が最も小さくなる地点。そこには、教壇と黒板があった。


 教室の造りから、後ろの生徒まで黒板は見えるだろうが、教師の声が聞こえるのか疑問に思ってしまう。


 しかし、ここは魔法学園。

 先ほどシェリルたちが利用していたエレベーターのように、なにか特殊な術式を練りこんだ道具や、声を届かせる魔法を使って授業をするのだろう。

 ここまでくれば、なにがあっても不思議には思わない。


 学舎としては申し分なし。

 この空間に、シェリルとクレインのふたりは目を輝かせて喜んでいたが、どうやらアリサはお気に召さなかったようで。


「わー、やっぱり体動かすスペースはなさそうだよねえ……。広いことには広いんだけど」

「座学のときに動き回ってちゃ、授業にならねえだろ?」

「そうだけどさあ……」


 クレインの言葉が正論であるが故に、アリサは口を尖らせてふてくされてしまった。

 どうやら彼女は座学のように、退屈なことには滅法弱いらしい。

 なんとか元気を取り戻せないかと、シェリルは考えを巡らせる。


「ま、毎日通うことになるんだし、きっとそのうち慣れるよ! それに、毎回座学なわけじゃないしっ」


 小さな両拳を握り、説得の文言を並べるシェリル。

 どうやらそれはアリサに響いたようで、再び不敵な笑みが戻る。


「それもそっか。だったら、戦闘学のときには動けない鬱憤うっぷんを一気に晴らさなきゃだ」


 物騒な発言をしているが、一旦アリサの機嫌が直ったようでほっと胸を撫で下ろすシェリル。


「お? お前ら、こんな所でなにやってんだ。授業は明日からだぞ」


 ふと、扉の方角から声が聞こえてきたので慌てて三人が振り返ると、そこにはひとりの男性がいた。


 もしゃもしゃとパーマのかかった濃い茶色の頭髪、若干垂れた目元。猫背気味の姿勢から全体的に気だるそうな印象を受ける。

 着用したグレーのスーツと、小脇に抱えた資料がなければ教師と判断するのは難しかっただろう。


 入学式前に探検をしていたことを言及されるのでは、察したシェリルは慌てて男性の前へと移動した。


「すみません! 入学式が明日からっていうことは知ってたんですけど、学園のことが知りたくて探検してたんです……」

「ははーん、そういうことか。ま、べつに謝ることねえよ。 俺が学生の頃はみんなよくやってたし、教師にイタズラする輩もいたからよ」

「はあ……」


 シェリルの謝罪に男性は飄々と答え、そのまま三人の顔を見ると、何やら自分の手に持った資料を指差すジェスチャーをした。


「そういやお前たち、もう生徒手帳はもらってんだよな? クラスはどこなんだ?」


 そういえば、と思い出したように三人はポケットにしまっていた生徒手帳を手に取る。


 この生徒手帳には、様々な情報が内蔵されている。

 生徒同士での連絡はもちろん、学園に在籍する上で必要な情報は全て詰まっている。

 そのひとつが、生徒の情報だ。

 生徒個人を識別するIDや自分がどのクラスに在籍しているのか、ということもわかるようになっていた。


 三人が生徒手帳を見比べてみると、どうやら三人全員同じクラスで、一年A組のようだ。

 そのことを伝えると、男性は嬉しそうに笑った。


「つーことは、三人もれなく俺のクラスだな。 よろしく頼むぜ。……っと、そうだ。ここで会ったのもなにかの縁だ。よかったら、俺が学園を案内してやろうか?」


 男性からの意外な言葉に、三人は驚いた。

 現状、地図に記載されている情報のみで学園内を探検していたわけだが、男性がこの学園の教師ならば地図に載っていない解説や裏話なども聞けるかもしれない。


 探検という定義は失われてしまうが、ある意味貴重な体験ができるのではないだろうか。


「ぜひ、よろしくお願いします!」

「よしきた! 三人とも、俺についてこい!」


