第36話 (9)練習試合4
肩を落としながら体育館の端で面を脱いでいると、高瀬が近づいてきた。
「なに、あの試合」
高瀬の口調には怒りが篭っていた。
「わたしの知っている花岡は、あの程度の相手と引き分けるような剣道をする奴じゃなかったはずだよ」
「ああ。でも引き分けたというのが、現実だ」
「ずっと隼人のことばかり気にしていたんだろ。試合中も目の前に立っている相手のことを見ないで、隼人のことばかり考えていたんだろ」
高瀬の言葉におれは、はっとなった。
高瀬のいうとおりだった。
おれは斉藤という巨漢と向かい合いながらも、頭の中では神崎のことばかりが気になっていた。
「やっぱり、そうなのかよ。バッカじゃないの。目の前に立っている相手のことを見ていないで、戦っていない相手のことを考えていたのかよ。そりゃあ、試合に勝てるわけないよな」
「そうだな。高瀬のいうとおりだ」
「しっかりしろよな、花岡」
高瀬の肩パンチ。
おれはそれを喰らって目が覚めたような気がした。
おれは斉藤と戦っている間、神崎にばかり気を取られていた。
目の前に立っているのは斉藤だというのに、おれは神崎のことを考えていた。
M学園と練習試合が決まった日からずっと、神崎と戦うことばかりを考えていた。どうすれば、神崎に勝てるか。いつの間にか神崎ばかりを意識していた。そのせいで、目の前に立っているのは別の人間だというのに、おれは神崎と戦っているつもりになっていた。神崎という名前の亡霊におれはとりつかれていたのだ。
高瀬は、そんな神崎の亡霊からおれを救ってくれた。
「ありがとう、高瀬」
おれがそう言うと、高瀬は少し顔を赤らめた。
「そんな真面目な顔をして礼なんかいうなよな。わたしに礼をいうんだったら、隼人に勝ってからにしろ」
そういうと、高瀬は顔をプイと背けて、おれの前から去っていってしまった。
二年生の個人試合の後、三年生の個人試合へと続いたが、けっきょく、神崎は個人試合には出場しなかった。
なにを出し惜しみしているだろうか。
そんなことを思いながら、おれは三年生の試合を見ていた。
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