イクシードフェイト~輪廻の王と絆の剣~

八雲太一

1章

1話 サリーレ魔法学園


「わー……」


 キャリーバッグを片手に、少女がひとり。

 口をぽかんと開けて遥か上空にそびえ立つ巨大な門を、茶色の双眸そうぼうで見上げていた。

 門をくぐった先には、それを遥かに超える巨大な建造物が建っている。

 眼前の迫力に少女は意識を奪われ、先へ進む足が思わず止まってしまった。


「すごいなあ……」


 誰に向けるでもなく、少女は感嘆の声を漏らす。

 小柄な少女より遥かに高いこの建造物を見れば、そのような反応をするのは自然なことだろう。

 注視しなければ分からない程ではあるものの、彼女が浮かべる感情の中には喜びの色も混ざっていた。


 ──ふと、一陣の風が吹く。


 癖がなく、肩まで伸びた少女の茶髪が揺れる。

 柔らかい雰囲気の目元に、すっきりとした鼻筋、白く透き通った肌。


 少女は黒を基調とした服に身を包んでおり、首には青いネクタイが巻かれていた。

 シンプルなデザインであったが、少女の白い肌と相まって見事に映える。


 彼女は、名をシェリル=ローランドという。

 既定の衣服に身を纏い、この地へと足を運んでいた。

 シェリルが周囲を見渡せば、同じように黒い服に身を包んだ少年少女たちが確認できた。

 一見異様な光景にも見えるが、見る人が見れば実に自然なことだった。


 無から有を生み出す、奇跡の具現。

 ときに火を起こし、ときに大地をも揺るがす御業みわざ

 使い方次第では生活を豊かにし、戦争において一気に戦況を動かす。

 人々はいつしかその現象を〝魔法〟と呼んだ。


 ここに集まるのは、若くして魔法の才能が認められた者たちだ。


 彼らを、一人前の魔法使いとして育成するための場所──それこそがここ、ライオアクティス王国の中心都市に存在する唯一の教育機関、サリーレ魔法学園だ。


 彼らが身に纏っている服は、魔法学園の制服なのだ。


(私、本当にここへ入学するんだよね……。頑張らないと)

 

