雄弁な影
大出春江
雄弁な影
気が付くと暗闇だった。
目隠しをされて周りの状況が分からない。
おそらくは、椅子か何かに座らされているのだろう。
後ろ手に両腕を、丁寧に両足まで固定されている。
連日の猛暑で空気が淀み、湿った空気が体を這い上がる。
高校の帰りにスーパーの特売に向かったはずだが、どういう訳かこの有様だ。高校生活三回目の夏、特に彩のないセピアカラーな青春が終わりを告げようといった時に、まさかこんなことになるとは。
(なんだか分からないが、早く帰って夕飯にしたい……)
そんなことを考えながら足で地面を叩く。
タンッと音が響く。
体育館の倉庫に一人踏み込んだ時のような感覚。
反響から考えるとそこまで広くない部屋のように思える。
そんなことをした直後だった。
「おや、目が覚めていたのかい? いやいや、気がつかずにすまない」
落ち着いた印象を受ける女性の声だった。
カツカツと足音が近づいてくる。
一瞬身構えようと思ったが、それが叶わないことは自分自身が一番よく分かっていた。
観念して思い立った疑問を投げかける。
「ここはどこですか?」
「すまないが、今は言えないね」
「今は何時ですか?」
「ボクの時計によると、17時過ぎといったところだね。安心してくれ、電波時計さ」
「あなたは誰ですか?」
「名乗りはしないよ。ただ、君のよく知る人物のはずさ」
少し茶化すように、しかし至って冷静に彼女は回答していく。そして、なるほど、これは困った。何が困ったかといえば、この声の人物に全く心当たりがないこと、そして何よりも、買いたかったスーパーの特売が迫っていることだ。
「申し訳ないのですが、スーパーの特売に行かせてはもらえないでしょうか」
そういうと彼女は吹き出すように笑った。
「これは驚いた! この状況で命乞いでもなければ、まさか買い物に行きたいと言い出すとは……。 本当に恐れ入ったよ。だがダメだ、君と話をするためにわざわざ捕まえたのだからね」
(それはそうだろうな……)
随分とくだらない質問をしたな、と我ながら少し恥ずかしくなる。
しかし、意外にもこの問答が気に入ったのか、今度は彼女から話しかけてきた。
「君は随分と口が達者だね。 ボクのような一般人であれば、身を震わせながら『いったいなぜこんなことを!』みたいなセリフを吐くと思うのだけれど」
「捕まった相手が学のない野盗のような奴であれば考えますが、あなたの話しぶりから想像するに、少なくとも、そういった類のそれではないと思ったので」
「その言葉はどう捉えるのが正解かな? 褒めているように聞こえるけれど、ボクを舐め切った対応のように感じなくもないがね?」
「もちろん前者ですよ。話しやすい貴方に、一種の信頼を感じているんです」
「おや、拉致犯に信頼を感じるとは、変人ここに極まる、といったところだね」
私が変人だとするのなら彼女はいったい何と表現したものか。
彼女が随分と楽しそうに話すものだから、ついつい素直に、話したいことを話してしまうのだ。
会話が苦手な私にここまで話させるとは、それこそ『変人』ではないか。
この不思議な問答をもう少しだけ続けていたいと思い始めたが、この調子では本当に買い物に間に合わなくなってしまうし、そして何よりも、彼女と話すうちになぜこんなことになったのか気になって仕方がなくなっていた。
「変人とは初めて言われましたね。……変人ついでに聞きたいのですが、なぜこんなことを?」
彼女は呼吸を整えるように息を吸い、大きくため息をついた。瞬間、小気味よい問答を繰り広げていた放課後の教室のような空気が、まるで首筋にガラス片を押し当てられたような緊張感を帯び始めた。
「話すつもりはなかったのだがね。まぁ、久々に楽しい会話ができたから聞かせよう。ただし、スーパーの特売とやらはあきらめた方がいい」
彼女は私の前を左右にウロウロとしながら話し始めた。
「昔話をしよう。ボクはね、北海道の生まれなんだ。両親が道民ではないから、ボクの言葉使いに変な訛りを感じることは少ないだろうと思うよ。こんな暑い日は北海道に帰りたいと、そう思わずにはいられないね……。 家族は私を含めて五人、父と母はありえないほどに仲が良く、弟と妹が一人ずついた。今考えても不思議なほどに、本当に素晴らしい家庭だったよ。両親の喧嘩する姿は見たことがなかったし、弟たちは、喧嘩こそたまにあったけど、何よりも思いやりのある優しい子たちだったさ」
そこまで話すと彼女は立ち止まり、一呼吸付いた。
「しかし、そんな美しい家族に悲劇が襲った。ある秋の夜、母親が運転する車が事故にあった。対向車線を走るトラックが突っ込んできた。酒気帯び居眠り運転だった。車には弟と妹が乗っていた。母は即死だった。子供たちは重症で搬送されたが、間もなく死亡が確認された。残されたボクと父は深く絶望した」
