第26話 (12)決着

 桑島先輩が気合いの声を発する。


 おれもその気合いに呼応するかのように、気合いの声を発した。


 お互いが床を蹴り、面を打ちに行く。

 ほぼ同時に打ち合う。


 審判はどちらの旗も揚げない。

 有効打だということは確かなのだが、どちらが先なのかさすがの審判でも判断ができなかったようだ。


 桑島先輩の剣先が揺れている。

 呼吸も荒い。

 疲れているのだ。

 離れているのに、お互いのことが手に取るようにわかるような気がする。


 おれは再び気合いの声を発した。

 それと同時に床を蹴り上げて、大きく踏み込む。


 桑島先輩の竹刀が動いた。


 突き。


 喉を守るための垂に剣先がぶつかる。

 おれは後ろに倒れこんだ。大きく踏み込んでいたために、突きの衝撃も大きかった。


 咳が出る。

 審判が駆け寄ってくる。


「大丈夫か、きみ」

 審判がおれの方の旗を揚げようとする。


「待ってください。いまのは偶然です。ぶつかっただけです。突き打ちが入ったわけじゃありませんから」

 おれは慌てて審判の腕を押さえた。


 市大会のルールでは、突き打ちは禁止されていた。打ったほうの選手は反則を取られて、一本を相手に献上することとなってしまう。


 桑島先輩が故意に突き打ちを出したとは思えなかった。

 偶然だろう。咄嗟に出てしまったのかもしれない。


 おれは審判が反則による一本を揚げようとしたのを止めた。

 こんな形で桑島先輩との決勝戦を終わらせたくなかったからだ。


 桑島先輩にも少なからず動揺はあったようだ。

 審判から注意を与えられている。


 その間、少しだけインターバルが取られた。


 試合が再開し、おれは再び気合いの声を上げた。

 おれは何ともないですから、先輩も気にしないで下さい。

 そういう意を込めた気合いだった。


 その気合いに答えるように桑島先輩も気合いを発する。


 会場からは割れんばかりの声援が沸き起こっていた。

 ただの市大会だというのに、インターハイ並みの歓声だ。


 おれは上段に竹刀を構えた。

 最後はこれで行く。小細工はなにも無しだ。


 桑島先輩は下段に構えて、胴打ちを狙うといった様子を見せている。

 おそらく、桑島先輩も小細工はしないつもりだろう。


 あとはどちらの竹刀が早く相手に届くかだ。


 毎日のように繰り返してきた素振り。

 いかに早く相手に対して打ち込めるか、いかに正確に打ち込めるか、いかに威力を殺さずに素早く打ち込めるか。そればかりを考えてやってきた。


 いま、その成果を試す。


 おれは床を蹴っていた。

 桑島先輩もほぼ同時に床を蹴って前に進んだ。


 乾いた音が試合場に響き渡った。


「一本っ!」

 審判の声。

 肝心な、面ありなのか胴ありなのかという部分が歓声によってかき消されてしまい、聞き取ることは出来なかった。


 審判が上げている方の旗に目をやる。


 赤。

 おれの色だった。


 こうして、市大会は無事に終了した。


 おれはなんとかインターハイ二位の名誉を守って、市大会で優勝を果たした。


 市大会では一位から三位までをS高校が独占した。

 それは当日の地元紙に記事が掲載されたほど珍しいことだった。

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