 今もなお門を潜りゆく者たちは、彼女と同じくこの魔法学園へ向かう生徒、ということになる。


 魔法学園は、基本的に全寮制となっている。

 そのため学園への入学にあたり、生徒は寮へ入ることが義務付けられていた。


 現在シェリルの視界に映るのは、彼女と同じくバッグやリュックへ生活に必要な物品を詰め込んだ者たち。


 おそらく、彼らも新入生だろう。

 皆がこの学園で切磋琢磨し合う仲間であり、ライバルなのだ。

 シェリルも遅れを取らぬよう深呼吸をし、拳を握り締めた瞬間。


「こんな所でなにしてんの? おもしろいものでも見つけた?」


 シェリルは突然かけられた声に驚き、ぴくりと反応する。

 しかしその声に心当たりがなく、シェリルにとってはただただ不思議でならなかった。


 心当たりがないからといって振り返らないわけにもいかず──


「あ、あはは。想像してたよりも大きくてびっくりしちゃって……」


 シェリルが声に振り返ると、そこにはひとりの少女がいた。


 小柄なシェリルよりも幾分か身長も高く、すらりとしたシルエット。

 肩甲骨あたりまで伸びた紫の髪を左側の髪のみ耳にかけており、切れ長の目に青い瞳。キリッとした眉は凛とした印象を受ける。

 肩に下げられたボストンバッグが非常に様になっていた。


 顔や背格好からは大人のように見えるが、荷物から察するにシェリルと同じくこの学園への新入生だろう。


「そ、まあ驚くのはいいけどさ。あんたのこと、周りの人みんな見てたよ?」

「え」


 校舎を見上げ呆けるシェリルの姿は、周りの生徒から見れば不思議な光景として映っただろう。


 当のシェリルはそんなことに気がつくはずもなく、眼前の少女から事実を告げられるまで完全に自分の世界へと入っていた。


 意識をした途端、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。

 シェリルは周囲が気になり、縮こまってしまった。


 慌ただしく表情を変えるシェリルが余程面白かったのか、少女は噛み殺すように笑っていた。


「細かいことは置いといてさ、早くなかに入ろうよ。今日が楽しみでウズウズしちゃってさ」

「う、うん。って速いよ~!」


 紫髪の少女が長い脚で踏みしめる一歩は、小柄なシェリルにとって追いつくだけで精一杯だった。


 白を基調とした建造物は端が見えないほどに広がっており、さながら屋敷のようだ。


 シェリルと少女の足元には赤い煉瓦が道として敷き詰められており、ふたりの道筋を示しているように見える。


 ずんずんと進んでいく紫髪の少女に置いていかれまいと彼女のあとを追うシェリルの視線を、彩りも鮮やかな自然たちが奪う。


「ほんっと豪華だねえ、流石は魔法学園。そりゃ、立ち止まって独り言のひとつでも呟きたくなるわ」

「もー、からかわないでよ!」


 シェリルが頬を膨らませて怒りをあらわにするなか、少女はよほどシェリルの反応が面白かったのか悪戯っぽく笑う。


「ごめんごめん。……ね、ちょっと提案なんだけどさ。このまま寮に行って、明日の入学式を待つのって、すごくもったいないと思わない?」


 シェリルがぴくりと反応する。

 少女の言葉通り、サリーレ魔法学園の入学式は翌日。

 今日は準備日というわけだ。


 部屋で荷解きをするもよし、遠方から来た者は体を休めるもよし。

 つまり、ある程度の自由が許されているのだ。


「だからさ! 荷物置いたら、学園の中を探検しない?」

「する!」


 先ほどの不機嫌はどこへやら。

 シェリルの顔は目に見えて晴れていった。この学園への興味に比べれば、些細なことだったのだろう。


「よっし、そうこなくっちゃね! ……っと、そういえば自己紹介、まだしてなかったよね。いつまでもあんたじゃアレだし」


 言って、少女が咳払いをひとつ。


「私はアリサ=フロリア。アリサでいいよ」

「私はシェリル=ローランド。よろしくね、アリサ」

「オッケー、シェリルね。じゃ、そうと決まればサクッと受付済ませちゃおっか」


 簡単に自己紹介を済ませたふたりは、歩みを進めていく。


◇ ◇ ◇


 しばらくして。

 ようやく多くの人が向かう先である、新入生のための受付が見えてきた。


 列はかなりの長さができていたものの、受付をする教師も相当な人数が配備されていた。

 列の流れも速いことから待ち時間はほとんどなく、ほどなくしてシェリルの順番が巡ってくる。

 

 シェリルが、手元に用意していた書類を受付の女性教師へと手渡した。

 書類を受け取ったのは、肩まで伸びたウェーブのかかった青い髪の毛に柔和な笑顔がよく似合う可愛らしい、という印象を受ける女性だった。


「シェリル=ローランドさんですね。こちらがお部屋の鍵と生徒手帳と各種説明事項の記載がある書類です。学生寮はあちらの奥の建物ですから、このまま進んでくださいね。では、よき学園生活を」


 簡単な説明とともに渡された品々を手に、笑顔で見送られたシェリルは軽く会釈をして列から外れていく。

 アリサはすでに受付が終了したようで、少し離れた位置でシェリルの到着を待っていた。


 それを確認してシェリルが、アリサのもとへとぱたぱたと小走りで駆け寄る。


「ごめん、お待たせ〜」

「私も今来たとこ。それよりもさ、技術の進歩って凄いもんだよねえ」

 

 言いながらアリサが取り出したものは、たった今シェリルも受け取った、手のひらに納まるサイズの液晶端末だった。


 書類によれば、この液晶端末は生徒手帳というそうだ。

 特殊な術式が組み込まれており、生徒手帳を持っている者同士であれば、ある程度は離れた場所にいても連絡がとれる優れものなのだとか。 


「確かに。私、こんなの持ったことないからびっくりしたよ~。……あ、ID交換しようよ」


 シェリルが僅かに魔力を込め、生徒手帳を起動する。

 生徒手帳に登録された、個人を識別するための文字列がIDだ。

 これを交換しておくことで、特定の人物との連絡が可能になるのだ。


「オッケー。まあ、その辺りは歩きながらしよっか。学生寮までそこそこ距離があるみたいだしさ」


 言いながら、アリサが指で示す先にある建造物。

 受付会場からわずかに離れた場所に位置しているはずだが、確かな存在感を放っていた。

 これから、新たな生活を送る拠点。その光景に、シェリルは期待に胸を膨らませた。

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