自身に降りかかった悲劇であるにも関わらず、彼女は至って冷静に、出来の悪い報告書を読み上げるように話した。その話しぶりに一抹の恐怖を感じなかったといえば、嘘になる。
しかし、今度は喜劇を語り聞かせるように、気味の悪い明るさで話を続けた。
「だがね、ボクも父もやわな人間ではなかったのだよ。たしかに、悲しくて悲しくて眠れぬ日が幾度と訪れただろう。けれど、それでも二人で支えあって未来を歩むと誓ったのさ! あの頃ほど賑やかではないけれども、良き家庭であることは変わらなかったのさ。そして、母たちが亡くなってから一年ほど経過した冬のことだった」
彼女は数歩遠ざかり、大きく息を吸った。
「父が死んだ」
彼女の話し方は明るく、冷静に、喜劇の語り手のように、と変化を続けていたが、変わらないものがあったとすれば、声量が徐々に大きくなっていること、加えて、若干だが早口になってきていることである。
こんなにも苦しい話を他人に打ち明けることはなかったのだろうか。それとも、未だに当時の絶望感を思い出し苛立ちを隠しきれないのだろうか。どちらにせよ、つらい過去に変わりはないだろう。
目隠しをされているにも関わらず、彼女が興奮状態で、尚且つそれを必死で包み隠そうとしているのが手に取るように感じられた。
「仕事中の事故だったのだよ。だが、事故発生時には息があった。私が連絡を受けた時点では、手当をして急いで搬送できれば問題ないだろうと思われた。しかし、間に合わなかった。救急車は一番近い病院へ最短で向かった。近い病院といっても、仕事場は田舎だったし距離があったが、別に距離は問題ではなかった。……最短で進んでいた道で事故が発生したのだよ。ブラックアイスバーンは知っているかな? 一見分かりにくい路面凍結なのだがね。冬のツルツルに凍った道でスリップした車が他の車にぶつかり、道を完全に塞いでいた。雪の影響で道が空くには時間がかかった。救急車が選んだ道は最短だったが、同時に横道が極端に少ない道だった。別の道に引き返せば、それも大きなタイムロスは免れなかった。そして病院についた頃には、時間切れだった。 ……間に合わなかったのだよ」
あまりにも大きなものを失いすぎている。それも立て続けに。
この話が終わったとき、どのような言葉を掛ければよいのだろう。もし自分にこんな悲劇が襲ったとすれば、なんと言葉を掛けて欲しいだろう。あまりに救いのない話に、私は分からなくなってしまった。
私が目を覚ましてから一番に長い沈黙が流れた。
こんなにも息苦しい沈黙は初めてだった。
しばらくして彼女は深呼吸をした後、話を再開した。
「それからボクは自暴自棄になってしまったのだよ! どうにも他人が信用ならないというか、人と話すのを極端に避けた。当時、父が亡くなったのは十年前だから……。 8歳の頃、遠縁の叔母に引き取られて……。 しかし、叔母も九十いくつかで老衰、他に引き取り手は親戚にはおらず、中年夫婦の養子として引き取られたのさ。その夫婦は中々子供ができずに、この年になって養子を迎え入れたいとのことで家族になったのだが、これが結構裕福な家庭でね、物理的な不自由は無かったと言って過言ではないね」
沈黙が流れた直後とは思えないほどに、彼女は明るくハキハキと話し始めた。
とても苦しそうに、感情をできる限り抑え込むように。
「だが、何不自由なく暮らすことは楽ではあっても、生きる理由にはならないのさ。一番に愛していたものが全て崩れ去ったボクの心には、裕福な赤の他人の家庭なんてものは、それこそ、焼け石に水だったのだよ。何度か自殺でもしようかと考えた。しかし、それはちょっとセンスがないような気がした。ここでそれこそ自暴自棄で死を選ぶなら、他に何か考えることが、行動に移すことがあるのではないか、と思ったのだよ。そして、復讐を考えた。本当はね、復讐なんてどうでもよかったのだよ。真に求めていたものは生きる理由、生きる上での目標だったのさ。生きる理由なんてものが本当は存在しないものだとか、実は心底くだらないものなんてのは分かっていた。けれど、あの時のボクはそれに縋る他なかったのだね。まあ結果として見れば、今の今まで復讐心を絶やすことなく生きてこられたのだから、この目標建ては大成功といえるだろう」
捲し立てるように、感情の首根っこを絞め殺さんばかりの話し方である。
ヒステリックになりかけたその話しぶりこそ、彼女の人間らしさなのだろうと感じた。
彼女の話を要約すると、家族をすべて失った少女は、的外れな復讐心を飼いならすことで生きる理由を見出した、という事だ。そして、その復讐に私が一枚かんでいることは容易に想像ができた。
しかし、話し方であろうか、はたまた純粋な興味からであろうか。彼女の過去に立ち会ったわけでもないのに、何故だかこの時、その復讐心に盲目的な共感を覚えた。
ここで、彼女自身、興奮状態にあることに気が付いたのだろうか。一度話を止めた。
「……ええと、ちょっと待っておくれよ? 脈が速くなってる、一度落ち着こうか。そうだ、なぜこんなことをしたのか、だったね。まあ、なんだ。君も予想が付いているかもしれないが、そのボクの父が死んだ日のスリップ事故、君の父親が起こしたことなのさ。一言で言えば逆恨みだね」
確かに、十年ほど前に父が出張先で運転事故を起こしたことは知っていた。もっとも、その出張先が北海道かどうかは覚えていないが、言われてみれば、随分と昔に北海道土産を食べた記憶があった。それが十年前だと言われれば、何ら違和感はない。
また少しの沈黙が流れた。
今度は彼女ではなく私がこの沈黙を作り出したと考えていいだろう。
聞いたことを整理する時間が欲しかったのは事実だし、彼女の方も「ゆっくりと考えるといい」という風な感じで待っていてくれていた。
この彼女の一連の話を普段の私が聞いたらどう考えるのだろう。おそらく、ドキュメンタリー風のフィクション映画を見た後のような冷ややかな視線をもってして「逆恨みにも程がありますね」だとか、はたまた説教じみた一方通行な言葉を投げつけていただろう。しかし、今はどうだろうか。目の前の彼女は間違いなく現実に生きている人間で、復讐心に十年余りを費やしてきたというのだ。これを仮に作り話とするならば、あまりにも手が込みすぎているし、悪戯にしてはやりすぎと言えるだろう。
少なくとも今の私には、過去の彼女も今の彼女も否定することができなかった。
だが、ここで「私を殺してかまいません」と告げるにはもう少し彼女を知りたいと思った。
私は、自身のふと感じたことを二つだけ聞くことにした。
「なるほど、少なくとも私が『悲しい過去でしたね』と投げかけるにはあまりにもつらい過去をお持ちであることを理解しました。……少し質問をしたいのですが、あなたは私の『父』に復讐心を抱いていると思います。なぜ私を拉致したんですか」
「さすが、いい質問をするね、君は。確かに君が言った通り、ボクが復讐をしたいのは君の父親だ。しかしだね、ボクは何も君の父親の命が欲しいわけではないのだよ。ボクが失ったのは「父の命」であって「私の命」ではないのだよ。ええと、つまりだ、ここにAとBの一対があるとしよう。Aが消えてしまうのならばBも消えるべきだろう? このAが私でBが君の父親だ。それでは、あの10年前に失ったのは何だろうね。Aではないだろう。言ってみれば、ボクAにとって大切なものA‘なわけだ。ではA’が消えた時に同時に消えるべきものは何だろうか。そう、Bの大切なものB‘だろう。そしてB’に選ばれたのが君なわけだ。そんなに難しい話でもないだろう? なにも私は10失って100寄越せなんてことは言ってないわけだ。こんなところでどうだい? 君の疑問に答えられたのならいいのだけど」
「なるほど。つまり、あくまでもあなたは民事責任のように故意、過失を抜きにして失った分を補填せよ、というのですね。逆恨みが良いことだとは決して思いませんが、あなたの思考回路自体は私も好きです」
「自身が殺されるかもしれないにも関わらず、君は随分と肝が据わっているね。いや、今に始まったことではないか」
「肝が据わっている……ですか。普段はこんなにズケズケとものを言ったりはしないのですが、あなたを相手にしていると、どうにもそうはいきませんね」
「そう感じてくれるならボクもやりやすくて助かるね」
彼女の話しぶりはいやに満足げだった。
「もう一つ質問をしてもいいですか?」
「構わないよ。一つでも二つでも、冥途の土産に持って行ってくれよ」
「それでは……。 あなたは先ほど『父が亡くなったのは十年ほど前』と言っていましたが、あなたのことですから、今までの十年間で復讐に向けて何か準備をしてきたのだと思います。いや、別に準備をしていなかったのだとしても、私は何とも思わないのですが、もし準備をしてきたのなら、その十年間の思い出でもお聞かせ願いたいと思いまして」
これは意地悪な質問だろうな、と話しながら感じていた。
しかし、この質問にはれっきとした理由が三つある。
一つ目が、目の前の『彼女』が偽りのものでないことの確認。悪戯にしては手が込みすぎているが、なにもあり得ない話ではない。思い出を語らせることによって、彼女の人物像により深い現実味を感じたかったためである。
