第37話「インターホン」


 もう一度、インターホンが鳴り響く。

 突然の音にその場にいる者たちは、微動だに出来ずにいた。



「おい、誰だよ」

「お前ら、何かしたのか……!?」

「し、してない……してません……!」



 三度目の音に我に返った井上は舌打ちする。訪問の予定がないはずなのになるインターホンに、気が気ではないらしい。


 佐藤は怒りに任せて、恐ろしい形相で振り返れば、菅原に怒鳴りつけた。

 身に覚えのないことに、意味が分からないのだろう。彼女は涙を目にいっぱい貯めて首をブンブンと振っている。


 その反応に安堵したのか、井上はため息を付いて、髪を乱雑に掻き上げた。

 どこかへと続く扉を開いてその場を後にすると、TVモニターのある場所へと足を進める。



「なんか業者みたいだぞ」

「んだよ……驚かせやがって……出ろ」



 インターホンを鳴らした人物の確認が終わったらしい。スッ、と戻ってきた井上は寝室へと顔を出して、一言告げた。

 佐藤はそれに安堵して肩の力を抜くが、いささか怯えていた自分が恥ずかしくなったのだろう。恥じらいを隠すためか、共犯者に当たるように強く指示する。


 普通だったならば、それに対して理不尽を覚えるだろうが、井上はたいして気にしてない。長年、連れ添った仲間だからか、慣れているのかもしれない。首を縦に振って、寝室から遠ざかっていく。



「……はい」

「あ、す、すみません! WaterGutsウォーターガッツのはま――浜口はまくちです! この部屋の真下にあるお宅の天井から水漏れしており、調べたところ、どうやら佐藤さんのお宅の水道管からのようで……確認させていただいてもよ、よろしいでしょうか?」



 TVモニターのボタンを押せば、通話が始まる。モニターには業者用の青い帽子を深くかぶり、青いジャケットを着ている男性の姿が映し出された。

 新人特有の緊張からか、どこか弱々しさが垣間見れるが、水道管理会社の人間らしい。



「……今から行きますのでお待ちください」

「あ、ありがとうございます!」



 タイミングの悪さにため息一つ、気付かれないように小さく零れる。

 ここで拒否すれば、怪しまれる可能性は高いからこそ、断ることはできない。渋々、了承すれば、業者はホッとしたように口元を緩ませた。

 残像が残るスピードで頭を下げる姿は見事だ。その姿を最後に、モニター画面が切れる。



「声出させんなよ」

「わ――ってるって」



 面倒くさそうに寝室にいる佐藤に忠告すれば、軽い返事が返ってくる。

 その軽さ加減に、眉間のシワが寄るが、フーッ、と重い息を吐き出すと玄関前で待つ業者の元へと歩き出した。



「はい。下の階の方は大じょ――」

「どーも」

「…………は、……す、めらぎ……さん?」



 家と外を繋ぐ扉のドアノブを下に押す。人の良さそうで、無害そうな笑みを張り付けて、ドアを開けるが、言いかけた言葉は途中で失った。


 目の前に立っていた人物はモニターに映っていた弱々しい業者ではない。以前、店に訪れた男だったからだ。

 男は涼しげな顔をして片手を上げている。先ほどまでの業者はどこにもいない。状況が理解できずに、井上は瞠目させた。



天堂てんどうを返してもらいにきた」

「な、何を言ってるんですか?」

「アンタが気絶させて連れ去った女のことだよ」



 なかなかの策士である井上が、頭が回らなくなるほど、虚をつかれている。


 連れ去った女が幽霊にでも憑りつかれたように壊れるのは何故か。突然現れた男は何故、この場所を突き止められたのか。

 様々な疑問が井上の中で駆け巡るが、答えが出ることはない。いや、それらの出来事が余裕さえ奪っていた。


 狼狽える彼にみかどは蔑むような眼を向ける。



「連れ去ったって……私は――」

「惚けても無駄だ。アイツを連れ去る時の会話は聞いてる」



 我に返って、咄嗟に言い訳を並べようとしたが、それすらさせてもらえない。

 逃げ場を容赦なく潰してかかる彼に井上は心拍を早くさせた。



「っ!」

「あがるぞ」



 満月を気絶させて、さらったことまで知られているとは思っていなかったらしい。顔色を変えて、ドアノブを引いて扉を閉めようとするが、閉まることはない。帝が足をつかさず突っ込んだことで塞がれてしまった。


 あとは男同士の力比べのようなものだが、彼は身体を扉に刷り込ませると突撃するするように玄関へと入る。靴を脱いでズカズカと部屋の奥へと進んだ。



「ちょっ……待て!」



 井上は丁寧語を意識して務めていたが、部屋へと侵入させてしまったことに焦りが生じたようだ。血相を変えて制止しようと手を伸ばす。



「待っててやってもいいが、もう遅いぞ」



 ガシッと力強く腕を握るが、止めたい彼はすでに寝室の前。

 閉じられていなかった扉から中の光景は丸見えだ。


 ベッドの上で肌を露出している巻髪の女性と尻餅ついてる男性。そして、そんな彼の前で無表情……いや、壊れた笑みを浮かべて立っている女性の姿があった。



「っ……!」

「逃げようとするな。面倒くさい」



 自分の身が可愛くなったのか、井上は掴んでいた手を離して身を翻す。玄関に向かって足を一歩踏み出すが、それは帝によって阻止された。

 離された手で彼の手首を掴んでねじり、肩の関節を手際よく決めると痛みからか、井上は膝から崩れ落ちる。



「……クソッ!」



 必死に抵抗を試みるが、見た目に反して帝の力が強い。それに加えて、鋭い眼光が貫く。

 抜け出すことが出来ない悔しさのあまり、吐き出した一言だった。


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