第26話「点と点が繋がる」


「あ、こんにちは」



 オカルト研究サークルの部室の扉がガラッと開く。その音にソファに座っている男性が振り返って、柔らかい笑みを浮かべた。



「こんにちは。破魔はま先輩、もいたんですね」

「うん、探偵さんから情報提供あったから」

「さっき帝くんからも動きがあったって聞きましたけど、昨日の今日で一体……?」



 みかどからは呼び出されただけだから、彼までいるとは思わなかったのだろう。目を見開いて瞬きする彼女に破魔は、眉を八の字にさせて、頬を人差し指でかく。


 たった一日で状況が変わることなんてある、とは思えないようだ。満月みつきは眉根を寄せて、首を傾げる。



「僕が再調査依頼する前に探偵さんも怪しいと思ったらしくて、しばらく尾行していたらしいんだ」

「その結果、また似たようなことを続けてる可能性が出てきた」



 破魔はテーブルに出ていた書類を見せるように持つ。指差す先には調査報告書、と書かれており、彼女の疑問に解をもたらせた。

 満月を呼び寄せる前に聞き終えていたのか、付け足すように口を挟む。重いため息を吐き出して、そのまま、冷蔵庫の方へと足を運んだ。



「……どういうこと?」

「昨日、アンタが誘われた合コンあ――」

「え!? さ、誘われたの!? パリピの集まりに!? あ、いや、天堂さんなら当たり前にあるの、かな!?」



 ピクリ、と片眉が動く。胸に広がる不快感をぐっと堪えて、ソファの方へと歩み寄ると破魔の対面に座った。簡易キッチンからさっきの問いに対する答えが聞こえる。けれど、それは最後まで音になることはなかった。


 破魔が思っていたことも、推測も全て叫ぶように口に出して、帝の声を打ち消したからだ。



「……返事する前に帝くんが断ってくれましたけどね」

「皇くんが断ったの?」



 ゆるり、と二人の目は破魔へ向けると頬を両手で包み込まれている。

 合コン、という言葉だけで何を想像したというんだろうか。そこまで火を噴きそうなほど顔を真っ赤にさせるのは、ある意味才能かもしれない。


 純情、それが彼を表すのに適した言葉だろう。帝の呆れたため息が聞こえてくる。それに同調してため息を吐きたいのをぐっ、と我慢して、満月は笑みを作った。

 何ともぎこちないが、それよりも気になることがあったらしい。破魔はきょとん、とした顔をして帝の方へとかを緒向けて首を傾げた。



「調査報告を話すためにな」



 じりじり、と刺さる視線にガシガシ、と後頭部をかき、冷蔵庫を開ける。ペットボトルを三本抱え込み、勢いよく扉が閉めれば、二人の元へと足が向かった。

 ドカッ、とソファに座って、テーブルにお茶、と書かれたペットボトルを適当に置く。外気に触れたそれらはじわり、と少しずつ汗をかき始めた。



「連れ込んでるの見ているなら、警察に言えば……」

「元々警察の知らない案件の上に証拠不十分だ。訴えたところで取り次いでもらえないって、話だ」



 簡単に解決できそうな話にも思えたのだろう。いや、既に解決したのかと思えたのか、困惑していゆ。

 けれど、話を遮って告げられるそれは非常に残念な知らせだ。



「……つまり?」

「その合コンの相手が井上と佐藤だったんだよ」

「!?」



 合コンと幽霊の女性に繋がりが全く見えない。結論を急かせば、帝はテーブルにある一本を手にして、キャップをひねった。

 彼女が欲しいであろうレスポンスをしたが、それは予想外だったのかもしれない。これでもか、というほどに目が大きく見開かれる。



「それでこれがお持ち帰りされた人、なんだって」

「……これって」

「ああ、アンタを誘った巻き髪女だ」



 破魔は眉を下げて、広げられた書類の中から一枚の写真を取り出し、差し出す。手渡されたそれに、瞳が揺れた。動揺しているからか、声が震える。それもそのはずだ。

 写真に映し出されている人物は昨日、満月を合コンに誘っていた二人の女子大生の一人、なのだから。


 彼女が何を言わんとしているか、分かったのだろう。首を縦に振って、目を細めた。



「――帝くん、もうちょっと言い方を考えよう?」

「あ? それ以外言い方あるか?」

「……名前を言おうよ」



 シン、と静かになる。けれど、どうも緊迫した空気にはなれない。確かに彼は写真に写っている女性の特徴を言っているだけだ。何も間違ってはいない。けれど、写真から帝へと移される目は呆れている。


 薄く開かれる唇から紡がれるそれは、まるで、子供をたしなめるようだ。しかし、当の本人は違和感を全く、感じていない。指摘されたことに不思議そうに小首を傾げた。


 どれだけ無神経な呼び方をしているか、理解していない彼に、彼女の肩の力が抜けに抜ける。ついでに、ため息も出た。



「知らない」

「……」

「えっとね、彼女の名前は菅原麗華さん、だって」



 あっさりと告げられる一言に、開いた口が塞がらない。

 調査結果を聞いただろうに知らない、とはどういう事だろうか。いや、帝のことだ。覚えてないに違いない。その確信があるのか、呆れた目が彼を貫いた。


 テーブルにある調査報告書をペラペラと捲るとあるページに止まる。破魔の目は左から右へと字を追う。目的のものが見つかると、そのページを見せるように指差した。



「昨日の合コンで巻き毛女が佐藤と井上に持って帰られたんだと」

「大学に来てなくて連絡が付かないって話が聞こえたんだけど、……菅原さんはそのまま監禁、暴漢されてる可能性があるって、こと?」

「もうそんな話が出回ってるのか。まあ、あくまで可能性だが、あるな」



 話が逸れてきていることが気になったらしい。帝は咳払いして強引に話題を戻す。

 だんだん辻褄が合ってきたのだろう。ふと、満月の頭を過るのは先ほど、隣のテーブルから聞こえてきた話だ。


 幽霊の女性に対してしたことを繰り返している、その可能性に眉が吊り上がる。だが、残酷にも可能性は否めない。それは帝にとっても、不快であるのか、表情が険しい。



「……」

「良かったな。餌食にならなくって」



 昨夜、見せられたのか、無意識に視たのか。どちらか分からないけれど、鮮明な夢が思い出される。

 同じ女性として、ふつふつと怒りが込み上げているのか、満月は黙ったまま、手に力を込めて握り締めていた。


 ただでさえ白い肌が、白くなるその手に、視線が向く。爪が食い込んでいるんじゃないか、と思わせるほどの力に、帝は率直な言葉を呟いた。



「…………」

「皇くん! それはないよ!」



 一歩間違えれば、彼女がお持ち帰りされて、監禁、暴漢されていたかもしれない。

 その可能性から免れたことに対してなのだろうが、特に仲が良い人ではないにしろ見知った人がそうなっていることに複雑な思いはあるはずだ。だからこそ、ジロリと鋭い視線が彼を射貫く。


 言葉ではなく、目で訴える満月に変わって、破魔が物言いに注意するが、効果はなさそうだ。ごくごくとお茶で喉を潤している。



「アンタに頼みがある」

「私に?」

「ああ」



 ぷはっ、とペットボトルから口を離して、彼女と目を合わす。いつもの気だるげなそれが、どことなく、真剣だ。

 命令されるのではなく、頼まれるとは思わなかったのだろう。パチパチ、と瞬きを繰り返して、自分を指差す彼女に、帝は静かに頷いた。




「――言っておくけど、友達いないよ?」



 変わらない真剣な眼差しに吊り上げていた目がだんだん戻っていく。

 みかどの頼みが、何かが分からない。それでも、ひとつ確認しなければならないことがある。満月みつきもまた言ってんの曇りなき瞳を向けて、とんでもない宣言をした。



「それは知ってる」

「す、皇くん……」



 普通であれば、気まずい空気に耐えられなくなるだろう。けれど、彼は寸分の迷いなく、首を縦に振った。

 鋭い切れ味の返しに戸惑いを隠せないのか、破魔はまはおろおろしている。



「頼み事って、何?」

「井上に接触してきてくれ」



 彼の失礼な態度に慣れてきたとしても、ムカつきはするらしい。それがたとえ事実だったとしても、だ。

 深いため息を吐き出して、首を横に倒す。さらりと帝の口から出るそれは、誰も予想していなかったに違いない。満月と破魔は目を真ん丸にさせて、固まっていた。



「す、すすすすすす、皇君!? その人犯人だよね!?」

「ああ」

「そんな人のところに天堂てんどうさんを一人で向かわせるなんて危険すぎるよ!!」



 顔色を変えて声を荒げるが、彼は涼しい顔をしたまま、コクリと頷く。

 変わらない態度に破魔はますます顔を青くさせて、反論するのは間違いなく正論だ。


 殺人犯かもしれない人物のところに、女の子を一人で向かわせようとする鬼は何処にいるだろうか。否、帝以外いない。



「今、手元にいるんだから、新しい女を入手しようとはしないだろ」

「そ、そうかもしれないけど……天堂さんの気持ちを考えて言ってる!?」



 ぎゃあぎゃあ、と騒ぐ彼に帝はしかめっ面だ。耳栓をするように両耳を人差し指で塞ぎながら、冷静に言い返す。

 それは一理あるが、可能性は0ではない。それを分かっているのか、不思議に思うのだろう。眉間にシワを寄せて、首を傾げた。



「自分から無理やり乗った船だ。俺は遠慮なく使えるもんは使う」



 帝はブレない。いや、譲ることを知らない。腕を組んでまた淡々としている。



「酷いよ! 外道だ! だから、魔王って言われるんだ……!」

「井上さんに接触って……不動産会社に行けばいいの?」

「天堂さん!?」



 冷酷非道とも言えるそれに彼は血の気を失わせて、涙目になりながら、文句を吐き出す。いや、若干、罵っている。異常な言われようだが、言われても仕方ないことは事実だ。

 わあわあと、言い続ける破魔とは反対に、非常なことを言われた満月は考え込むように顎に手を添える。


 ポツリ、と零すそれは、非常識な提案を了承するに等しい。だからこそ、破魔はギョッと驚き、彼女の方へと顔を向けた。



「ああ、物件探しのフリしながら、適当に話してきてくれ」

「……指示がざっくりすぎない?」



 とんでもない頼みごとをするならば、少しでも頼む相手の負担を軽減を思慮するのが、人情ってものだ。けれど、そんなものはなく、ほぼノープランと言っていい。

 あまりにも適当な指示にげんなりしたのか、満月は肩を落として頭を抱え込む。



「アンタなら余裕だろ」



 彼はふ、と口角を上げた。それにガバッと顔を上げる彼女は、大きな目を更に大きくさせて、瞳を揺らす。


 会話をするだけで何が嘘で、何が本当かを見抜ける。

 心の姿を視る彼女を信じている、と言っているようにも聞こえるのだから、不思議だ。



「……?」

「信じてもらえてありがたいけども、なんていうか複雑……」



 意味深長な言葉が飛び交う中、何が何だか分かるはずもない破魔は、首をひねる。頭の上には疑問符がたくさん飛んでいる。


 信頼してくれていることに嬉しさがあるものの雑な扱いに、不満があるのも変わりない。満月はなんとも言えない心境にぶつぶつと呟いていた。



「アンタなら大丈夫だろ。ほら、行ってこい」

「私は犬じゃないからね!?」



 帝はまた根拠のない自信を見せるとハエを追い払うように顔の前で手をヒラヒラさせる。

 それはまるで、シッシッと野良犬を払うようにも見える。


 満月には後者に見えたらしい。

 その態度に頂けなかった彼女は眉を吊り上げて抗議したのだった。


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