二つ目は、ずっと気掛かりだった『彼女は何者なのか』ということの情報収集である。彼女は始めのほうに『君のよく知る人物のはず』と話していた。ということは、彼女は父の知り合いではなく、私の知り合いである可能性が高い。いや、十年前に8歳と話していたし、私と同学年なのだから、なおのことである。ともすれば、彼女が思い出を語る中で、ポロっと素性を、それに関わる情報を出すかもしれない。
三つ目は、まぁ、正直なところ彼女の語りを聞いていたいというのが本音である。この後、もし殺されてしまうのなら、彼女こそ私の見送り人であるのだから、欲をかいて、他人を知りたいという感情を少しばかりぶつけてみよう、といった次第である。
(さて、どう返してくるのだろう)
正直、困った返答をする彼女が見たかったのだが、その思いは当然と言うべきだが、あっさりと裏切られた。
「よく聞いてくれた! 流石はボクが見込んだ人だよ。そうだね、まず復讐といっても色々とあるだろう? 残虐非道な人殺しからコーラと醤油を入れ替えるようなものまでね。まあ今回は父を失っているし、殺人にしておこうと思ったわけだ。ともすれば、どのようにして殺すかなんだが、君は人の殺し方を考えた事はあるかい? いや絞殺だとか毒殺だとか、そういう意味ではなくてね、対象の人物に近づいて誘導して殺害して無罪でいる方法さ。まあ、もっと簡単な質問にしようか。君は人殺しにおいて何が重要だと思う?」
「私は……そうですね。面白みのない回答ですが、アリバイでしょうか」
彼女の話しぶりが想像以上にウキウキとしていたものだから、質問をした私の方が驚いて、咄嗟に当たり障りのない返答をしてしまった。
「たしかにそれも重要だろうね。しかし、そうだね、例えばアリバイがない容疑者が一人しかいないなら何よりも重要だろう。だが、アリバイがない容疑者が複数人いる場合、これ以上アリバイが介入する隙はないんじゃないか? これ以上の犯人の絞り込みには、やはり証拠や動機、被害者との関係性の確認に委ねられると思うのだよ。 ……ボクはね『自然さ』が重要だと思うのだよ。例え話だが、想像してくれ。レストランで人が毒殺されたとしよう、この時犯人は誰だろうね。同席していた人間がいればそいつが怪しそうだ。だが、そもそもウエイターが料理を運ぶ途中で入れたのかもしれない。いや、そもそもコック自身も怪しいだろうし、被害者席の近くを通りがかったやつも怪しい。……何が言いたいのかというとだね、ただただ凡人でいること、第三者でいることが重要だと思うのだよ。このレストランの中で全く目立たない『ただの第三者』であれば、たとえ被害者と同席しようがアリバイがなかろうが、捜査線外に誘導できるのだよ。もちろん、証拠が見つかったらおしまいだけどね」
「……なるほど、言わんとすることは何となく分かります。つまり、被害者と食事をとっていようが、証拠もなく、動機もなく、あくまでも自然な第三者、ただの被害者の友人などであれば疑われはしないだろう、ということですね」
「そういうことさ」
「まぁ、私は殺しの現場に立ち会ったこともないですし何とも言えませんが、確かに事件の犯人が証拠もなく、何の違和感のない被害者の友人だと言われたら、違和感がありますね。何か捜査の見落としがあるのではないか、少なくともそう考えますね」
「極論だが、子供が家で変死していたとして、証拠もなしに仲がいいと評判の家族を引っ捕らえるか、ということだね」
「しかし、捜査線から外すほどの『自然さ』なんて演じられるとは到底思えませんよ。どんな人間でも人を殺して動揺がないなんてことはないでしょう?」
「人殺しの動揺、これを利用できたとしたら? 人殺しの動揺を、いかにも第三者視点での、赤の他人の死を目撃した動揺に挿げ替えることができたら?」
「まさか、そんなことが……。 できるんですか?」
たしかに、そんなことが出来さえすれば犯人捜しにおいて大きくリードできるかもしれない。
しかし、『自然さ』を謳っている彼女は、つい先ほど、過去の事件を思い返して興奮状態にあったではないか。
そんな人間が、動揺の挿げ替えなんてことができるだろうか。
「さあ、どうだろうね」
彼女は茶化しながら私の目の前に近づいてきた。
その雰囲気は、話し始めてすぐの彼女を彷彿とさせた。
「ただ、一つだけ君に言っておくことがあるとすれば、ボクは君と話し始めてから今の今まで一度も動揺していなければ、過去の記憶に興奮状態になってなどいない、という事だね」
愕然とした。
汗がほほを伝った。
「どういうことですか?」
「先ほどボクは、徐々に早口に話したし、捲し立てるようにも話した。声量も少しずつ大きくなっていただろう? 苦しみを堪えるようにね。君のことだから、きっと気づいていたのだろう。その全てがブラフで、完全にコントロールをしていたという事さ」
「そんなばかな!」
「嘘なんてついてない」
初めて大きい声を上げてしまった。
ここまでの彼女の像が崩れ去るようで、動揺してしまった。
