第30話「頼みごと」


「――言っておくけど、友達いないよ?」



 変わらない真剣な眼差しに吊り上げていた目がだんだん戻っていく。

 みかどの頼みが、何かが分からない。それでも、ひとつ確認しなければならないことがある。満月みつきもまた言ってんの曇りなき瞳を向けて、とんでもない宣言をした。



「それは知ってる」

「す、皇くん……」



 普通であれば、気まずい空気に耐えられなくなるだろう。けれど、彼は寸分の迷いなく、首を縦に振った。

 鋭い切れ味の返しに戸惑いを隠せないのか、破魔はまはおろおろしている。



「頼み事って、何?」

「井上に接触してきてくれ」



 彼の失礼な態度に慣れてきたとしても、ムカつきはするらしい。それがたとえ事実だったとしても、だ。

 深いため息を吐き出して、首を横に倒す。さらりと帝の口から出るそれは、誰も予想していなかったに違いない。満月と破魔は目を真ん丸にさせて、固まっていた。



「す、すすすすすす、皇君!? その人犯人だよね!?」

「ああ」

「そんな人のところに天堂てんどうさんを一人で向かわせるなんて危険すぎるよ!!」



 顔色を変えて声を荒げるが、彼は涼しい顔をしたまま、コクリと頷く。

 変わらない態度に破魔はますます顔を青くさせて、反論するのは間違いなく正論だ。


 殺人犯かもしれない人物のところに、女の子を一人で向かわせようとする鬼は何処にいるだろうか。否、帝以外いない。



「今、手元にいるんだから、新しい女を入手しようとはしないだろ」

「そ、そうかもしれないけど……天堂さんの気持ちを考えて言ってる!?」



 ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ彼に帝はしかめっ面だ。耳栓をするように両耳を人差し指で塞ぎながら、冷静に言い返す。

 それは一理あるが、可能性は0ではない。それを分かっているのか、不思議に思うのだろう。眉間にシワを寄せて、首を傾げた。



「自分から無理やり乗った船だ。俺は遠慮なく使えるもんは使う」



 帝はブレない。いや、譲ることを知らない。腕を組んでまた淡々としている。



「酷いよ! 外道だ! だから、魔王って言われるんだ……!」

「井上さんに接触って……不動産会社に行けばいいの?」

「天堂さん!?」



 冷酷非道とも言えるそれに彼は血の気を失わせて、涙目になりながら、文句を吐き出す。いや、若干、罵っている。異常な言われようだが、言われても仕方ないことは事実だ。

 わあわあと、言い続ける破魔とは反対に、非常なことを言われた満月は考え込むように顎に手を添える。


 ポツリ、と零すそれは、非常識な提案を了承するに等しい。だからこそ、破魔はギョッと驚き、彼女の方へと顔を向けた。



「ああ、物件探しのフリしながら、適当に話してきてくれ」

「……指示がざっくりすぎない?」



 とんでもない頼みごとをするならば、少しでも頼む相手の負担を軽減を思慮するのが、人情ってものだ。けれど、そんなものはなく、ほぼノープランと言っていい。

 あまりにも適当な指示にげんなりしたのか、満月は肩を落として頭を抱え込む。



「アンタなら余裕だろ」



 彼はふ、と口角を上げた。それにガバッと顔を上げる彼女は、大きな目を更に大きくさせて、瞳を揺らす。


 会話をするだけで何が嘘で、何が本当かを見抜ける。

 心の姿を視る彼女を信じている、と言っているようにも聞こえるのだから、不思議だ。



「……?」

「信じてもらえてありがたいけども、なんていうか複雑……」



 意味深長な言葉が飛び交う中、何が何だか分かるはずもない破魔は、首をひねる。頭の上には疑問符がたくさん飛んでいる。


 信頼してくれていることに嬉しさがあるものの雑な扱いに、不満があるのも変わりない。満月はなんとも言えない心境にぶつぶつと呟いていた。



「アンタなら大丈夫だろ。ほら、行ってこい」

「私は犬じゃないからね!?」



 帝はまた根拠のない自信を見せるとハエを追い払うように顔の前で手をヒラヒラさせる。

 それはまるで、シッシッと野良犬を払うようにも見える。


 満月には後者に見えたらしい。

 その態度に頂けなかった彼女は眉を吊り上げて抗議したのだった。

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