第41話「もうひとつの秘密」


「――待ってよ、みかどくん!」

「……」

「ちょっと、聞いてる?」



 パタパタ、と足早に追い付いて声をかけるが、帝は何やら考え事をしているらしい。全く返事がない。

 無視されたことに眉根を寄せて、横から顔を覗き込んだ。



「――なんであの時、憑りつかれてたわけでもないのにあんな風になった?」

「っ、」

破魔はま先輩の家にいるやつそっくりだった」



 聞いてるんだか、聞いてないんだかなんとも言えない。ただ真っすぐ前を見ていた視線が、満月みつきに向く。


 細められていてる目は澄んでいて、ただ純粋に湧いた疑問を口に出しているのが分かる。けれど、それを聞かれるとは思いもしなかったのだろう。

 彼女の肩がビクッ、と揺れ、視線を足元へ向けた。


 明らかに様子をおかしくさせているが、彼には関係ない。目を逸らす満月をじっと見つめて、ただ続けた。



「――人の心が視えるって、言ったよね」

「……ああ」



 シンと静かな空気が肌を刺す。バクバクしてる心臓が、この場にいる者に聞こえるんじゃないかと言うほど、激しく鳴った。

 重い唇を開いて、ぽつりと呟く声はとても小さく、微かに震えている。


 語りたくはないことだということが、十分伝わっているのか、帝は短く頷いた。



「それの覚醒版……みたいな、もので最悪なパターン……なの」

「最悪なパターン?」



 時間を与えてくれているのは理解しているのだろうが、躊躇いの方ほうが大きい。

 ヘドロが喉にへばりついているんじゃないか、と疑うほど震えない声帯を無理やり動かした。


 一体全体、どういう意味なのか分からない。いや、予想外な答えと言っていい。帝は何度か瞬きをして、こてんと首を倒した。



「人の心が視えるとね……性格とか行動パターンとか、……感情のふり幅が、分かるんだけど……それでもね、頑張って自分でいよう……天堂満月でいようとしてるの」

「……」

「でもね、……その人の感情に寄り添ったりすると……ううん、寄り添わなくても自分の中に入ってきちゃうの」



 以前、話していた能力には続きがあったらしい。満月はぶらっと下げていた両手を前で重ねて、その手を見つめた。


 プロファイリングをしなくても、心が視えるからこそ勝手に分かってしまうことが常――日常。

 それに加えて役者がよく言う「役が乗り移った」に近い話だ。



「入っちゃう?」

「うん……別の誰かが乗り移ったみたいになっちゃう――それは、自分じゃ止められないんだ」



 コントロールできてないかのように零すそれにぴくり、と眉が動く。それと同時にその疑問は彼の口から出されていた。


 弱々しい翡翠色と赤みがかった黒茶色が交わう。

 両手の指をツンツンと合わせては、離してを繰り返していたが、いつの間にか指と指の間をするりと抜けて、祈るように握りしめていた。



「それで、あのひとみたいだったんだよ」

「首を絞められて……昨日の夢がフラッシュバックして――感情移入しちゃった」



 語られたそれだけでは疑問は晴れない。目を細めて理由を求める帝に彼女は苦しそうに顔を歪めた。


 置かれた状況とあの幽霊の感情――それらが欠けていたパズルのように合ってしまった。だからこそ、起きたことのようだ。



「……昨日の夢?」

「さらわれる前日に幽霊あのひと目線じゃない……別のただ眺めてるだけの夢を見たの」

「そんな力もあんのか?」

「ううん、こんなことは初めて……でも、きっとこれが事実なんだろうなって、なんとなく、思ったよ」



 気になる単語が次々と出てくる。

 眉根を寄せて問えば、満月はコクリ、と首を縦に振る。情報過多なのか、胸に溜まる要らない二酸化炭素を吐き出して、呆れたように小首をひねった。


 もし、そんな力まであるとしたなら、チートもいいところだ。しかし、彼女は首を横に振る。

 悲しそうに瞳をゆらゆら揺らすけれど、それは亡くなった人間に向けてのものか、分からない。



(場所に縛られた地縛霊を引き寄せるのは不可能――ってことは、元々持ってる視える力が一度繋がったリンクを元に夢でも見せたってことか? もしそうだとしたら――俺の想像以上に人の感情に敏感ってことか)