「ようやく動揺してくれたね」
大きくため息をついた。
落ち着いて、冷静に、そうでもなければ途端に自身がちっぽけに感じて、人でいられなくなりそうだった。
二、三度大きなため息をする間、彼女は話しかけてはこなかった。
「もう質問はないかな?」
彼女は優しく問いかけてきた。
「もう十分です。ありがとうございます」
随分と単調な返答になってしまった。
「それじゃあ次の段階に進むとしよう」
そういうとまたその辺をウロウロと歩き始めた。
「君は、ボクをどんな姿の人間だと思う?」
「……唐突ですね」
「こういう話は唐突だからいいんじゃないか」
とんでもない質問を投げかけられた。
目隠しをされているにも関わらず、相手の姿かたちが分かるわけがないだろうに。
「そうですね……。 あなたの声が聞こえる高さと自身の座高から考えるに、身長はそう高くないと思います。170はない、160くらいですかね? まあ、話しぶりから考えるに特別元気が有り余っているだとかそんなことはない、それこそ、あなたの言う自然で、落ち着きのある人間だと思いますね」
「いい回答だね。ただ、残念ながら私の身長は174でショートヘアーのスポーツガールさ」
「もう何も言えたもんじゃありませんね」
私はため息をついた。
「おいおい、そう自棄にならないでくれよ。寂しいじゃないか」
変わらず彼女は茶化すように話した。
しかし、どことなくではあるが、感情のこもり方が違って感じた。
少し悲しそうな、そんな印象を受けた。
話を切り出そうとした矢先、かしこまった様に彼女は続けた。
「まぁ、なんだ。これから君を殺そうと思う訳なのだが、君ももしかしたら察しているのかもしれないが、先ほど言ったように、君をただ殺すだけなら何も拉致する必要などなかったのだよ。では、なぜそうしたのか、なのだがね……」
そういうと私の耳元に近づき。
「君が好きなんだ」
そう呟いた。
「いや、すまない。じつはボク自身、人に恋したことがないものだから、あくまでも推測の域を出ないのだが……。 ただ、殺してからやっぱり君は初恋の人だった、なんてことになっても後味が悪いからね、告白させてもらったよ」
「それは流石に驚きましたね、いつからですか?」
「さっきも言ったろう? 自然さが大切だと。君を殺す前に、君の素性を、人となりを理解した方が殺しの段取りを組みやすいと考えたのだよ。そして君に接近した。君の高校入学と同時期にね。初めて君を見た瞬間、一目惚れのような感覚に陥った」
「ということは、あなたは私の高校での学友というわけですか」
「いや、そこまでは言ってないさ。あくまでも『君の高校入学と同時期に接近した』のだからね」
彼女は初めに「君のよく知る人物」と話していたが、高校入学からの付き合いと考えれば約2年半となる。私は特別友達の多い人間ではないし、相手が女性となれば尚更である。もっとも、彼女が女性である確証は残念ながらないのだが、そこまで疑い始めると、それこそ「彼女は実は母親だった」のような荒唐無稽な話にさえ触れなければならなくなる。
「まぁいいや、話を戻そう。ボクは君を殺さない選択肢だってあるわけだ。初恋の人かもしれないのだからね。ただ、そうなると、ボクがこの十年間共に過ごしてきた復讐心というものが未完のまま心に残留することになる。それはそれで後味が悪いだろう? ……だから、考えたわけだ。一つのゲームをね」
「ゲーム、ですか。それで自身の命が儚く散るかと思うと少し寂しい気もしますが」
私がそういうと彼女は左耳に囁いた。
「久しいな。相変わらずのようだが、勉強はしっかりとしているのか? 君は特別あたまが悪いわけでもないのだから、もう少し頑張ればそれなりの大学にでも行けるだろうに」
今度は右耳に近づき。
「お久しぶりですね、お兄さん! 書道の方が忙しかったので最近会えてませんでしたが、今日は部活休みなので沢山お話ししましょうね」
いよいよ私は幻聴でも聞き始めたのだろうか。
まず、左から話しかけてきたのは、同じクラスの新橋桜(シンバシサクラ)の声である。
新橋と私は生徒会に所属しているが、出不精の私を誘ってきたのは何を隠そう新橋桜その人であり、そもそもファストコンタクトがそれであった。彼女曰く、会長向きじゃないが仕事ができる顔だったかららしい。この出来事が入学初日に行われたことからも、彼女の一見冷たい言動に対して、周りを巻き込んでいく行動力、そして彼女の不思議な人となりを感じられる。
対して右から話しかけてきたのは、近所に住む同い年の深山明莉(ミヤマアカリ)の声だった。