 男性の誘いを断る理由が、どこにあるのだろうか。

 シェリルの元気な返事で更にやる気が出たのか、声高に男性が扉の外へと足を踏み出した瞬間だった。 


 歩みを始めたはずの男性の足は、僅か一歩で止まってしまった。


 咄嗟のことに反応ができずに、シェリルは男性の背中に思いっきり額をぶつけた。

 何事かと思い、額をさすりながら男性の背中から体を横にずらす。


 そこには、受付でシェリルへ資料を渡してくれた女性がいた。

 理由はわからないまでも、怒りを露わにしていることだけは伝わってきた。


「レイフ先輩! なにやってるんですか!」

「お、おうユーリじゃねえか。こんなところで会うなんて奇遇だな」


 レイフ、と呼ばれた男性教師は目の前の女性──もといユーリへ向けて歯切れ悪く返す。

 彼女の姿を目の当たりにしてから、どうもレイフの様子がおかしい。


 明らかに、やましいことを隠している。

 レイフは、頬にうっすらと冷や汗を浮かべ、なにかを思い出したかのように三人の方向へ振り返る。


「わ、わりぃ! そういや、自己紹介がまだだったな。 俺はレイフ=ベルナーってんだ。 ほら、ユーリも」

「は、はい。私はユーリ=カロッサといいます。生徒さんを受け持つことはないですが、皆さんの学園生活をサポートしています……ってそうじゃなくて! 自己紹介も大事ですけど、今はそれどころじゃないんですよっ!」


 ふたりの自己紹介に軽く挨拶を返そうとした三人だったが、ユーリのキレのあるツッコミにたじろいでしまう。


 危うくレイフのペースに流されかけてしまったために、ユーリ自身、自然と発する言葉に熱が入ってしまったようだ。

 生徒の前で取り乱してしまったことを少し恥じるように、咳払いをひとつ。


「し、失礼しました……。 それよりレイフ先輩! 理由はどうあれ、あなたにはたくさんお仕事が残ってるんですからね!? こんなところで遊ばれては困ります!」

「人聞き悪いこというなっての。今からこいつらに学園の中を案内すんだ、べつに遊んでるわけじゃねえよ」

「あなたにしてはまともな理由ですけど……」


 ちらり、とユーリは三人へと視線をやる。

 表情から察するに、レイフが嘘をついていないか判断をしたいのだろう。

 こういうとき、どう対応したらいいのかイマイチわからない。迷った末に、シェリルはユーリへ向けてふにゃりとした笑みを送った。


「つーわけで、俺はもう行くぜ〜」

「それでも、ダメなものはダメです! あなたがサボると、他の教員にしわ寄せがいくんです! 主に私ですけど!」


 シェリルとユーリが視線を交わすなか。

 なんだかんだと屁理屈を並べて、職務から逃れるべくレイフが足を動かす。


 しかし、ユーリがそんなことを許すはずもなく。

 レイフの襟元をガッチリと掴み、そのままズルズルと引きずっていった。

 彼女の、細くしなやかな腕からは想像できない怪力っぷりを発揮している。


「皆さんすみません、この人借りていきますね」

「仕方ねえな……。悪い、お前ら。そういうことだから、案内はまた今度な」


 申し訳なさそうなユーリと、対象的に特に気にしてなさそうなレイフ。

 まるで嵐のようなやりとりを、三人はただただ乾いた笑みを浮かべて見守る事しかできなかった。


「……学園の先生って、なんだか大変だねえ」


 少し間を置いて呟かれたアリサの言葉に頷くふたり。

 レイフの学園案内を期待していただけに、なんとも言えない空気が流れる。


「ま、まあ、仕事なら仕方ねえよ。俺らは俺らで、探検を続けよーぜ」


 苦し紛れのクレインの言葉ではあったが、空気を変えるにじゅうぶんだった。

 ふたりの頷きを確認して、再び学園内探検隊は再開された。

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