第34話「終焉のサイレン」
「ねえ、私のネックレス……」
「あ……の、引き出し……の、いちばん……う、え」
頬を掴む手に力を込めて、グイッとを引っ張られれば、泳ぐ目と虚ろな目が交差する。
佐藤は観念したのか、菅原が座っているベッドの右側にあるチェストを震える指で差した。歯をカタカタと刺せて、とても小さな声で呟く。
「かえして」
「ひぃっ! あの引き出しの一番上だよ!!」
それに目もくれず、満月はゆらり、と立ち上がった。ふらり、ふらり、と不安定な足取りで指差された先へと歩み寄る。
「……やっ、と――」
「
チェストの一番上の棚を引くと、乱雑に仕舞われたものが目に入る。シンプルな装飾の真ん中には、青、緑、藍色が混ざった地球色の宝石が埋め込まれていた。
それをぎゅっと、大事そうに握りしめて、肩の力を抜く。そのまま、菅原がいるベッドへと倒れ込んだ。
まさか倒れてくるとは思わなかったのだろう。菅原は驚いて、彼女の肩を揺さぶるが、返事はない。
「天堂!」
「あの~……どーも、警察です」
帝も焦りが生じたのか、表情を強張らせる。だが、この緊迫した空気にそぐわない、柔らかい男性の声が聞こえてきた。
そちらへと顔を向ければ、にこやかな笑みを浮かべ、スーツに身を包んだ男性が警察手帳を掲げてる。
「鍵が開いているので何事かと思って、お邪魔させていただきました」
「っ、た、助けてくれぇ……! あ、アイツら勝手に入ってきたんだ!」
「あの女も頭おかしいんだよ!!」
刑事を名乗る男は眉を八の字にして、申し訳なさそうに頭を垂れた。
佐藤は気がおかしくなったように刑事の元へとはいつくばって近寄り、帝と満月を指差す。井上もまた帝に拘束されたままとはいえ、抗議の声を上げている。
そもそも何故、警察がこの場にいるのか、通報は誰がしたのか――そこ疑問すら浮かんでこないほど、追い詰められているのだろう。
「――実はですね、女性の叫び声が聞こえる、と通報を受けてこちらに伺ったんですよ」
「……!」
この刑事はそれに驚く様子も見せずに、ただにこり、と笑った。
自分たちが現在進行でしでかしていたことを指摘され、ようやく我に返ったらしい。今度は違う意味で血が引けてくる。佐藤は空いた口が塞がらないまま、瞠目させた。
「ボロボロになった女性に首宛が付いてる女性がいるのは不思議ですねぇ……さきほどの話も実に興味深い」
助けを乞いていたはずの彼らの表情が固まっている。それを分かっていて、刑事はわざとらしく不思議そうに、顎に手を添えて首を傾げた。
「……っ!」
刑事の目は明らかに佐藤に向いている。それをいいことに井上は少し緩んでいる帝の拘束を力任せで解き放った。
自由を奪い返した彼は、希望を見出したらしい。玄関まで一直線に走れば、あるいは本当に逃げ切るのは成功だ。
その高ぶりの表れなのか、口角が異常なまでに上がっている。
「はーい。逃げ出そうとしても無駄ですよ」
まるで猫をつかまえるように、刑事は井上の首根っこを掴み、爽やかな笑顔を浮かべた。
細身である彼にそんな力があるように見えないからこそ、動揺が隠せない。それでも、逃げ出そうと手足をじたばたさせるが、その抵抗もむなしく、床に押し倒された。
「け、刑事さん! こ、この人たちに監禁されて……!」
地獄から抜け出せる、助かる――と、菅原の心に勇気と希望が灯されたらしい。必死に告白した。
それはまさしく被害者の叫びだ。
「おやおやぁ? ただ事ではないですね……監禁、暴行の現行犯で逮捕します」
「…………」
先ほどの爽やかな笑みは何処へ消え去ったのかと思うほど、黒い笑みへと変えて、手錠を取り出す。井上と佐藤のそれぞれの片手に手錠をかけて、もう片方にはベッドの足とつなげられた。
もう、なす術がない二人はやっと、諦めたようだ。力なく、呆然としている。
「
「ああ、木村君。ごめんごめん」
バタバタという足音と共に聞こえてくるのは気の抜ける頼りない声。スーツを身に纏うセンター分けの男性は刑事の元へと近寄るが、何処か困り顔だ。
「
「あ、来たのか」
木村の後ろにいたのは
涙目で帝の元へと駆けよるが、彼から返ってくるのは淡白な態度だけだ。
「来たのか……じゃないよ! 僕がどんな思いで玄関前で待ってたと思うの!?」