同い年だが別の高校で、書道部の副部長を務めているらしい。私が高校入学のタイミングで近所に引っ越してきた彼女だが、ゲームとアニメが好きなオタク気質であったためか、通話やゲームをする中になった。オタク歴の長さや初対面時に私が大人びて見えたことから、同い年であるにも関わらず「お兄さん」と慕ってくれている。
だが、今はそんな説明はどうでもいいのだ。
幻聴と感じる他ないほどにその声は、違和感なく、自然に、私に語り掛けたのである。
「この二人の声には当然、君も聞き覚えあるだろう? 新橋桜と深山明莉だ。君の交友関係の中でも女性に限って言えば、この二人は外せない存在だろう。どうだい? ボクの声真似は。なかなかの出来だと自負しているのだがね」
「いや、完璧ですよ。大真面目に幻聴が聞こえたのかと。 ……連日の暑さで頭がおかしくなったのかと思いました」
「それは嬉しいね! 練習した甲斐があるというものだよ。 ……ま、いいや。別に隠す必要もないからね、今ハッキリと言ってしまおう。ボクは新橋と深山の二人の内、どちらか本人だ」
いやいや、これは困った。「そんなわけあるか!」とすぐにでも突っ込みたいところだが、彼女のことだ、きっと本当なのだろう。左右から聞こえてきた声は間違いなく新橋と深山のものだと感じた。しかし、友人が間近で聞いても本人であると断定してしまうほどに、彼女の声真似が規格外の代物であったとしても、今の私は納得してしまうだろう。
「まあ、想定内ですかね」
「おや、驚いてくれないのかい? つまらないなぁ……。 強がらなくてもいいのだよ?」
「あなたの言う通り、私の交友関係は広くないですからね。急に男友達の声が聞こえたとなれば、もっと驚いたでしょうが」
こんな強がりを言ったのは初めてかもしれない。
彼女は初めに「君のよく知る人物」と言っていた。当然、彼女ら二人も考えはしたが……。
声質がまるで違うし、声真似という感じもしない。そこに三面相の怪人でもいるのではないか、といった感じだった。
「ふむ……、参考にしよう。では、話を戻すよ? ゲームのルール説明だ」
またもや彼女はそこら辺をうろつきながら話し始めた。
一瞬、彼女はうろつくのが癖なのかもしれない、と感じたが、それさえブラフに感じずにはいられなかった。
「ルールは簡単。君はボクが新橋桜と深山明莉のどちらであるかを当ててくれ。君は……そうだね、三回質問ができる。それで見切ってくれ。当てられれば君は生きていられるし、外せば……ということさ。いいかい?」
「構いませんよ。……ただ、仮に私を殺すとなった時は、絞殺にしてもらえませんか?」
「いいけれど、なぜだい?」
「あなたの殺しの感覚をもって、私の生きた証にでもしたいと思いまして」
「肝が据わっている、なんてレベルじゃないね。狂人はボクではなく君の方だったか」
「あなたの雰囲気にあてられたんですよ」
自分の生死がこれから決まるというのに、子供同士の遊びの取り決めのようにスラスラと話が進む。私は生きていたくはないのだろうか、いや、そんなことはないだろう、きっと。
そうだ、空気の流れないこの部屋で私は感覚が麻痺してきているに違いない。そうでもなければ、自身の死の目前で「構いませんよ」なんて言葉を吐けるわけがないのだ。
「あてられただけで狂人になどならないさ」
彼女はフフフと笑うと大きく深呼吸をして私の前まで来た。
「それじゃあ早速始めよう! 一つ目の質問は?」
クイズ番組の司会のような通る声でゲームが始まった。
「そうですね……。 では新橋さん。去年の文化祭のステージ会場を下見した時のことを覚えてますか?」
そう質問すると、彼女は待ち構えていたかのように左側から話し始めた。
「何となく、としか言えないな。去年の文化祭は先輩方が痴情の縺れだとかで色々あったろう? 私もてんてこ舞いだったし、よく覚えていない。思い出したくない、と言った方が正しいかな」
「まぁ、そう言わずに。S駅近くの会場を見に行った時なんだけど、結局、別の会場に変更になりましたよね? 何故でしたっけ」
「おいおい君はそんなことも忘れているのか? ……と思ったが無理もないか、あの時はマイクの同時接続数が足りなかったろう? 私たちは三本でいいと言われてS駅近くを見に行ったが、後日、結局四か五は欲しいと言われてな。その連絡を受けたのは副会長の私だけだったし、君には言伝にしか伝えなかったと思う。加えて、下見当日に君は発熱、私一人で向かったのだから、君はほぼ事後報告でしか詳細を知らなかったのだろう」
「なるほど、思い出しました。一つ目の質問はもう大丈夫です」
本当は全然大丈夫ではない。しかし、これ以上詰めようがないのは事実である。仮に彼女が深山明莉だとしたら、マイクの同時接続数の話なんて生徒会内でしか回らない情報を知っているのは違和感がある。いや、彼女ほどの人間であればたとえ外部の人間であっても情報の入手が可能だろうか?
