第40話「もう一人の皇さん」


「――みんな、遅くまで悪かったね」

「い、いえ……!」



 夜はもう更け、月がてっぺんに登る。あれからどれだけの時間がたったのか、分からないが、四人の若者たちはげんなりとした顔をしていた。事情聴取を終えた四人は悠真ゆうまに警察署の表を誘われる。


 疲弊している彼らに申し訳なさそうに笑みを浮かべると破魔は、慌てて首を横に振った。



「夜も遅いから送っていくよ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございます」



 車を指差して進言するのも、民間人を守る彼にとって当たり前なのかもしれない。しかし、心身ともにつかれている菅原にとって、その申し出は有難いものだ。


 安心させてくれるような笑みに、ほんのりと頬を赤く染めて頭を下げる。破魔もそれに続いた。



「俺はいい」

「おや、そうなのかい?」



 みかどが両手をポケットに突っ込んで、素っ気なく断る。

 一番、無駄な労力を嫌う人間が、断るとは思わなかったのだろう。悠真はポカン、とした顔をして首を傾げた。



「……もしかして、あの幽霊あのひとのところ?」

「ああ」



 それは満月も例外ではなかったらしい。どうしてなのか、考えを巡らせれば、ひとつ思い当たることが脳裏に浮かんだ。パッ、と顔を上げて、背に向かって問いかければ、首が縦に動く。



「私も行く」

「アンタな……」

あの幽霊あのひとに聞きたいことがあるの」



 バッグの紐をギュッと握りしめて、告げられるそれに帝は呆れた。

 事件現場で気絶して寝れたからと言って、寝不足なのは変わらない。元々の寝不足に加えて、事件の中心部に巻き込まれた彼女は相当な疲れが蓄積されているはずだ。


 それなのにも関わらず、まだ動く気があることもそうだが、初日に見せられた夢を視せた張本人にまた会おうとするなんて、なかなか出来る事じゃない。


 くるり、と顔だけ後ろに向けて制止しようと口を開くが、彼女は食い気味に懇願した。



「……勝手にしろ」



 気だるそうな赤茶色と曇りなき翡翠が交差する。けれど、負けたようだ。いや、止めても無駄だと、もう知っているからだ。


 深くて長いため息が大気に飲み込まれる。渋々、と言ったところなのだろうが、突き放されるようにオッケーが出れば、満月はほっとしたらしい。明るい表情を見せた。



「えっと、刑事さん。お世話になりました」

「うん。帝君のことをよろしくね」



 ちらり、と隣にいた悠真の方へと身体を向けて、スッと背筋を伸ばすと頭を下げた。ゆるり、と頭を上げて見る彼の表情はとてもにこやかだ。



(本心から言ってるのは分かるけど……何で任されるんだろう)



 パチパチ、と何度も瞬きして言われた言葉を咀嚼しても答えは出ない。悠真の隣にいる心を視れば、中学生くらいの男子がただ、笑っているだけだ。



「そういえば、刑事さんも皇君と同じ苗字でしたよね」

「ああ、言ってなかったけ」

「?」



 ふと、事件現場に乗り込んだ時に一緒にいた木村が呼んだ名前を思い出したらしい。破魔は興味深そうに尋ねた。

 ああ、と何か閃いたかのようにポンッと手を叩き、零す彼に、帝以外の学生たちはキョトンとするばかりだ。



「僕は帝君の叔父の皇悠真すめらぎゆうまです」

「ええっ!?」



 改めて挨拶する彼はうさんくさくない、非常に爽やかな笑みを浮かべている。けれど、三人の学生にとって、衝撃が走った。



「そんなに驚くことかな?」

「ちょっと帝くん!?」

「……あ?」



 想像以上に反応に、悠真は眉を八の字にして、ポリポリと頬をかく。勢いよく振り返って呼ぶ満月の声はどことなく、険しい。

 けれど、呼ばれた当の本人は我関せずだったらしい。帝は眉根を寄せて、気だるそうな目を向けた。



「親戚に刑事さんがいるなら、最初からお願いすれば良かったじゃない!」

「そうだよ! 探偵に依頼する必要なんてなかったじゃないか!」

「アンタらな……警察がそんな暇なわけないだろ」



 怪奇現象のことを理解しえt貰えない可能性があるから警察を頼れない。

 それが満月と破魔ふたりの頭にはあったのだろう。しかし、親族に警察がいるなら話は別だ。


 伝手があるのならば、相談する手が合ったはず、という思いが沸き上がる。眉を吊り上げて問い詰めるが、頭が痛いようだ。こめかみに指を添えて、深いため息を付く。



「でも、わざわざ私が接触する必要はなかったよね!?」

「そ、そうだよ! 天堂さんが可哀そうすぎる!」

「はいはい。悪かったよ……悠真さん」



 帝の意見も一理ある。破魔の財を使って探偵を雇うのはまだしも、女の子である満月に危険を冒せる必要はなかった。だからこそ、本人からのクレームだ。破魔からも野次を飛ばされ、ドン引いてる菅原の視線も感じる始末。


 詰めが甘かったという自負はあるのか、反省はしているのかもしれない。いや、適当に受け流しているところを見ると、何とも言えない。わざとらしく話題をそらした。



「くすくす、何かな?」

「……アイツら、余罪たっぷりあるから徹底的に調べて。――特に二年前に捨てられた遺体が眠ってる山、とか」

「それはそれは……腕が鳴るねぇ」



 やり取りが面白かったのか、温かく見守っていた悠真は笑みを堪えているが、堪えられていない。肩を震わせながら、首を傾げた。


 その彼の表情が不服なのか、眉根が寄せるが、短く息を吐き出して、淡々と告げた。

 事情聴取で話したら、長いこと拘束されて面倒なことになると端折っていたらしい。だからこそ、このタイミングになったが、いささか明確な助言だ。


 普通であれば、戯言だと捨て置くだろうが、悠真は彼の親戚だ。

 どうしてそんなことを知っているのか、と疑うわけもない。いや、そもそも知らないわけがない。

 ニコニコと笑っているけれど、目の奥は非常に冷たい。口角を上げて、楽し気に呟いていた。



「……よろしく」

「あ、ちょ……と、もう! すみません、失礼します!」



 彼の笑みにぞくり、と悪寒が走る。スイッチを入れた自覚が芽生えたのか、さっそうとその場から去ろうと、歩き始めた。


 実に自由気ままな猫のようだ。帝に置いて行かれそうになり、満月は文句を零すが、先を歩く人物は足を止める様子が全くない。

 悠真に頭を下げると、慌てたように彼の背を追った。



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