第44話「報酬」


「……」



シーンと静まり返った部室。それは重いわけでもないが、何とも言えぬ空気感だ。

それを壊すように遠くからガラガラガラ、と何かを運んでいる音が廊下から聞こえる。



「すっめらぎくーん!」



 だんだん近寄ってくるそれと共に響き渡るのは彼を呼ぶ声だ。

 タイミングがいいのか、悪いのか。それは分からないが、騒がしいのは間違いない。


 先ほどまでのシリアスな雰囲気をぶち壊すそれに、二人は顔を見合わせる。

 何事か、と満月みつきが瞬きを繰り返すうちに部室の扉がガラッと音を立てた。



「今回もほんっとうにありがとうね! ぜーんぶ解決させちゃうなんて皇君はやっぱりすごいや!」



 段ボールが積み上げられた荷台を押しながら、入ってくる破魔はまはご機嫌だ。

 ソファの近くに荷台を止めては、みかどに詰め寄る。キラキラと目を輝かせ、神に祈るように手を合わせて、感謝を告げた。



「はぁ……今回みたいな厄介事は御免ですから。あと全部解決したのは偶然」



 よいしょ、と持ち上げられて、褒めちぎられても嬉しくはないらしい。

 面倒くさそうにため息を吐いて、近づけられた顔から距離を取る。



(……本当に素直な先輩だなぁ)



 破魔の隣にいる小学生の男の子を見て、満月は目をぱちくりとさせた。

 彼の心である少年は嬉々としてジャンプしている。裏表のない純粋さに感心してしまう。



「そんなこと言わないでよぉ。僕には君しかいないんだからさぁ」

「気色悪いこと言うなよ」

「はい! 皇君の好物三か月分!――と、手取り報酬!」

「どーも……これはなかなか」



 相も変わらず、冷たい彼に眉を下げて、肩を落とした。けれど、それは捉え方ひとつで、とんでもない誤解を招きそうだ。

 帝はゾッとしたのか、顔を引きつらせて、本音をぽろりと零すが、それは一瞬で吹き飛ぶ。

 荷台に積まれていた五箱の段ボールと破魔が持っている茶封筒がそうさせた。それが手元に入ると彼の目に生気が宿る。



「…………」



 初めて見る報酬のやりとりに、呆気に取られたのだろう。ただ黙って、その一部始終を見守っている。

 茶封筒の中身はどれだけ入っているかは分からないにしろ、想像を超える報酬にそうなるのも無理はない。



「また何かあったら頼むね! それじゃあ!」



 破魔は満足そうに踵を返す。

 ブンブンと手を振りながら、部室を去っていくその様はまるで、台風のごとくだ。



「――ねえ、帝くん」

「ん?」



 ずっと見守っていた満月は静かに呼びかける。

 茶封筒から出てきた札束を出して、テンポよく数える帝は上機嫌だからなのか、返事が軽い。



「報酬貰いすぎじゃない!?」



 眉を吊り上げて、積み上げられた段ボールと、彼の手元を指差して声をひっくり返した。

 やはり、突っ込まずにはいられなかったようだ。



「こっちだって命がけなんだからこれくらい貰ったって罰当たらないだろ」

「はい! はーい! それなら私にも分け前くださーい!」



 何言ってんだ、と顔がそう言っている。帝はキョトンとした顔をして、まるで正当化させているが、腑に落ちないのが、感情というものだ。


 確かに、幽霊の女性を成仏させたのは帝だ。けれど、彼女の疑似体験をして、井上の本性を見破り、身の危険を覚悟して接触して誘拐されたのは、他の誰でもない満月だ。

 指先までピーンと伸ばして、求めるその表情は真剣そのもの。



「――はぁ、金にがめつい女はモテないぞ」

「ええ、ですから、私はモテないどころか、女友達はいないわよ!」



 訴えは深いため息と余計な一言で棄却された。


 あれだけの貢献をしたのに、がめついと言われなければならない理由は何処にあるのだろうか。

 自分から首を突っ込んだとしても、その一言はさすがにいただけないのだろう。彼女は片眉をピクピクと動かす。冷静な口調で肯定するとともに自虐するが、彼が動じることはない。



「さて、食うか」



 荷台の一番上に積んである段ボールを床に降ろし、バリバリと音を立てて開ける。整列してある激辛トマト味と書かれたカップ麺を取り出して、簡易キッチンへと足を運んだ。



「ちょ……! 人の話はちゃんと聞くべきよ! 帝くん!!」



 完全無視を決める帝にワナワナと肩を震わせ、荒ぶる感情をぶつけるように叫ぶ。

 その声は思っていたよりも大きく、響き渡ったらしい。旧校舎の木々に止まっていた鳥たちはいっせいに飛び去ったのだった。






【1章 部屋に棲みつく霊 了 】

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