「悪い悪い……
大きな目を半目にさせて帝の真似をするが、クワッと勢いよく文句を吐き散らす。しかし、帝は軽く受け名出すだけだ。
適当で実に軽い謝罪をすれば、先に乗り込んできた刑事に声をかけた。
「毎度のことだけど、ちゃんと事情を話してから電話を切るようにしてくれよ。帝君」
「出来る時はするよ」
眉根を寄せて忠告する当たり、彼もまた帝に振り回されている一人なのだろう。だが、注意された当の本人は反省の色があるのか、ないのか。恐らく後者のように見受けられるが、努力するつもりはあるらしい。
何を言っても無駄だと分かっているのか、悠真は軽く目を閉じて深く息を吐き出す。再び、瞼を開けて寝室へと足を踏み入れれば、帝も後を追った。
「大丈夫ですか?」
「うっ……うう……は、い……はいっ!」
遠目から見ても分かる無理矢理、破り捨てられて露わになっている肌に、悠真はスーツのジャケットを脱いだ。焦燥している菅原の方にそれをかけて、しゃがみ込む。目線を合わせて、柔らかい声音で問いかけた。
たった一日。されど、一日。監禁されている時間は長く感じたに違いない。
久しぶりに感じられる自分を労わる優しさにやっと安堵できたらしい。菅原はボロボロと涙を流しながら、頷いた。
「……応援が来るまでの間に彼女が目を覚ますといいんだけど」
「無理かも」
「どうしてだい?」
彼女がだんだん落ち着いてきたことに安堵の息が零れる。悠真は深い眠りについている女性に目を向けた。
こんな状況で眠れることに驚いているのか、呆れているのか。複雑そうに眉根を寄せて、ポツリと零す。けれど、それはすぐさま、帝によって否定された。
何故、確信ある一言が出るのか、分からないのだろう。悠真はキョトンとした顔をして、首を傾げる。
「コイツ、ずっと寝てないっぽい」
「へぇ……」
「何?」
「いや、何でもないよ」
ベッドにドカッと座り、彼女の額にデコピンをする。痛みは感じでいるのか、顔を歪めるが、それだけだ。満月はまたすやすやと息をし、表情筋を緩める。
気持ちよさそうに眠っている満月に呆れた視線を向ける彼に、悠真は目を真ん丸にさせた。しかし、含みのあるような返事に違和感を覚えたのだろう。帝は怪訝そうな顔をするが、そんな顔は見慣れているようだ。
悠真はフッ、と笑みを零して首を横に振った。
「――ところで、君がここにいるのはまた
「そんなところ」
「強い力ってのも大変だねぇ」
改めて聞くのは彼らがこの事件に関わっている原因だ。察するに帝の能力を知っているようだ。
疲れた様子で頷く彼に同情したのか、悠真は眉を下げて労わった。
「皇さん! 応援が来ましたよ!」
「それじゃ、そいつら連れて行くか……君たちも事情聴取するから付いて来て下さいね」
「……はい」
「は、はい」
サイレントの音が鳴り響く。どんどんと近づいてくるその音に木村は、ぱあっと明るい顔をして同僚に呼びかけた。悠真はもう一仕事、とばかりに息を吐き出して立ち上がる。
その場にいる全員に向かって、人の良さそうな笑みを浮かべてする要請に、異論は出ない。
菅原は首を縦に振り、破魔は緊張気味に返事をした。現行犯に至っては、現実を受け入れられないのか、項垂れている。
「コイツ、どうすんの」
「んー……お願いね」
「……俺に運べと?」
移動するにしても、意識のない人間をどうするか、気にはなるらしい。ガシガシ、と後頭部を乱暴にかき、指差す。
悠真は困ったように微笑んで顎に手を添えるが、結論はなんともまぁ、無責任な提案だ。いや、知り合いであるからこその甘え、と言える。
ピクリ、と片眉が動く。帝は不服そうな目をジロリ、と向けて首を傾げた。
「僕たちは彼らを連れて行かなんきゃいけないからね」
「はあ……めんどくさ」
ベッドに繋がれた現行犯の手錠を片手に肩をすくめられれば、言い返す言葉は見つからない。帝はかくり、と頭を垂らして深いため息を吐いた。
仕方なし、と乱暴に彼女を抱きかかえるとそのまま、地上で待つパトカーへと向かう。
警察署に着くまでの間に満月が目覚めることはなかった。
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