 顎に手を添えて、考えを巡らせるが、答えというには曖昧だ。

 断定するには確証がないが、着地点を見つけたらしい。目を閉じて息を吐く。



「……なるほどな」



 全てとは言い難いが、あらかたの謎がスッキリしたのか、パチッと目を開けて、新しい空気を身体に巡らせて、零す。だが、その一言が怖いのだろう。

 満月はビクッと肩を揺らして、怯えた目で盗み見た。



(……流石に帝くんでも……こんな化物みたいな力……受け付けられない、よね)



 手が白くなるほど、ギュッと手を握り締めて、落ち着かせようとしているが、行動とは裏腹に心は沈んでいくばかりだ。


 人並外れた能力を持っていることを打ち明けても、受け入れてくれた。だからこそ、心が視えないイレギュラーな帝に対しても、ありのままでいられた。その安心感があったはずだ。

 他人の心に影響されなくて済むのだから、当然だ。


 でも、自我を失ってあのように振る舞うなんて聞いたら、面倒くさがりな彼は態度を変えるかもしれない、と不安がよぎる。

 やっと手に入れた対等な人間関係が壊れることを恐れてた。いや、傷つく前に諦めようとしているのかもしれない。



「――どうりで不細工なはずだ」



 彼の口から出るのはいつもながら、あっぱれなデリカシーのない言葉――女子にとって言われたくない言葉、それだった。



「……」

「まあ、その変な力のおかげでアンタは暴漢されずに済んだんだから、良かったな」

「…………うん」



 斜め上の辛辣なそれに満月はじわり、と目頭を熱くさせた。

 決して傷ついたわけではない。変わらずに接してくれる優しさに、だ。けれど、泣きたくはないのか、グッ、と唇を噛みしめて俯く。


 ふっ、と笑って適当に続けるそれも、いい加減さがにじみ出ていた。普通なら畏怖される力を変な力と言ってのけ、さらには「良かった」の一言で終わらせるのだから。


 実際、あの力のおかげであれ以上酷い仕打ちをされずに済んだのだから、帝の言う通りだ。複雑な心境になりつつも、静かに頷く。



「あー……眠い」

「――ねえ、あのひとは帝くんのこと拒絶してたけど、どうするの?」



 くわぁ、と大きな口を開けて欠伸すると生理的な涙が目の淵からジワリと溢れ出る。ぎゅっ、と目を瞑って眠気と戦いながらも、本音を零す彼に、肩の力が抜けた。


 もっと違う展開を想像していたから、拍子抜けしたのもあるだろう。満月は横を歩く彼を見て、問いかけた。


 なんせ、初めて破魔の家に訪れた時、幽霊は帝が近寄っただけで気が狂ったように暴れ出したのだから。



「どれだけ睡眠時間削ったと思ってんだよ」

「え……?」



 かったるそうに自身の首に手を回して、眠そうでどこか不機嫌そうな目とかち合う。けれど、その意図が理解できないのか、彼女は眉根を寄せて、瞬きを繰り返した。



「ちょうどいい時間だな」



 ピタリと足が止まる。破魔が借りているマンションにいつの間にか、付いていた。

 スマホの画面を見ると、もうすぐ夜中の二時を回る時刻だ。



(もう、着いてたんだ)



 聞かれたくなかったことを答えてる間、外への意識を切断していたのだろう。長いこと歩いている感覚もないうちに辿り着いたことに、驚きを隠せずにいる。



「さっさと終わらせるぞ」

「あ、う、うん」



 首を左右に振れば、ボキボキと固まった筋肉が音を鳴らした。静かな住宅街にそれを響き渡らせても気にする様子もなく、ポンッと満月の背を叩く。


 鼓舞するためなのか、急かす為なのか、それは彼のみぞ知ることだが、らしくないそれに驚いてしまうのは致し方ないことだろう。

 戸惑う満月に合わせるように足取りを合わせて、マンションの中へと入って行ったのだった。


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