2話 彼は何者?
それからしばらくして。
シェリルとアリサが学生寮の前まで到着したのは、受付会場を出発して一五分が経過した頃だった。
到着した学生寮は、天を突き刺すのではないかと思うほどに聳えていた。
この頂上からは、サリーレの街が一望できるのではないか、と思わせるほどの建造物だった。
あまりの迫力に、再びシェリルが口を開けて呆然とする。
相当距離が離れていた受付から学生寮が見えていたのだから、おおよその全体像を予測していた。
とはいえ、まさかこれほどとは。
衝撃により、これまで感じていた疲労が一気に吹き飛んでいた。
「ほーら、シェリル。 早くしないと日が暮れちゃうよ?」
「う、うん!」
再びシェリルが建物に見惚れていたため、アリサからのお言葉が入り、慌てて学生寮の中へと足を踏み込む。
先を進んでいくアリサに置いていかれまいと、横目に確認するだけだったが、エントランスも建物に見合った広々とした空間だった。
豪華な椅子やテーブルが並んでおり、あの椅子に座ったらふかふかで気持ち良さそうだろうなあ、とシェリルが考えている間に扉の前についた。
アリサが扉の横についていた上向きの矢印が描かれた丸いボタンを押すと、扉の中から重々しい音が響き数秒後に開いた。
扉の中は、一〇人程度なら余裕で入れる長方形の空間が広がっていた。
その空間の中にもやはり煌びやかな装飾が付いており、こんなに細かい箇所も豪華にするんだ、とシェリルは驚きつつも空間の中へと足を運んでいく。
「そういえば、シェリルって何号室だっけ?」
アリサの言葉を聞いて、シェリルが先ほど受付でもらった部屋の鍵を手に取る。
「六〇八! アリサは?」
シェリルが鍵についているキーホルダーに記載された数字を読み上げると、アリサの口元が緩んだ。
「お、私は六〇七だからお隣さんじゃん。 これもなにかの縁かもねえ」
アリサは嬉しそうに、空間の壁面についていたボタンを押した。
そして扉が閉まると同時、体の内に響くような音と重力感とともにふたりを乗せて上昇していった。
シェリルが書類に目を通すと、この機械は〝エレベーター〟というのだそう。
雷の術式が組み込まれ、それを動力源にして動いているものなんだとか。
ちなみに、この箱の中はシェリルたちの手元が見えるほどに明るく照らされていた。
これにも、雷の術式が組み込まれた装置を使用しているからなんだとか。
ほんの数秒間浮遊感を味わっているとチン、と目的地への到着を知らせる音が鳴る。
それと同時に扉が開き、ふたりはエレベーターから降りた。
扉の先、壁を挟んで廊下が一直線に道が並んでおり、壁には等間隔でドアが設置されていた。
おそらくこれが寮の部屋だろうか。
ふたりは、ドアにつけられた番号を頼りに足を進める。
「じゃ、一旦ここでお別れかな」
六〇七の部屋の手前、足を止めアリサが告げる。
「うん。じゃあ……一五分後、エントランスで会う?」
シェリルの言葉に軽い返事をし、アリサは部屋の中へと入っていった。
探検の楽しみを胸に、シェリルもドアノブに鍵を差し込み、軽く捻る。カチッと小さく音が鳴り、解錠の合図が耳に届く。
そしてシェリルが部屋へ足を踏み入れると、再び驚くこととなった。
「まさかとは思ってたけど……」
部屋を見渡せばシンプルな造形ながら、人ひとり生活するにはじゅうぶんすぎるスペースが広がっていた。
家具をはじめ、生活に必要な物も既に完備されており、身ひとつでやってきたとしても問題なく過ごせるだろう。
部屋の中を歩くだけでも、じゅうぶんすぎるほどに楽しい。
ウキウキしつつ部屋の中を探索していたシェリルは、あることに気がついた。
生活必需品は揃っているものの、どうやら鮮度を保てないためか、食材は用意されていないらしい。
「ご飯、どうしようかな……あ!」
ここは中心都市。
なおかつ、この日は魔法学園の新入生が入学の準備をする日。
シェリルをはじめ、各地から学園を目指す者が多いこと、そして将来の魔法使いたちの背中を押す、ということで市場が賑わっていた。