個人的にはいい質問だと思ったのだが、話してみると存外、穴だらけに感じる。こんなことになるのなら、あらかじめ『容疑者の絞り込み全集』のようないかにもといった本でも読んでみるべきだったか。
「質問はもういいのかい? ま、私の見込んだ君がその決断を取るというのなら何も言わないが」
そういうと新橋さんは離れていった。
「それでは、二つ目の質問を聞きましょう!」
またもや明るく彼女は問いかけてきた。このテンションの切り替えや声の切り替えはどのようにして行っているのだろう。何度聞かされてもなれないものである。
「それでは……、深山さん。ちょっと前に朝のジョギングで会ったことがありましたね」
そう聞くと、今度は右側に近づいて話し始めた。
「ちょっと前っていっても半年くらい前だけどね! まだ肌寒いころだよね?」
「そうそう、それで休憩がてら雑談をしたと思うんだけど、覚えてる?」
「覚えてるよ! お兄さんが最近忙しそうにしてるからどうしたのかなって話と……。 そうだ!ゲームの話をしたと思うけどどうかな?」
「よく覚えてるね!その話をしながら飲み物を飲んでたと思うんだけど、それは覚えてる?」
「ええっとね……。 いや、飲み物は飲んでなかったんじゃないかな? たしかあの時は私もお兄さんも何も持ってきてなくてガックシって感じだったと思うよ」
「引っかからないか、それじゃあ私のジャージの色は覚えてる?」
「たしか黒に白のラインが入ってた気が……。 ごめん、覚えてないや」
一つ目の質問は失敗だった。情報が人づてに外に漏れる可能性があったのだから。だからこそ今回はその場にいなければ答えられないであろう質問で攻めてみたわけだ。結局、全部完璧に応えられてしまったのだが……。 少なくとも、一つの判断材料として扱えるだろう。
「いや、大丈夫だよ。質問はこれで終わりにしよう」
深山明莉は離れていった。
「早くも二つ目の質問が終わってしまったね。さぁ、最後の質問をどうぞ!」
正直、私は心が折れてしまっているのかもしれない。
私がどんな質問をしようと彼女はボロを出さない。いや、そうとは限らないのだろうが、つらつらと始まったこの極限状態に、自分が想像する以上に追い込まれているのだろう。彼女と話し始めたころはどんな質問も剛速球で投げられたはずだ。しかし、今となっては到底不可能である。何よりも堅い金庫が目の前にあるのだ。私は金庫開けの専門家じゃない。
「……? すまないが、このゲームにギブアップはないんだ。君の命だけでなく、ボクの……運命とも言える復讐心がかかっているのだからね」
私は大きく深呼吸をした。
「失礼しました。そうですね……。 私のことは本当に好きですか?」
「それは……。 誰に対しての質問だい?」
「もちろん、新橋さんと深山さんと、あなた自身にですよ」
「質問はあと一つのはずだけど?」
「一つじゃないですか。この部屋には私とあなたしかいないのですから」
本当に、ばかげた質問だと思う。
だが、もちろん意味はある。
彼女は恋を知らない、とすれば彼女の動揺や行動のムラを観察するにはうってつけの質問だろう。ま、半分ハッタリではあるが。
「……まぁいいさ。では、まずは新橋から」
そういうと左から話しかけてきた。
「私は……。 正直に言うが、君を恋愛対象として見たことはない。いや、そもそも恋心というものがよく分からないからな……。すまないが、悲しまないでくれよ?」
「いや、私は別に新橋さんが好きとは一言も言ってないのですが……」
私が返すと間髪入れずに右側で話し始めた。
「私はお兄さんが好きだよ! 恋……なのかは分からないけど、お兄さんを考えると胸がぐーっとなる……。 ごめんね、ハッキリとしなくて」
「話してくれただけで嬉しいよ! ありがとう」
そういうと彼女が私から離れたのを感じた。
少しの沈黙が流れた。
今度は、私から話しかけてみる。
「それで、あなたからの回答はないのですか? 新橋桜も深山明莉も話してくれたのですから、私としては、あなた本人の告白も聞けると嬉しいのですが」
ちょっと意地悪な聞き方だ。
そもそも彼女は新橋か深山かのどちらかであるのだから、ある意味、もう回答しているのである。それを名も知らぬ彼女自身としてもう一度と言っているのだ。
少しかわいそうにも感じてきて、質問を止めようとしたとき、彼女は話し始めた。
「そう……だね。誰かを考えると胸が苦しくなるだとか、ぼーっと、何とはなしにその人を考えてしまうだとかが恋……なのだとしたら、きっと君が好き……なのだろうね。ボクは」
その声はどこか震えているように聞こえた。
彼女のことだ、この沈黙の間に告白をする乙女の仕草を真似たのかもしれない。しかし、そんな真似たものかもしれない声に、なぜか私はドキッとしてしまった。
「さぁ! 質問はこれで終わりだね! いいかい?」
やはり彼女は彼女だ。そう思った。
「そうですね、ありがとうございます」
「そんなに畏まらないでくれよ。検討はついたかい?」
「いいえ!全く分かりませんな!」
二人して吹き出して笑った。
こんな会話ができるなら、もっと違う形で出会えればよかった。
そうであったなら、どれだけ幸せだっただろうか。
息を整えながら彼女は続けた。
「それは嬉しいね。最後の質問なんかかなり動揺したけれど、まぁボロを出さなかっただけよしとしようか」
彼女はまたもや深呼吸をした。
きっと、このゲームが終わろうとしているのだろう。
結局どっちが彼女本人なのだろうか。
正直に言って、どちらであったとしても違和感は残ることになる。
仮に新橋さんであったなら、私が半年前にジョギングで深山さんに会ったことなんて話せるわけがないだろうし、逆に深山さんであったなら、あまりにも生徒会の事情を知りすぎている。情報漏洩を疑うなら、早朝のジョギングでの出来事なんてものは漏洩のしようがないだろう。そう考えれば、彼女は深山さんだろうか……。
いや、そうだろう、きっと。
彼女が口を開いた。
「さて、名残惜しいがそろそろゲームを終わらせるとしよう!」
フィナーレといったところだろうか。
彼女はもう一度その辺を弄ぶようにして歩いてから、私の目の前にぐっと近づいた。
「君の答えは?」
私の答えは、そう決まっていた。
「あなたは……。 新橋さん、ですね」
何故?
