吠えよ剣

大隅 スミヲ

高校1年生編

Spring

第1話 (1)入学

 桜の花びらが満開に咲いた四月。おれは高校一年生の春を迎えた。


 通う高校は、国立大学への進学率が高いとか、何かの部活に力を入れていてスポーツが強いなどといった特徴は何もない、ごく普通の県立S高校だった。


 男子の制服は、いまどき流行らない黒の学ラン。女子は紺色のブレザーにチェック地のスカートという形で、制服が恰好いいから、可愛いからなどといった理由で入学してくる生徒も残念ながらいないような高校だ。


 では、なぜそのような学校をおれが選んだのか。


 理由は簡単。家から一番近い場所にある高校だったから。それだけだった。

 自転車で十五分。バス通学も、電車通学も必要もなし。高校の学力レベルも、おれにはちょうど良いぐらいのレベル。高校生活になにも望んではいないおれにとって、S高校はまたとない理想的な学校だった。


 すでに高校に入学できたという時点で、おれの高校生活の目標と呼べるものは何もなくなっていた。あとは無事に卒業できることを祈るだけ。強いて目標を上げるとするならば、そのぐらいだろう。


 そんな感じで、おれの目標のない高校生活は幕を開けようとしていた。


 入学式は、第二校舎にある体育館で行われた。

 S高校には第一校舎と第二校舎があり、第一校舎には各学年の教室、第二校舎には体育館や音楽室、美術室などといった別室で行われる授業の際に使われる教室が入っている。


 校長先生のありがたい祝辞からはじまった入学式では、学年主任の話、生活指導の教師からの話、先輩からの高校生活についての話など、さまざまな話を長々と聞かされたが、そんな話はおれにとってはどうでもよく、入学式が行われている間、おれはずっと生あくびばかりを繰り返していた。


 今年の新入生のクラスは、全部で六クラス。男女比では、若干女子の方が多いという状況だったが、その中から可愛い子を見つけるとなると、かなり目を凝らさなければならなかった。


 入学式が終わり、教室に戻ってくると、いくつかのグループが出来ていた。どのグループも同じ中学出身だった人間たちが固まっている。おれに限ってはクラスメイトに同じ中学出身の人間が誰もいなかったため、自分の席に座りながら、窓の外にある桜の木を眺めていた。


花岡はなおかくんだよね」


 春の暖かな風によって宙へと舞い上がったビニール袋の行方を目で追いかけていると、一人の男子生徒が話し掛けて来た。前髪が一直線に揃った坊ちゃん刈りで、頬にはニキビをいくつも作っている男子生徒だった。


 見覚えのない顔におれは眉をひそめた。


「おれ、三中だった木下きのした。剣道の試合で一度戦ったことがあるんだけれども、覚えているかな」


 三中という中学名と木下という彼の名前を聞いて、おれは記憶の彼方にぽつんとたたずむ彼のことを見つけ出すことに成功した。たしか、中学三年の夏にやった引退試合の地区大会で戦った相手のはずだ。試合内容は三本中、二本をおれが先取して勝利した。


「ああ、覚えている、覚えているよ」


 おれは表情を緩ませて、木下にいった。

 もちろん「おれに負けた木下くんだよね」などという言葉は口に出さず、心の中にしまっておく。


「試合の時は面をつけていたから、わからなかったよ。よく、おれのことがわかったね」

「表彰式の時に、花岡くんのことを見たから。あの大会で、優勝したでしょ」

「なるほど、それでか」


 剣道だけは自慢することが出来た。子供の頃から、剣道の有段者である祖父にしごかれたためである。祖父はかつて警察官であり、警察の剣道大会で何度も優勝するほどの実力者だった。物心がついたころから、祖父に連れられて警察の道場や町の剣道教室などに通い、小学生の時は地元では有名な剣道少年だった。


 しかし、中学生になると体が小さかったということもあり、なかなか勝ち星にめぐまれなくなってしまった。ようやく勝ち星に巡り合えたのは、遅くやって来た成長期によって、ぐんぐんと身長が伸び始めた中学三年の夏だった。だけれど、中学三年の夏に勝ち星に恵まれたのでは遅かった。三年生は夏の地区大会で引退をするのである。


 おれが唯一勝ち星に恵まれた大会、それは中学剣道の引退試合となる最後の大会だった。


 そして、おれはその大会で中学剣道最初で最後の優勝を果たして、剣道部を引退した。


 木下とは、その大会で顔を合わせていたのだ。


 にこにことした表情で木下は高校でも剣道部に入るのかと、おれに聞いてきた。


 おれはもちろん高校でも剣道部に入るつもりだったが、なんとなく恰好つけたくなって、剣道をやるかどうかはまだわからないと微妙なニュアンスの答え方をした。


 すると木下はしきりに「勿体無いよ」といい、絶対に剣道を続けるべきだとおれの背中を押し続けた。


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