第35話 (8)練習試合3
相手は斉藤という、縦にも横にも大きな奴だった。
剣道よりも柔道の方が向いているのではないかというような体型で、竹刀を振り上げるようにして上段に構えると、おれのことを威圧してきた。
おれはその威圧をさらりと受け流し、正眼に構えて、斉藤をじっと見据える。
どうして、神崎が出てこないんだ。
おれじゃあ、役不足だからか。
そういう考えだったら、おれが引きずりだしてやるよ。
おれは竹刀を正眼に構えたまま、一歩踏み出すと、竹刀を変化させて胴打ちを狙った。
しかし、おれの竹刀は相手の胴に触れることはできなかった。
斉藤が竹刀でおれの胴打ちを受けたのだ。
読まれるはずがなかった。
もし読まれたとしても、斉藤の竹刀が受けに入る前に、おれの竹刀が斉藤の胴に入っているはずだった。しかし、それが通じなかった。
鍔迫り合いになった。
さすがに体がでかいだけあって、パワーも凄い。鍔迫り合いの強さは、鈴木先輩なんて目じゃないぐらいだ。
おれは斉藤に潰されないようにしながら、なんとか押し返していた。
やっぱり東京っていうのは凄いんだな。
神崎じゃなくても、こんなに強い奴が普通にいる。
奥歯を噛み締めて押し返す腕に力を入れると、斉藤も力を入れて押し返してきた。
その瞬間、おれは力を抜いて鍔迫り合いから抜け出した。
突然、おれが鍔迫り合いから抜け出したために、斉藤は支えを失ったようにバランスを崩して体が前のめりになる。
そこへ、おれの竹刀が面を打つ。
「面あり、一本」
何とか取れた一本だった。
おれの腕が鈍ったのだろうか。いや、そんなわけはない。
神崎たちM学園との練習試合が決まった先週から、おれは毎日のように猛練習を重ねてきた。それを証拠に、おれと一緒に練習をしてきた鍋島や木下はきっちりと勝ちを収めている。
おれが弱いのでなければ、相手が強いというわけだ。
だが、相手が強かろうとも負けるわけにはいかない。
神崎の前で負けを晒すなどというみっともない真似はできない。
おれは気合いを入れると、正眼に構えた。
一本を先取されて焦ったのか、斉藤から仕掛けてきた。
上段から打ち下ろすような面打ちが襲い掛かってくる。
おれは一歩後ろに足を引いて面打ちを避けると、下がった足に反動をつけて勢いよく前に出た。
面打ちを狙ったが、竹刀の先が当たったのは斉藤の肩だった。
咄嗟に斉藤がおれの竹刀を避けたのだ。
鍔迫り合いになると思ったが、斉藤が鍔迫り合いを嫌がって一歩後ろに下がって距離を作った。二度も同じ手は食わないぞということなのだろう。
おれは竹刀を下段に構えなおし、相手の隙を窺うことにいた。
斉藤はスタミナが切れてしまっているのか、肩で息をしている。
あれだけの巨体だ、動かすにはかなりのエネルギーを消費するのだろう。
おれは勝手な想像をしながら、どうやって斉藤の動きを封じようかと考えていた。
神崎だったら、どう仕掛けてくるだろうか。
ふと、そんなことが脳裏を過ぎった。
下段構えから擦り上げての面打ち。
中段構えから面打ちのフェイントで誘っておいて、片手小手打ち。いや、オーソドックスに素早い入りからの面打ちかもしれない。
「斉藤、焦るな。いつもの練習どおりにいけ」
神崎から指示が飛ぶ。
一瞬、おれはその声に反応して、斉藤から目を逸らしていた。
斉藤が大きく一歩踏み出してきていた。
おれの反応は神崎の指示に気を取られていたために、わずかに遅れていた。
面打ちが来る。
おれは咄嗟に竹刀を横にして受けの体勢に入る。
罠だ。
そう気づいた時は、遅かった。
斉藤の巨体からは信じられないぐらいのスピードで剣先が変化していた。
胴打ち。
気づいた時は、もらっていた。
「胴あり、一本」
斉藤の旗が上がる。
やっぱり、強い。斉藤はM学園ではどのぐらいの強さなんだろうか。
斉藤の上に神崎がいるとして、神崎との差はどのぐらいなのだろうか。神崎の方が斉藤よりもずっと強いのだろうか。
斉藤にいいようにやられているおれじゃ、神崎には手は届かないということなのだろうか。くそ。
そこで時間切れだった。
この試合は練習試合のために、延長戦はなく、時間が来ればそこで終了となるルールだった。
おれと斉藤はお互いに一本ずつとって引き分けというわけだ。
勝ちきれなかった自分が信じられなかった。
おれの剣道はこの程度なのだろうか。
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