なぜ新橋さんなのだろうか。
それは私が一番知りたかった。
考えて考えて深山さんだと、そう思ったのだ。
それでも、口にしたのは新橋さんだった。
目の前の彼女は離れていった。
その辺をうろついている足音が聞こえる。
ゆっくりと遠ざかっていく。
足音が途絶えた。
長い沈黙が流れる。
不思議と息苦しくは無かった。
頭よりも口が先に動いてしまったのなら、それも私の決断なのだろう。
そう考えることにした。
遠くで彼女のため息が聞こえた。
カツカツと足音が近づいてくる。
自身の内側に開放感と覚悟を感じた。
質問を投げかけた。
「どうですか?」
彼女は一呼吸おいてから話し始めた。
「本当に、それでいいのかい?」
「……そうですね。回答は変えません」
「……それは、残念だ……、本当に」
彼女は、私の目隠しに手を伸ばした。
手が震えている。
次の瞬間、目隠しが取れた。
眩しい西日が強く部屋を照り付ける。
「どうして、私だと分かったんだ?」
私の目の前にいたのは新橋さんだった。
彼女は微笑んでいた。
軽く涙を拭った跡があった。
「すみません、正直、私にも分かりません」
「なんだよそれは」
また二人で笑った。
少し照れくさく。
笑った顔の新橋さんは初めて見た。
「もしかしたら……の話なんですが、いいですか?」
彼女は頷いた。
「根拠も何もないんですが、その……なんというか。あなたが私に近づく度に新橋さんの仕草を感じ取っていたのかも、と思いまして」
「詳しく聞こうか」
「たしかに、あなたの演技は完璧でした。けれど、だからこそ、物理的な距離が縮まるほど声の演技以外の雰囲気だとかを感じることができた。そこで、直感として新橋さんのことを選んでしまったのかもしれません」
「第六感?」
「おそらく」
「私の声真似なんかよりよっぽど面白い特技じゃないか」
「これは特技なんかじゃ……。 そういえば、声真似、滅茶苦茶に上手いですね」
「それはそうだろうな! なんといっても、私の十年の成果なのだからな。 ……もっとも、それを支えてくれた復讐心は未練のままなのだがね」
そういうと、新橋さんは両手両足の拘束を解いてくれた。
「あ」
「何かあったかい?」
「そういえば、深山さんは……ロープが結べないほど不器用なんですよね」
「……お互い、狂人になるには未熟だな」
こんな初歩的なことに気が付かないとは思わなかった。
たしかに、固定している物がロープとは限らないが、少なくともブラフの一つでも入れる隙があっただろうに。
「新橋さん。この後どうするんですか?」
長時間固定された両足を慣らすべく、彼女と窓の外を見ながら歩き始めた。
「警察に行くか、君が訴えてくれるのが一番いいのだがね。結局、私は君を長時間拘束しただけに過ぎないし、自首するったって警察も簡単に受け取らないだろう」
「興味本位で質問するんですが。私が、訴えると思いますか?」
「……まぁ、しないだろうね」
「私としては、新橋さんが捕まると困るんですよ」
「なぜ?」
私はため息をついた。
「私からも言わせてもらいますよ? こっぱずかしいので悩みましたが、このタイミングは逃さない方がいいと思ったので」
「前置きはいいよ」
「新橋さんが好きです」
一瞬時が止まったように感じた。
「……からかうのが上手くなったな?」
「からかってませんよ?」
「……そうか」
新橋さんは、急にそっぽを向いて二、三度呼吸をした。
そして、急に振り返ったと思うと。
「それじゃあ、捕まるわけにはいかないな! ……君さえよければ、謹んでお受けしよう」
「よろしくおねがいします」
「よろしく。 ……あと、新橋ではなく桜でいい」
「いいんですか」
「そのほうが『自然』だろう?」
「……それでは、桜さん」
「さん、もいらないぞ」
「今は何時ですか?」
「18時過ぎといったところだな」
「スーパーの特売は終わってしまいましたが、私もおなかがすきました。とりあえず適当な食材を買いに行きましょう」
「一緒に行くのか?」
「そのほうが『自然』でしょう」
雄弁な影 大出春江 @haru_0203
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