様々な料理を販売している出店が所狭しと並んでおり、シェリルの視覚や嗅覚を刺激するものばかりだった。
そして、気前のいい店主の声に誘われて肉や野菜が刺さった串料理を購入し舌鼓を打っていたところ、その横で調理される前の食材も販売されていたことも思い出す。
「学園の探検が終わったら、アリサを誘って食材の買い出しをして……」
この後の予定をシミュレーションするなかで、シェリルは部屋に備えつけられていた時計に目をやる。
ちょうどこの部屋へ来た時間が一〇時半、そして現在時刻が一〇時四〇分。
部屋の中を探検しているうちに、一〇分と言う時間はあっという間に経過していた。
集合時間を提示しておいて遅刻をする訳にはいかない、とシェリルは慌てて部屋を飛び出した。
◇ ◇ ◇
シェリルが慌てた様子でエントランスへ向かうこと数分。
無事目的地に到着したシェリルは、アリサらしき人影を見かけ、歩くスピードを速めた。
「ごめんアリサ! 待たせちゃったよね?」
「全然。私も今ついたとこだし、いい退屈しのぎができたから大丈夫だよ」
そう言いながら、アリサが自身の隣をくいくいと親指で示す。
シェリルが首を傾げ、不思議そうに視線を向けるとそこには制服に身を包んだ少年が立っていた。
短く切られた金髪は全体的にツンツンと逆立て、前髪は中央部分のみ持ち上げており爽やかな印象を受ける。
女の子にしては長身なアリサよりも、さらに身長が高い。
すらっとしていたが細すぎず、しっかりと引き締まった体型をしていた。
制服は男子生徒用のもので、黒を基調としたブレザーとズボンを着用している。
白いシャツのボタンを上ふたつ外し、緩めに巻かれたネクタイが青色であることからシェリルたちと同じく新入生であることが窺えた。
少年は綺麗な
「俺はクレイン=カイザーだ、よろしくな。……っと」
「私はシェリル=ローランド! こちらこそよろしくね。……えっと、彼はどうしたの?」
差し出された手を咄嗟に握り、握手の動作を取ったシェリルであったが、クレインなる少年がこの場にいる理由を聞いていなかった。
シェリルの素朴な疑問にアリサは手をひらひらさせて答える。
「クレインとは部屋が向かいでさ、なんやかんやあって成り行きでね」
「それじゃ伝わらねえだろ……」
ため息を漏らし、クレインが一歩前に出る。
「俺も学園内を探検したくてさ。んで、アリサも学園探索するって話を聞いたんで、一緒にどうかなって思ったんだが……邪魔しちまったか?」
「全然そんなことないよ! 一緒に回れる人が増えて私は嬉しいな」
申し訳なさそうにするクレインに、シェリルはブンブンと首を振り否定する。
突然のことではあったが、元々知り合いと呼べる人間がいなかったシェリルにとって、同じ一年生の知り合いが増えることはありがたい話だった。
しかし、シェリルの中では疑問符がぐるぐると頭の周りを回っていた。
クレインの姓であるカイザー。
シェリルはその名にどこかで聞き覚えがあったがいまいち思い出せずにいた。
当然クレインとは初めて会ったし、そう思うのも不思議な話ではあるが。
ひとり悶々とするシェリルにアリサが気がつき、顔を覗き込む。
「シェリル? どしたの、そんな悩みこんじゃって」
「……え? う、ううん、なんでもないよ。それより、早く探検に行こうよ!」
「だな。もたもたしてると、あの道を往復するだけで日が暮れちまう」
クレインの言葉で、足を進める三人。
これでいよいよ、探検のスタートだ。
(誰か違う人と勘違いしてるかもだよね。もし聞いたことあったら、そのうちわかるかもしれないし!)
シェリルは自分の中に湧き出た疑問を一旦保留、と言う形で解決する方向にした。
この疑問がこれからの冒険の楽しみに上書きされたということもあるのだが。
ちなみにこの保留が、のちにシェリルの中でも上位の衝撃を生むことをまだ本人は知るよしもなかった──
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