第25話 (11)桑島先輩
「はじめっ」
審判の掛け声が会場に響き渡ると同時に、会場から歓声が上がる。
桑島先輩は、正眼に構えていた。その姿は、あのオネエ言葉を喋る人と同一人物とは思えないぐらいに凛々しかった。そして、空気と一体化しているのではないかと思うぐらいに、気配を殺している。それが桑島先輩の必勝法だった。
おれは下段に竹刀を構えた。
下段構えは、普段は滅多に使わない構え方だ。
だが、不得意としているわけではない。
桑島先輩が気合いを発した。
甲高い声の独特な気合いだ。
その気合いの声に、おれは飲み込まれそうになるのを何とか堪えていた。
桑島先輩が動いた。
まるで床の上を滑るように、体を上下させずに踏み込んできた。
小手を目掛けて竹刀が飛んでくる。
おれは一歩後ろに下がるようにして、その小手打ちを避けると、迎え撃つ刀で面を狙った。
竹刀が空を切った。
桑島先輩はいつの間にか、おれの脇へと回りこんでいる。
面打ちが来る。
避けられない。
そう判断したおれは、竹刀を横にして受けの体制に入った。
竹刀と竹刀が交錯する。
しかし、桑島先輩の打ち込みは軽い。
罠。
慌てて胴の防御に入ろうとした時、面に衝撃を受けた。
「面あり、一本っ!」
審判の声が響き渡る。
完全にやられた。
面打ちのフェイントで胴打ちに来ると思っていたが、桑島先輩はその裏をさらに掻いていた。
面打ちのフェイントから、さらに面打ち。
さすがは主将だ。
河上先輩が自分の後継に推薦しただけの実力はある。
おれは気を取り直すと、再び下段に構えて、桑島先輩と向かい合った。
桑島先輩は一本取ったからといって逃げに入るような人ではなかった。
ここが鈴木先輩との違いだろう。
試合に勝って、勝負にも勝つ。
そのつもりでいるようだ。
だけれども、おれはもう一本も桑島先輩にくれてやるつもりは無かった。
佐竹先輩の前で負ける姿なんて晒せない。
おれは、剣先に気を込めた。
また桑島先輩は気配を消していた。
明鏡止水。
たしか準決勝でそんなことをいっていたっけ。
それなら、おれがその明鏡止水とやらを乱してやろうじゃないか。
おれは床を蹴りつけると、面打ちを狙うために竹刀を振り上げた。
桑島先輩はそんなことはお見通しといわんばかりに、余裕を持って体を脇に逃がす。
竹刀が空を切る。
しかし、それも予測していた通りだ。
剣先を変化させて、そのまま胴打ちを狙いに行く。
桑島先輩がその胴打ちを竹刀で受け止め、鍔迫り合いになる。
力強さでいえば、鈴木先輩ほどではない。
おれはぐいぐいと押し込んでいく。
ふと、力を弱めて、鍔迫り合いから離脱する。
そして、離れ際に小手打ちを狙う。
しかし、その引き小手も空を切る。
再び、桑島先輩との間に距離が出来てしまう。
「時間がなくなってきたぞ」
高瀬の声が聞こえる。
今度は、桑島先輩の方から攻撃を仕掛けてくる。
飛び込んでの面打ち。
おれは膝に体重を乗せて、体を沈みこませると竹刀を横にした。
空中で桑島先輩の打ち込みが停止する。
面打ちはフェイントだったのだ。
しかし、それはおれも読めていた。
竹刀を横にしたのは、面打ちを受けるためではなかった。
そのまま、おれは桑島先輩の胴を狙って竹刀を振った。
しっかりとした手ごたえがあった。
「胴あり、一本っ!」
なんとか桑島先輩に追いつくことができた。
だが、まだ終わりじゃない。
おれか桑島先輩のどちらかがもう一本取らない限り、この試合は終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます